第685話 クーリッジは疲れた身体に自ら鞭をうつ⑧
最後の小刀が放たれるまで、あと数秒だ。
しかし、出力が上がらない。
小刀には避けきれない構成をインプットしてある。
このままでは確実に死ぬ。
死ぬ。死ぬのか、この僕が…
ようやく勝てない敵と遭遇したのに。
次々と楽しい敵が襲ってくるこんなパラダイスみたいな環境をついに手に入れたのに。
師匠と真澄さんにもまだ、何も返していないのに。
嫌だ。生きたい。
生きてもっと修行をしたい。
もっと考えたい。
もっと多くの人と会いたい。
もっと多くの人に感謝の言葉を伝えたい。
そのためだったら何だって犠牲にしてやる。
命以外の全てを捧げてもいい。
だから、僕の中に眠る才能よ。今だけは力を貸してくれ。
その瞬間、赤の光の大瀑布が喜汰方を襲った。
成功だ。
手がちぎれそうな程の圧倒的なエネルギーの放出だ。
この出力を維持したまま、まずは自分に飛来してくる小刀を迎撃。
強度などほとんど持たせていなかった構成剣だ。
人撫でするだけで消滅する。
そのまま、周囲に拡散した霧をなぎ払う。
これだけの出力の攻撃だ。
霧は蒸発し、からりとした空気だけが残った。
とうとう【吸血鬼】を倒したのだ。
技が止めた瞬間、猛烈な脱力感が襲ってきた。
たまらず、膝をつくとそのまま倒れる。
身体に力が入らない。
ふと、周囲に散らばったガラスの破片で自分を見ると髪が真っ白になっていた。
文字通り命を削ったことで成功したようだ。
まだ、ヨウメイを助けに行かないとならない。他の侵入者の存在も残っている。
こんなところで寝ている暇などない。
そう思い、腕に力を入れようとするのだが本当に動かない。
これはしばらく休むしかないか…
そう思い瞳を閉じようとすると信じられないものを見た。
転移アイテムの光だ。
中から現れたのは喜汰方だ。
なんとか立ち上がろうとするが全く身体が動かない。
もう声すら出せない。
「驚いて声も出ないようだな。いや、単純に虫の息なのか。不退転の覚悟、それに命を賭けるような代償行為が目に入ったのでな。万が一を考え、転移アイテムで逃げていたのだよ。お前が小刀を迎撃した時だ。俺を相手に戦闘中、意識を切るなど愚の骨頂だ。転移の瞬間、天候操作アイテムで霧を生み出したのだ。お前が吹き飛ばしたのはただの霧だ。数万円程度で買える市販品を相手にお前は命を賭けたというわけだ。ご苦労だったな」
勝ち誇ったような表情をしながら喜汰方は近づいてくる。
ちくしょう。本当にここまでなのか。
「覚悟や決意がなかなか決まらないのは人の性だが、今のは明らかに失策だった。戦闘中、自分自身を傷つけて得をするものなどいない。誰が見ても何かをしようとしているのが分かる。実際、一刺しするごとに威力が上がっていたからな。【威力強化】の準備をしてますと言っているようなものだ。付け焼き刃な発想としては悪くはないが所詮は付け焼き刃でしかなかった。相手がステータス頼みの馬鹿であれば、今ので決まっていただろうが生憎と俺は人類の中でも高ランクに位置する人間なんだよ。お前の敗因は戦闘経験の少なさ。修羅場を乗り越えた数があまりにも少なかったことだ」
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