第421話 我孫子陣営の中に潜り込め⑤
「結局、現実の人間のスキルはセカンドワールドオンラインのようにいきなり数段階も上げれはしないということだな…オンラインの中でさえプレイヤーは自らの無能さに嘆く」
焦点の合わない目で天上を見上げリヒャルトシュトラウスの独白は続く。
「私が【教団】に入教した理由を教えてやろうか。私は同じことを現実世界で繰り返したからさ…」
そう述べるとリヒャルトシュトラウスは嘗て聞きそびれた入教理由を語ってくれた。
「最初の会社はお客様重視だった。お客様からクレームを頂いたらスタッフの意思など無視してその通りに対応した。お客様から依頼があればどんな内容でも対応した。深夜でも対応したし、早朝でもお客様の言われるがまま対応した。現場では競争心を煽られ接客のコンテストなんかが頻繁に行われていた。私には何もなかったからな…言われたことを心を空にして行えば不思議と接客コンテストでは上位を取れた。ある時、責任者に呼ばれ、お前の接客は素晴らしい。私の接客を各店舗に水平展開させろと指示された。2つ返事で引き受けた私は手とり足取り教えられた接客をスタッフに伝授した。反抗してくるスタッフを熱心に説得し、私は自分の接客を信じ、次々と伝えていった。結果は今と同じだ。客数は増え評判はあがったが、最初にスタッフが潰れた。私の接客についてこれなかったからだ。それでも私は言われた通りの接客を続けた。幸い会社は辞めた人間の補充を各店舗から次々と送ってくれた。しかし、私が接客を伝えると皆、辞めてしまった。最後には私が責任を取らされて辞めさせられた。私は会社の指示した通りに行動しただけなのにな…」
ふうっと重いため息をつきながら、立ち上がりリヒャルトシュトラウスは私と自分用にコーヒーを用意する。
「その次に働いた会社は社員のことを家族のように扱うアットホームな会社だった。なによりも社員のことを大切にしていた。お客さんからクレームが入っても決して社員に伝えない。育児施設が併設してあり、無料の社員食堂もある。会社の都合とお客様の都合がかち合えば、必ず会社の都合を優先させた。社員には決して無理をさせない。タイムカードも1分単位で手当をつけてくれた。しかし、お客さんから見ればどうなんだろう。たいした魅力のない平凡な会社だ。特化した部分が一つもないから競合店ができれば次々と人を取られる。それでも社員重視を止めなかった。結局、ある時点を過ぎた時、会社を維持できず倒産した。倒産する時ですら社員に告知し、きちんと給料を先払いしたいい会社だったがな…」
自分で淹れたコーヒを飲み、リヒャルトシュトラウスは一息つく。
私は彼女の語る言葉を一言も漏らすまいと構えていた。
「その次に働いた会社は収支を重視する会社だった。何においても利益。客からクレームが来ても表層上の対応はするが根本的解決は行わず全て無視した。徹底的に利益だけを追求させられた。私は教えられた通りの利益追求法を実行した。利益を追求するためにはいかに客を効率よく捌くかが求められた。お客様の都合に自分を合わせるのではなく、客を自分の都合に合わせる。生産性の極大化だ。見えないところは極限まで手を抜くことも求められた。私はまた、教えられた通りに対応した。強引に客を自分の都合に合わせ、利益を生んだ。タイムカードを切っての仕事を強制されれば、その通りに対応した。利益は上がっていった。スタッフの給料はまるで上がらなかった。しかし、そんな方法は土台、上手くいくはずがない。リピターは獲得できず、徐々に客数は減っていき、スタッフも次々にと辞めていき最後には会社を維持できなくなり倒産した」
いつの間にかリヒャルトシュトラウスのカップは空になっていた。私が淹れなおそうとすると手で静止を受けた。
終わりの時が近いのだろう。
「その三社を渡りあるいたあと【教団】に拾ってもらった。私は自分が欠陥者だとようやく気付き、誰ともかかわらない道を選んだ。【教団】の在り方は本当にありがたい。生活をするための道筋をつけ、干渉しない。まさしく、理想形だよ」
自分の言いたいことを全て言い終えたリヒャルトシュトラウスは急速に沈んでいく。
「さて、言いたいことは言った。やりたいこともやった。これで私はお役御免か?」
虚ろな表情でリヒャルトシュトラウスは私を見た。それはまるで死刑判決を待つ犯罪者の顔のように思えた。
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