掃除婦死ス
私達は、夕霧に案内されながら、小竜が生息している森の方へ向かった。
今、私の手には箒が握られている。
昨日のレモン汁生成と、宿屋の人に頼み込んで色々掃除を手伝わせてもらったら、掃除婦としてのレベルが 序→参 に上がり、やっと雑巾以外が装備できるようになったのだ。
宿屋の掃除の手伝いはかなりキツく、筋肉痛になってしまったが、レベルアップのための経験値を稼げたのでとても満足した。
宿屋の人も喜んでくれたしね。
新しく装備できるようになったのは、霧吹きと箒で、モップはまだ装備できないようだ。
今のところ使う予定はないが、霧吹きは念のため購入し、道具袋に入れておいた。
実行していたレモン汁生成だが、昨日瑠璃に、
『なんか、さっきからレモン臭くない?』
と、言われたため、今日はレモン汁ではなく、水を生成ながら進むことにした。
これなら、臭いで迷惑を掛けることはなかろう。
列の後ろで水を生成しながら、夕霧によるこれから倒しに行く妖の説明に、耳を傾けた。
「小竜という妖は、火を吹く攻撃と大きな爪での引っ掻き攻撃が厄介です。素早さはさほどないため、一つ一つの攻撃に冷静に対処すれば、貴方達の能力なら難しい相手ではありません」
「火を吹くってことは、火の魔法より、水の魔法で戦った方がいいですね」
真朱の使う魔法には相性がある。相手の属性を見抜き弱点魔法で攻撃することで、強力なダメージを与えることができるのだ。
小竜は火属性のため、水魔法がよく通る。そう言った感じで、それぞれ得意不得意の属性がある。
そっか、水攻撃が効くのか……私の能力の水生成って何かに使えないだろうか。ただ、真朱の水はスピードと威力があるが、私のはただ水を出すだけだ。
例え水を敵にぶっ掛けても飲み水与えてるだけになりそうな予感もしなくもない。
本物を見ないと、どう使おうかもわからないな——と、思っていたら、タイミング良く本物登場。
小竜が五体だ。中々数が多い。
「皆さん! これが小竜です、無理しないようにお願いします!!」
人と同じくらいの大きさで、トカゲのような姿をしているが、全身肌色で所々コブがあり、手足は長い爪、背後には長く太い尻尾が生えている。
妖ってなんで、どれもこれも気持ちが悪い容姿をしているのだろうか。その分、倒すのに躊躇なくなるからいいのだけど。
「よっし、杜若サポートよろしく頼む。真朱は援護を、俺が前へ出る!!」
鴇の野郎サラッと私のこと無視したな。まあ、いいですよ、私は私で勝手にやるんで。
私は小竜一体にターゲットを絞った。
手に持った箒で叩いてみるが、何のダメージも入っていなさそうだ。
もう一発打ち込もうとしたとき、小竜が回転し、尻尾で私を叩きつけてきた。
それだけで、私の身体は後方に思い切り吹っ飛んだ。
「大丈夫ですか!?」
夕霧が私の体を抱きとめてくれたようで、思い切り吹き飛ばされた割に、少ないダメージで済んだ。
身体が、暖かい光で包まれる。
夕霧が何かしらの回復魔法を、私に施してくれているようだ。
「ありがとうございます、夕霧さんも回復魔法を使えるのですね」
「嗜み程度です。瑠璃さんの回復力に比べれば大したことありませんよ」
「そんな、私に比べれば、すごいです。本当、役立たずですね、私は」
「柚子葉さん……」
崩れた体制を立て直し周囲を確認すると、三人で妖を三匹倒してしまったようだ。
この短い時間でこれだけ倒すなんて手際が良いな。
感心していると、残り二匹が仲間を呼んだのか、周囲にいつの間にか小竜が十匹ぐらいいた。
その数を見て、夕霧が叫ぶ。
「二手に分かれましょう。魔法が得意な二人はそこの高台へ登り、上から魔法で攻撃してください。残り二人は妖を高台の方へ誘き寄せて」
「「はい」」
夕霧は魔法組を連れて高台へ向かった。
残された鴇と私で時間を稼がないといけない。
小竜から繰り出される攻撃は、私では致命傷にもなり得る。さっき受けたダメージのせいで身体が怖がってしまい、思うように小竜を誘導することができなかった。
どうしても距離を置いてしまい、結果小竜をバラけさせてしまうことの繰り返しだ。
「唐金!! こっちに来い!!」
鴇は私を引き寄せ、高台の下へ座らせた。
「ここで、膝抱えて耳塞いで目を閉じてろ。後は俺がなんとかする」
それから、鴇は私を守るように近くに立ち、敵を次々とかわしていた。
高台に二人と夕霧がついたのか、上から魔法で援護射撃が開始された。
瑠璃の魔法で強化された、真朱の水魔法が妖を襲い、一瞬にして辺りの小竜は倒されてしまった。
終わったのかな……?
