第569話 死地に赴くヨウメイは過去を省みる。あんな奴、あの女で十分だ⑯
「まあ、座れ」
そう言って受付の女は書類などを乱雑にどけ、私のためのスペースを作ってくれる。
どうもこの女は受付兼用心棒のようである。
片付けをしながらも周囲の警戒に余念がない。
今だって、作業をしながら不審人物が現れればゼロ動作でナイフの投擲に入れる。
そんな鋭い佇まいが見て取れる。
隙だらけなのに隙がまるでない。
達人者級にはよくある話だ。
一方で机の上は酒の空ビンやナイフ、書類などが雑多に置かれひどく汚い。
整理整頓は苦手なようだ。
今も明らかに作りかけの書類の上に別の書類を置いた。あれではまた、探すのに時間がかかるぞ。
作りかけの書類にリープクネヒトと署名があった。
おそらく、これがこの受付の女の名前だろう。
「私は酒は飲めませんよ。【フォリー・フィリクション・フロック】は原則、飲酒禁止ですので…」
このままでは強制的に酒を飲まされる。
この後、冒険者組合に行くのだ。
酔い潰れていては話にならない。
予め飲めない旨、予防線を張っておく。
「つまらない盗賊団だな。お前の組織にも異界人がいたのか? 妙なモラルに囚われよって」
単純に私達の組織は金がなく、そうした嗜好品に縁がなかっただけだが。
たまに手に入れてもすぐに売って現金に変えていた。
未成年が多数を占めるので飲食の方が娯楽だったのだ。
「大変だな、歴史のない盗賊団というのは。盗賊の華は酒と女だというのに。人生の半分は損をしているぞ」
そうやってアルコール臭い息を吹きかけてくる。
整理整頓は終わったようでお盆を置くスペースが辛うじてできた。
唯一、古ぼけた写真立てだけはやたら丁寧に端っこに落ちないように置く。
一瞬、リープクネヒトの若い頃の姿が写った集合写真のようなものが見えた。
おそらくパーティーメンバーだろう。
もっとじっくり見ていたかったが書類の束を置いて目隠しされた。
私が抗議の声を上げようとすると空いたスペースにお盆が置かれた。
お盆の上にはグラスと酒ビンがあった。
「ほら飲んでみろ。コイツはアルコール度数ゼロだ。雰囲気だけは味わえる」
そう言って穏やかな顔でオレンジ色のジュースを注いでくれる。
やたら豪華なグラスだ。
グラスに注がれたジュースのオレンジ色がよく映える。
気分だけは大人になったような気になる。
私もお盆の上にある酒を注ぐ。
なぜだか酒飲みはこの動作を喜ぶ。
自分で注ぐ方が量のコントロールができて効率的なのに。
乾杯をして一気に飲む。
「その雰囲気を楽しめたら、もう大人だ。もっとも、単なる憂さ晴らしの道具になれば有害だがな…」
格言じみたことを盗賊組合の受付の女が言う。
酒に溺れたこの女が言うことで真実味がグッっと増す。
リープクネヒトは日々、楽しく酒を飲めているのだろうか。
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