第720話 フェビアンは最も損な役割を務める⑨
睨み合っていた2人が突然、動いた。
先に仕掛けたのはティルジットだ。
【青気】の特徴は速度強化。
青を極めたとまで謳われるティルジットが動けば、残像すら残らない。
静と動の動きを超人級にまで高め、気付けば殺傷圏内にいる。
2流の戦闘センスしか持たない各務原ではティルジットの動きを捉えることすらできないだろう。
スペックだけ比較すれば確実にティルジットが有利。
だが、各務原には何かがある。
でなければ【白気】を奪われたとはいえ、この俺がこうも苦戦するはずがない。
ティルジットを生き餌にして、それを見極める。
各務原の正面に立っていたティルジットは気付けば、各務原の背後に周りこんでいた。
俺でも捉えられなかった。
昔よりさらに速度が上がっている。
ティルジットは首筋に超高速の手刀を叩き込む。
各務原は反応すらできていない。
しかし、苦痛に顔を歪めたのはティルジットだった。
俺の【白甲壁】だ。
攻撃と防御を両立させる攻性防御。
俺との戦闘時間が長すぎて、ノウハウを完全に奪われたか。
ティルジットは不意の攻撃を喰らったせいか、大きく後方に跳んだ。
やはり、妙だ。
昔のティルジットなら、その場でキレてダメージを与えるまで攻撃を続けたはずだ。
俺がいない間に劇的な精神的成長があった、バトルスタイルが変わった等の可能性もあるが今の選択はらしくない。
想定外のダメージを受けたせいだろうか、後方に大きく跳び、仕切り直すという選択肢を選んだのは慎重というよりは臆病と言った方がいい。
それに高速戦闘を行う手前、ティルジットは近距離戦の方が得意だ。
わざわざ詰めた間合いを開けるのも不合理だ。
今のでようやく確信がいった。
俺がおかしかったのではない。
各務原と戦うと強制的におかしくさせられるのだ。
おそらく精神干渉系のスキル。
それを使って、こちらのテンポ、体調、精神状態などを狂わせているのだ。
全く気が付かないうちに精神状態を弄られているのだから、【他人のスキルを奪う】能力よりも恐ろしい。
俺の見たところ、各務原とティルジットとでは実力的にはティルジットの方が優勢。
だが、先程の俺も経験したように不安定な精神状態で各務原と戦うのはひどく難しい。
原理がはっきりしないのも厄介だ。
【加護】なのか、【魔法】なのか【第3系統外】なのか、前例のない【固有技】なのかもしれない。
『アイテム』の可能性だってある。
単なる性格由来の影響なのかもしれないが精神干渉を行なってくる相手に自分の力を120%出すのは難しい。
戦っているうちにやつの術中に陥り、本来の力を出せなくなる。
あの短気だったティルジットが平常心を保ち、どこまで実力を発揮できるか。
ティルジットの成長を拝見させてもらうか。
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