私がヨロヨロと立ち上がると、いきなり鴇は前を塞ぎ、私を壁に追い込んだ。
所謂、壁ドンの体制だ。
ただし、悪い方の……。
「唐金、お前いい加減にしろよ」
「?」
「なんなんだよ昨日から、お前、星の村までの道中の戦闘に一切参加しなかったよな? だからこんなことになるんだよ!!」
「…………っ」
「お前は他の奴らより劣った職業なんだから、より努力しないとダメだろうが! 逃げてばっかじゃ迷惑なんだよ!!」
劣った職業……
そうか、こいつは心の中でずっと、私を劣っていると見下していたのか。
だから、鴇にだけ無性にイラつきを覚えたのか。
「………」
何か言わなければならないのに言葉が出ない。
洗剤生成の能力や、宿屋の掃除で少しずつ自分自身の能力を上げたが、鴇にとっての努力はこういうことではなくもっと戦闘に参加して戦い慣れろと言うことなのだろう。
戦闘に参加しようとしても、装備は雑巾で力もないし魔法も使えない。そこそこ強い妖には、一般人レベルの私の攻撃はまったく通らない。
箒を装備できるようになったが、それも大して攻撃力には貢献しなかった。
勝てる気がしない相手を目の前にして、一日二日で積極的に戦うことなんかできるようになるわけがないだろう。
でも、これを鴇に言ったところで、努力が足りないで一蹴されてしまうのだろうな。
価値観が違いすぎる相手には、何を言っても無駄だ。
「わかった。私、抜ける。迷惑掛けてごめんね」
私は、鴇を押し除け森へと歩き出した。
「おい、唐金! 逃げるのかよ」
鴇の叫びの後、みんなも合流したのか「ユズちゃん、どこいくの?」と、少し遠いところから呼び掛けが聞こえた。
みんなの呼びかけを無視し、私は森の方へ進んで行った。
そもそも、鴇、真朱、瑠璃と私とでは、成長速度がまったく違うのだ。
一緒に旅をするのが無防だったんだ。
そう思ったら、私の頬に一筋の涙が伝った。
職業が判明するまでは、これから始まる冒険に胸を躍らせて楽しかったなぁ。
つい最近のことなのに、それが、遠い昔のことのように感じられた。
————あれ?
今、何か風を切るような音が聞こえた気がした。
その瞬間、大きな地鳴りがし、地面が揺れ、地震が起きたのかと錯覚した。
しかし、それは地震などではないと、すぐに理解した。
何故なら、目の前に大きな巨大生物が存在し、私を大きな目で見下ろしていたからだ——。
いきなり眼前に降り立った“それ”は、赤の色をした巨大な蛙だった。
そいつは、私と目が合うと、ギョロりと黄色い眼球を動かし、大きな口をゆっくりと開けた。
すぐに、逃げなければ。
本能が、全神経が、そう思った瞬間には、私の体は蛙の舌に囚われ、口の中に放り込まれていた。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。




