第16話 初めての患者
貴明は、アルに理由を話した。
まず、アパートには医学書やノートがあること。これは、臨床実習を経ておらず、実際の患者を診たことのない貴明には、現状ではこれがなければ疾患の絞り込みや臨床所見とその特徴がつかめないのだ。更に、聴診器や体温計など、診断の補助に必要な道具があること。これは、診断において、いささか原始的ではあるが、未だに重要で、簡便に所見を取るための道具として第一線で使われており、使用者の技能によっては最新の医療機器により得られる所見と遜色ない所見が得られる。部屋が明るく、視診がおこないやすいこと。今いる部屋は窓が大きく、明るいとは言え、それは窓辺だけであり、部屋の隅はやはり薄暗い。蛍光灯と懐中電灯のある部屋にはかなわない。
最初はアルも渋ったが、ある程度病気が絞り込めないと効果的な治療術をイメージ出来ないと言ったら、了承してくれた。
アルは、お付の人達に事情を説明し、護衛の騎士を用意すると言って部屋から出て行った。
貴明は軽くエリカの方を見る。
貴明がエリカに抱いた印象は、「美人薄命」とか「薄幸の美少女」とかそんな感じであった。
貴明は彼女を見て、少し考えを巡らせる。
歳は十二ぐらいであろうか?顔付きに何か特徴は無いだろうか?栄養状態は?…
考えを巡らせていると、声をかけられる。アルだった。
「もう少ししたら準備できるだろう」
そう、伝えられた。更に、モニカも付いてくる事が確定したそうだ。
途端、ものすごい勢いでドアが開いた。入り口に居たのはモニカであった。彼女は目を動かし、誰かを探しているようであった。目線があった瞬間、ツカツカとこちらに向かってきた。そして貴明に、「治せるの?」
と訊いてきた。貴明は、
「正直、分からない」と口を開いた瞬間、モニカの目つきが変わった。貴明は続ける。
「だが、出来る限りのことはしたい。だから、連れて行く」
すると、騎士が部屋に入ってきた。どうやら準備が完了したようであった。
騎士に支えられて廊下を歩くエリカ。足元がおぼつかないようであり、両脇の騎士が腰に来そうな姿勢でエリカを支えている。
車のある所に来るまでにゆうに十分はかかった。ちなみにここからアルの部屋までは五、六分程度であった。
そこには、七、八頭の騎兵と、馬車が用意されていた。馬車は、この前見たのと同じ、緑色の馬車であった。
貴明は、車の鍵を開け、助手席のドアを開け、言った。
「エリカ様。こちらの席へどうぞ」
状況を察したアルが、
「さあさあエリカ様、貴明殿の車へ、乗り心地も快適ですぞ」
とエリカの手を引きながら車へと向かって来てくれた。
貴明は、エリカをシートに座らせ、シートベルトを締めた後に、聞いた。
「エリカ様。横になる方が楽でしたら、この座席やや倒すことが可能ですがどのようにいたしましょうか?」
これに対し、エリカは、
「では、少し倒していただけると…」
と答えた。貴明は、座席のレバーを操作し、丁度良い座席の角度へと調整した。
それが終わると、アルは運転席の後ろの座席にひとりでに座り、シートベルトも締めていた。助手席後方の席は、助手席がやや倒されているため、窮屈ではあるものの、小柄な人なら一人は座れるスペースがあった。
貴明は、後一人乗れると言いながら、モニカに視線を送った。何かを察したモニカは、「エリカが心配だから乗るだけよ」と言いながら乗った。
多忙のため予告は控えさせていただきます。