第536話 デカイ図体でも几帳面なサンケイ⑥
ステージ上では緊迫した雰囲気が霧散し、なんともほんわかした空気になった。
観客席の様子も一変し、皆、口やかましい。
美味しい、もっとおかわりをよこせ。
僕にもレシピを教えてくれ。
私の方がもっと美味く作れる。
俺が自家製のサツマイモで振る舞ってやる。
なら飲み物は儂が提供してやる。
といった感じで自分達で勝手に盛り上がっている。
まるで演劇の観戦から参加型運動会に変わったようなものだ。
そうしてひとしきり観客席での感想タイムが終わるとようやくサンケイの評価が始まった。
「素晴らしく重層的な味だったよ。サツマイモは吹かすだけでも美味しい。けど、一番甘みが出るのは焼きなんだ。その二つを同時に実現したレシピだった。なにせ一口目と二口目では世界が異なっていた。甘いだけでなく二段階に分かれた甘みを実現していた。表面の濃い焼き目の味。中のふっくらした温かな味。二つを同時に口に入れるともう多幸感に包まれた。なにより、芋は僕の好物だ。前回会った時のことを覚えてくれたんだね。それに僕が試食の繰り返しで胃疲れを起こしていることも考慮してくれたんだね。凄まじい気遣いだ」
静かに、しかし、確かな声でサンケイは評価を続ける。
なるほど、これならただの食道楽ではなく美食公とまで呼ばれるのにも納得がいく。
「けど、何より素晴らしいのはそこじゃない。材料に何一つ特殊なモノを使ってない点だ。家に帰れば誰でも簡単に作れる。今日は帰って作ってみようと思う者も多いんじゃないかな。そう思わせるためにわざと量を加減して作った疑いすらある。足らないって気持ちは最高のスパイスの一つだ。そうして観客の心を完全につかんだ。もう見事すぎる一品としか呼べないよ」
恐ろしい程の高評価だ。
この呑気な大男のどこにココまで語れる情熱があったのか。
そう思わせるほどの弁舌だ。
コ・ガイシの顔が歪む。ココまでの評価が出るとは思っていなかったのだ。
そうして私の講評が終わると判定の時が訪れる。
「勝者はコ・ガイシだ」
コ・ガイシはホッとしたような安堵の顔を見せる。
観客席からは失望と動揺の声が上がる。
コ・ガイシの仲間達もどのような反応をすればいいか分からないといった感じだ。
場を呑んでいたのは確実に私だったからだ。
しかし、私からすれば当然の結論だ。
私の狙いはこの次にある。
「勝負にもなってないよ。当然だろ。本人も認めているとおり、素材の吟味、調理の工程、盛り付け、一皿としての完成度、全てにおいてコ・ガイシが勝っている。唯一、負けたのは気配りかな。これも春日井の計画通りなんだろうけど、僕たちは観客や設営スタッフ、そしてバトルで競いあった人達の気持ちを後回しにしていた。決して蔑ろにしていたつもりはなかったけど、一番じゃ無かったのも事実だ」
コ・ガイシの勝利を称えるというよりはこれまでの料理対決の反省にも聞こえる。
そして、その責任者であるサンケイ自身が最も悔いている様子だ。
「癪だけど、僕達も調理の在り方をもう少し見直さないといけないね。誰のための料理か? それを僕にも問い直させてくれた素晴らしい一戦だったよ」
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