第17話 診察
「それじゃあええと、エリカ・オーレウシア・カーディオさんですね」
「はい、そうですわ」
「では、生年月日…いや、年齢をお願いします」
「新暦12年の6月だから、今度の6月で16になりますわ」
「ええと、今は何月で一年って何ヶ月ですか?」
「今は4月で一年は12ヶ月ですわ」
「15歳10ヶ月っと」
貴明は、ワープロソフトを立ち上げ、情報を打ち込んでいく。
手書きでもいいかと思ったが、紙が有限なのと、唯でさえ物に溢れている部屋にこれ以上物を増やすのもどうかと思ったため、パソコンを使うことにした。
「ええと、今回、初めて診察するんですけど、どのような感じに身体の不調を感じていますか?」
問診の方法に"開かれた質問"と"閉ざされた質問"というのがある。開かれた質問とは、回答者が自由に答えられる質問であり、閉ざされた質問とは、質問者の質問にはい/いいえで答える質問である。閉ざされた質問は、短時間で必要な情報を得るのに適した質問方法だが、患者が伝えたいこと(どんなに苦しんでいるかなど)を聞けないので、患者からすればあまり満足感の得られず、"長い時間待ってちょっと見ただけですぐ薬を出される診察"と捉えられかねない質問方法でもある。今回は開かれた質問から行うことにした。
「エリカ様は、幼い頃から風邪をひきやすく、育ちが遅い感じがありました」
「育ちとは身体の成長でしょうか?それとも歩き初めが遅いとかでしょうか?」
「身体の成長の方でございます。姉のモニカ様と比べ、乳の飲みがあまり良くないように思われました」
「その他に目立ったことは何かありませんでしたか?」
「モニカ様と比べて息切れのようなものが多いのと熱を出す事が多かったこと、汗をかきやすいことが主に目立っていたと思います」
「汗ねえ…」
と、言いながら貴明は座っているエリカの首筋に手を伸ばす。
「うーん、ちょっと後ろ向いて」
と、言って前から首筋を触った後、今度は後ろからも触り始めた。
「甲状腺は腫れて無さそうだな」
「甲状腺ってなんですの?」
「簡単に言うと、元気の素を作っているところさ。ここが活発になりすぎると腫れたり、動悸がしたり、目が飛び出てきたりするんだ。汗が出すぎたり、痩せることもある」
そう、貴明は大まかに言った。この世界でいきなり"甲状腺ホルモン"や"甲状腺機能亢進症"なんて言っても理解できないだろうと考えたためである。
「じゃあ、次は胸の音を聞かせてもらおうかな?」
「む、胸ですか?」
エリカは少々困惑している。
貴明は、アルを呼び寄せ、小声で会話する。
「なんかエリカ様戸惑ってるんですけど、なんかこの国ってそういう系の風習とか有ります?」
「十二を過ぎると大切な人にしか素肌は晒してはいけないっていう古いやつがあったな。今真剣に守ってる人は少ないが」
「もしかしてそれですかね?」
「それかもしれないなあ」
「あのエリカ様の服ってお腹から手入れられますかね?」
「いけるんじゃないか?」
「えーっと、どこにしまったっけかな…っとあったあった」
と言いながら貴明はものを探し始めた。
貴明の手には聴診器が握られていた
「ああ、エリカ様、お召し物は脱がなくとも大丈夫です。ただ…」
「ただ?」
「お腹の部分から手とこの器具を入れさせてもらいます」
「ええ、構いませんわ」
「では、失礼して…」
貴明は、そう言いながら手を服の中に入れた。
心臓の大体真上の位置に聴診器のベル部をのせた。
ザーッ、ザーッ、ザーッ、ザーッ…
貴明は、指でちょいちょいとアルを呼んだ。
そしてやってきたアルにの服の中に手を突っ込み、聴診器を当てた。
トントン、トントン、トントン…
貴明は、すぐに、循環器学の教科書と参考書を引っ張りだした。
参考書の付録のCDを引っ張りだし、PCに入れPCにヘッドホンのプラグをを挿した。
CDが再生される。心雑音のところまでトラックを送る。
ザーッ、ザーッっと先ほどと同じ雑音がヘッドホンから流れてきた。
CDのトラック名は収縮期逆流性雑音であった。