第259話 最初の一歩は拉致から始めます㉙
「なぜ殺さない!」
プランタジネットが凄まじい剣幕で言ってくる。
リグヴェーダもプランタジネットも残りHP1なのに未だ戦闘意欲は衰えていない。これではどちらが勝者なのかも分からない。
「殺そうと思って勝負してたけど、ふと、『自殺志願者』系のカードの呪いを思い出した。リグヴェーダ分かるか?」
私はその剣幕に押されて、視線を逸しあえてリグヴェーダに水を向ける。仲間の言葉の方が説得力があるだろう。
「『自殺志願者のカードを使う者よ。汝、自殺はよいが他殺をすることなかれ。死で遊ぶ者には死の呪いを与える…』か、死高礼神ホラズムの言葉だ…」
リグヴェーダは渋々ながら答えてくれた。彼女もやはり自分が生き残ったことを喜んでいないようだ。
「そういうことだ」
「そんなものは伝承だろう」
プランタジネットは私の答えに納得していないのだろう。全く不機嫌な様子が消えていない。
「ゲームの中の伝承に意味があるのがセカンドワールドオンラインだ。なるべく、不用意な行動は取りたくない」
「そんなことで…」
「本音を言えばまさか『自殺志願者』のカードを使う奴が私の他にいたっていうのに意表を突かれた。それで殺す気が失せた。『自殺志願者系』はHPをゼロにしないと発動しないからカード使いの中でもさらに使う人間が少ない。というか、2度も2対1で戦い。それでも私が勝ったのだ。私の勝利は揺るがないだろう」
「それでも私達は教団のために死んでも戦う」
殺さない理由に一応の合点はいったようだが結局、そこに戻ってくるか。
残りHPは両方1。2人まとめてPKした方が早く真澄の元に駆けつけれる。しかし、それでは駄目な気がしたのも事実だ。
死高礼神ホラズムの言葉が1。自殺志願者のカードを使われた意外性が3。何となく真澄なら、こいつらをPKしないほうが喜ぶと思ったのが6かな。
気付いたらPKせず剣を止めていた。私が勝ったのだから話し合いで進めようと思っていた。
私は一体どれだけ真澄に感化されてるんだか…
「だからといって本当に今、死んでは戦えんだろう。転んだだけでも死ぬようなHPしか残っていないくせに粋がるな」
やれやれ、狂信者を説得するのは疲れる。しかし、ここで諦めたら真澄に笑われる。私にはこれ以上戦うつもりも無ければPKされてやる義理も無い、自分の意思を言葉で示し戦闘を回避する。
「もう、お前らを説得するのは諦めた。よく考えてみたらなにも戦闘する意味は無かったんだ。とりあえず、中立を約束して合流すればよかったんだ」
「なっ、それは」
「という訳で、とりあえず、戦闘は止めにして合流しよう。その上で真澄とヴァレンシュタインとの交渉が決裂すればそれぞれに加勢して集団戦闘すればいいだろう」
「しかし、それでは」
「今日は頼みに来ただけで依頼者であるヴァレンシュタインの妹さんは来てないんだぞ。それともやはり、私が言った真澄の可能性が怖いか? あいつはプレイヤーキルマイスターすらも殺る女だからな」
不得意分野でいきなり狂信者を2人の説得とは私には荷が勝ち過ぎただろうか。それでも、やれるだけのことはやったはずだ。後は彼女達が決めることだ。
「それとも、やはり、ここでHP1ずつのお前にデコピンしてPKしたほうがいいか?」
私はリグヴェーダとプランタジネットに最後通牒を出す。理と情を使って精一杯説いたつもりだが彼女達にはどう写ったのだろうか。
「…」
「…」
「私達の負けね。リグヴェーダ。誇りを捨ててまで背中から不意打ちしたのに殺しきれなかった。ここは生きて渚の提案に乗りましょう」
長い沈黙の後、これまで戦闘続行を主張していたプランタジネットが折れてくれた。最も戦闘に執着していたプランタジネットが先に折れてくれたのだ。
苦労してでも説得してみるものだ。
「プランタジネット…」
リグヴェーダが諦めきれない様子でプランタジネットの名前を呼ぶ。しかし、プランタジネットは休戦の意思を変える様子はない。
「3度目の戦いがあるならそこで雪辱を果たせばいいわ。最も、あまり勝てる気はしないけど…」
プランタジネットがリグヴェーダを慰めるためにそう言った。そうまですればリグヴェーダは諦めるしかないようだ。
「まあ、そう落ち込むな。事が片付いたらお前らにあいつに紹介してやるよ。たぶん、お前らの人生も変わるぜ」
私がそう言うとプランタジネットとリグヴェーダは苦笑いしていた。こいつらは真澄の影響力を知らないからこんな甘い顔ができるのだ。実際、真澄と接点を持ってしまったらこいつらどう影響を受けるんだろう。
私は楽しみが増えたことに思わず含み笑いをしてしまう。
「さて、限界以上に身体と精神を酷使したから疲れた! ちょっと休憩してから行こうぜ。なんか甘いものでもないのか?」
「ふふっ、部外者と食事を取るなんて久しぶりね。リグヴェーダ、プリンを持ってたでしょう。出しなさい」
「あれは、私の自作で…生クリームまで使ったのに…なんで部外者なんかに…」
プランタジネットとリグヴェーダではプランタジネットの方が先輩なのだろうか? 渋りながらも3人分、自作のプリンを出してくれた。
自作なのにちゃんとプルプルしている。美味しい。市販品のような混ざり気が全くない。卵に砂糖を入れて蒸す。素材本来の味がダイナミックに出てる。上に乗った生クリームもキメが細かく美味しい。もっとないのだろうか。
「まあまあ、ところでダブりのカードが何枚かあるんだがトレードしないか?」
未だふてくされているリグヴェーダに話を振ってみる。無口な奴には専門分野で会話を繋げるのが良いとなんかの本で読んだのを思い出したのだ。
「はあ…まあ、私も何枚かダブリぐらいはあるけど…」
案の定乗ってきた。自分の専門分野だと無視することができないのだろう。
「私は『牢獄系』のコレクターなんだ。『牢獄系』のダブリはないか?」
「また、マイナーなコレクションね。使いこなすの大変でしょう…」
「やっぱ、縛る、捉える、自由を奪うって考え方がいいんだ、お前は?」
「私は『天佑』とか『啓示』とかかな…」
「リグヴェーダ、チョコも出してよ」
私達が専門分野について話をしているので退屈なのだろう。プランタジネットから追加注文が入る。
「なんで、私ばっか…」
しかし、その顔はようやくどこか嬉しそうに思えた。
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