第441話 全てはクロサガ王国のために⑥
「騒々しいぞ。何事だ」
よく通る声で軽鎧を一分の隙もなく着こなした男が施設から出てきた。コイツが司令官のグラッドストンか…ディズレーリの友人とは思えないほど穏やかな優男だ。
しかし、同じ【気】の使い手だから分かる。コイツもかなり強い。
【気】の放出に鋭さがある。できれば、戦闘は避けたいところだ。
グラッドストンが出てきたことで周囲に緊張感が張り詰める。
自然と騒音が消え皆、背筋をピンと伸ばしグラッドストンの発言を待っている。
「コンバウン君、説明したまえ」
穏やかな声でグラッドストンは年嵩の兵士に指示を下す。
「はっ! 手形を持たない通行希望者を詮議していたところ、【審理の石版】が承認を示したでござる。しかし、あまりの手際に不審に思って確認したところ相手がガリポリ・ダーダネルス領主、春日井殿と分かったでござる。よって再び詮議を再開していたところでござる」
説明を求められたコンバウンは明らかに緊張した様子で事態の説明を始める。
「そうか…彼女が春日井領主か…」
私の名前を聞いて初めてグラッドストンが表情を変える。
しかし、一切、感情の変化が読み取れない。冷静沈着といった男だ。
「それで彼女の通行理由は?」
当たり前の質問に誰もが沈黙する。
当然だ。誰も聞いてこなかったのだから。
「何だ…誰も聞いていないのか…確かに【審理の石版】が承認を示すなど半年に一度のことだ。事実上、詮議は終わっており、尋ねたところで本当の答えが返ってくるとは限らない。非常に無意味な行為だと私も思うが定められた手順は手順だ。自分達が楽をするために省略していかんよ」
自分の部下に柔らかく叱責する。怒っているのか怒っていないのかも分からないような言い方だ。本当にそれが必要だと考えているのかも怪しい。
「ならば私が聞こう。春日井領主、この時期にプレスビテリアン帝国に入国される理由は何ですか」
「帝国の重要施設の破壊工作ってところですかね~」
戯けた口調であえて飾ることなく本当のことを言ってみる。我ながら馬鹿な理由だと分かっているが真面目に答えるのもまた、馬鹿らしい。
自分で通行目的なんか聞いても意味はないって言っていたことだし、このぐらいの揺さぶりでいいだろう。
「貴様、ふざけるでないでござる!!!」
コンバウンが激昂する。
今にも掴みかかってこようとする勢いだがグラッドストンは静止をかける。
「そうですか…」
手を顎にあて、考えこむ。
「ではお通り下さい」
「よろしいのでござるかグラッドストン司令官。こやつは何の能力も無いのに領主の座についた無能者。このまま帝国に送れば我が国にどんな災いを招くか分かったものではござらぬぞ!」
「君の愛国心は分かるが高級軍人など一定の位を超えると自動で通行許可は出る。領主は国王、宰相に次ぐ位だ。領主には自由に行き来できる権限があるのだ。【審理の石版】が許可を出したのだ。ならば我々にはそれを妨げる謂れがない」
グラッドストンの出した理由は意外なものだった。
法がそれを許すなら自分には関係ないというスタンスだ。ディズレーリとはまた、随分と違うタイプの人間だ。
「それに無能者と誹るがコイツは私の妹弟子だ。家宝の【赫のリストバンド】を身につけているということはディズレーリの奴も認めたのだろう。コイツを無能者と呼ぶなら黒佐賀王も私もディズレーリも皆、無能者ということになる」
「そっ…それは…」
「まあ、コンバウン君の言うことも分かる。無能でなくとも愚妹なのは確かだ。ダーダネルス・ガリポリ領の痴政がそれを物語っている。兄弟子として謝らねばな…しかし、コイツの痴政とプレスビテリアン帝国の侵攻の兆候は独立している。その分だけは割引して考えてくれ」
私を卑下したいのか庇いたいのかよく分からないニュアンスだ。しかし、今はこの助け船に感謝しておこう。
「それにコイツの一挙手一投足がクロサガ王国の命運を決めるかもというが我らクロサガはそこまで柔でない。小娘1人にできることなどたかがしれている。行かせてやってくれ」
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