第526話 ドレフュスという女の難解さ⑤
「春日井、これは卑怯だぞ」
ドレフュスはクーリッジの説得を諦め、私に水を向ける。
「卑怯もなにもどんな手段を使っても行動と結果でねじ伏せる。それだけです。あなたと同じですよ」
「なにが目的だ。春日井。悪いがクーリッジを人質に取ったところで私の考えは変わらんぞ。私は情には流されない。コイツと派閥となら私は派閥を取る」
その割に早くも条件提示の段階にまで降りてきている。
十分、通用している証拠だ。
おそらく、本当に人質まがいの真似をして、どぎつい条件を突きつければドレフュスは派閥の利益を取るだろう。
だが、後に待っているのは破滅のみだ。
心の拠り所を完全に失くしたドレフュスはおそらく暴走する。
これまでの心の負債をまとめて賠償請求するように。
よって、追い詰めすぎてはならない。
比較的簡易で、なおかつ、ドレフュスの裁量で処理できる条件にまで落としこむ。
「そうですね。なら、無干渉でどうでしょうか。積極的に反対に回らないで下さい。それだけで結構です。後は自分でなんとかしますから」
「なっ!?」
想定した以上に私の交換条件が緩かったのだろう。ドレフュスは間の抜けた表情になる。
「だが、いいのか私が約束を守るとも限らないぞ」
「その言葉だけで結構ですよ」
この手の人間は律儀に約束を守る。特に私はドレフュスの読んでない手を打っただけに十分、脅威と認識されたはずだ。
「けど、クーリッジはもらっていきますよ。人質というわけではありません。拘束もしませんし。コイツはもう少し、社会勉強をさせたほうがいいですから」
部屋から出て行く際、思い出したように告げる。まあ、交渉材料として一方的におもちゃにした。その詫びも入っている。
技術的な何かを教えるわけではない。私にできるとしたら精神的な技術指導だ。
逃げ帰るなら止めない。そこまでの義理はない。言ってみれば随行を許す程度のことだ。
ドレフュスに対しても念のための保険ぐらいにはなるだろう。
「じゃあ、いくぞクーリッジ」
そう告げると嬉しそうに私の後を追ってくる。相変わらず、ドレフュスに対しては挨拶もない。
「その前に育ててくれた師匠に礼を述べろ、この馬鹿!」
私が急に口調を変えるとクーリッジは驚く。
「別に今生の別れでもないからシャチホコ張ることもないが礼儀は礼儀だ。ちゃんとしろ。だから強くなれないんだ、お前は」
私の論法を理解できないのだろう。礼儀と技術の修得がどう関係しているのか疑問な顔だ。
私にしてみれば、どうでもいいようなやつにどうして人がチャンスを与えてくれるものかよっぽど疑問だが。
「それからさっきの言葉を謝れ。事実だとしても言っていい言葉と悪い言葉がある。いや、言わねばならないタイミングとしかるべき言い方がある」
あまり迂遠な言い方をしては伝わらないか? ハッキリ分かる言葉で言ってしまうか。
「そんなだから友達がいないんだろう、お前」
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