第664話 とある魔王の独白⑤
そうやって、迷いを生じさせるのも春日井の戦術かもしれない。
戦闘系プレイヤーとしての彼女はそれほど怖くはない。
【聖皇理力】を込みで考えても春日井より強い敵など山程いる。
俺はそういった猛者達を相手にして勝利してきた。
彼女が真に脅威なのは他人から正常な判断を奪うことである。
そのぐらい、彼女には魔物めいた魅力がある。
【誘惑】や【魅了】といったスキルではない。
これはおそらくゲーム外スキルだ。
普段の自分であれば、間違いなく撤退の検討を始めていたはずだ。
なのに今さらになって選択肢の一つとして検討している始末だ。
いや、そもそも未完成の【魔皇紋励起】を使ったのがおかしいだろう。
それを言うなら単騎での要塞落としを提案した時点でおかしかったのか。
あの時から俺の非合理的な行動は始まっていた。
失点覚悟で我孫子書記に許可をもらうなどと正気の沙汰ではない。
宇佐美が呆れていた。
俺の存在をスパイの出汁に使ったことにも怒りはなかった。
春日井が生徒会執行部の教室に忍び込んだ時に感じた感情は納得だった。
驚きはあったが裏切られたという感情はなかった。
ああ、なるほどな…そういうことだったのかと疑問が氷解していく感覚の方が強かった。
そうでなければ、俺に対してあれほど献身的に尽くしてくれたのがおかしいからだ。
春日井のメリットとデメリットが一致していない。
考えてみれば、俺は春日井に対してマイナス行動しか取っていないのだから。
このまま、敗北し彼女の軍門に下るのも有りかもしれない。
そうして始めて春日井の収支はプラスになる。
驚くべきことに、そう思う自分も確かに存在する。
だが、それは負け犬の思想だ。
春日井がスカウトしようとした俺はそんな情けない男ではないはずだ。
既に損切りのラインに達している。
さらに相手は理解不能の人外。
何をしてくるか予測が立てられない。
不明瞭な攻撃を喰らう前に、撤退し態勢を整えろ。
そう理性は囁いてくる。
さもなくば、あと数発、クリーンヒットをもらったら即時撤退しろと何度も何度も訴えてくる。
しかし、俺の戦士としての勘は、いやこれはプレイヤーとしての勘だ。
勝つにしろ、負けるにしろ出し惜しみなしの全力での戦闘に臨めと囁く。
俺が選ぶのはもちろん後者だ。
【魔王】のジョブを取った時もこうだった。
ここぞという時では自分の直感を信じる。
自分の直感を信じて行動するなんて何年かぶりだ。
直感なんてものはよく外れる。
だから俺は自分の直感もあまり信じていない。
多くの直感はバイアスがかかった判断の結果だったり、検討不足から自分に取って気持ちのいい選択肢を選んでいるにすぎないからだ。
だから俺は情報収集の質と量を重視し、判断の根拠を徹底的に煮詰める。
なぜその選択をしたのか? 判断の根拠を明文化し、現場ではそのルールを絶対に遵守する。
今回、あえてそのルールを破棄する。
たとえ間違えっていても後悔はない。
この結果がどうあれ、俺は間違えなく前に進めたからだ。
そう確信できたからである。
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