第231話 最初の一歩は拉致から始めます①
祥くんに先導してもらい、私達は第1階層、プライベート空間に転移する。
目の前には近古折衷の10階建ての巨大な建物がそびえている。
建物が近古折衷のデザインなのは思想的影響を避けるためか。西洋的な建物にすれば西洋的な思想の影響を受けるし、日本的な建物にすれば現代の世俗的な思想の影響を受ける。あえて近古折衷の奇抜なデザインにし思想的な影響を排除したのだろうか。
前に来た時は正直、宗教団体の施設に訪問なんかして大丈夫かなって懸念のほうが強かったり、その建物の奇妙なデザインにただ圧倒された。しかし、メンタルが落ち着いている今ならそんな感想を抱けた。
私が建物をマジマジと観察していると渚から声をかけられた。どうも今日の渚は機嫌が悪い。自分から今回のクエストに参加させてくれとお願いしてきたのにどうしてだろう。
「というか、お前が情報管理局に来る前にエミリーから聞いたぞ。ここでショウとやりあったそうだな。そんなピンチになぜ私を呼ばん。戦友の名が泣くではないか」
よく見れば泣きそうな顔をしてそう言ってきた。って、そんなに真剣だったのか!?
「いや~あの時、私、学校サボってたんだ。渚は授業中だったでしょう。いくらなんでも授業を中座してまで呼ぶのは無理かなと思って声をかけなかったんだ。ごめんね」
私は渚の重みに耐えきれず笑って逃げきることにした。
「授業など動画を見れば事足りる。学校と真澄とならは私は真澄を優先する。今度からはこういう時は必ず、私を誘えよ」
「は~い」
私は不承不承そう返事をしながらも渚の好意に心の中で深く感謝する。
「けど、もうこういうことは無いよ。ねえ、祥君」
祥くんは鉄面皮を保ったまま、頷いた。む~、ここは深く同意してほしいところなのに。照れてるのか!? 釈然としないな~
しかし、渚のあのひどく切迫したお願いには頬が緩むものがある。ここは憂さ晴らしに少しイジってやるか!
「けど、渚。動画を見せてくれる友達なんているの?」
「うるさい! そんなものアーカイブを探せば腐るほど出てくる」
「ファーストワールドでは講義の内容の記録物があるのですか? 興味深いですね。それに効率もいい。それを複製分配すれば教師の数は少なくてすみそれぞれの研究に埋没できる」
興味津々といった風な様子でエミリーが会話に入ってくる。イタズラ心から出た意趣返しがまた、思わぬ方向に派生した。面倒くさい人間に面倒くさい内容を聞かれてしまったのだ。
「う~ん、多分、カメラやレコーダー、モニターが出た当初はそう予想されたんだけど、結局、ファーストワールドではそこまでは行かなかったね。なんでだろう」
とりあえず、まじめに答えてみる。
「そんなものは本の歴史と同じだ。本があるからといって全ての知識を100%まるごと劣化無く伝達できるわけではない」
突然、渚が割って入ってきた。そんなに私の問いが気に喰わなかったのだろうか。
「けど、本は文字でで2次元的な情報伝達しかできないわけでしょ。動画なら音と視覚を使って3次元的な情報伝達ができるはずなのに…なんでだろう」
私は感覚的には分かっているがうまく答えを言語化できないのでそのモヤっとした感覚をそのまま疑問にしてみた。
「車の運転と同じだ。動画を見ただけでは運転はできない。触って、実際にやってみないとそのリアルな感覚が分からない。ただ、インフィニットステーションが完成してもう30年だ。そろそろ古い世代が完全に駆逐され、法体系が追いついてくると思うがな」
渚は私がうまく言語化できなかった答えを手近な例を使い正確に答えていく。こういう時はこのまましゃべらせておくほうがいい。
「それにいくら技術の習得のためとはいえ勉強とは本来、シンドイものだ。教師とは知識の伝達者ではなく、勉学の監督者だ。うまく教えることももちろん大切だが、生徒が理解しているかどうかを確認し、理解できていなければ叱責したり、説得したり、雑談をして印象を深めたりとあらゆる手練手管を使って吸収させるのが仕事だ。漢字の書き方や複雑な英単語のスペルの学習法など、どんな教師でも大差はない。できない生徒には100回ぐらい書き取りをやらせて無理矢理覚えさせるしか方法はない。そういう監督者として教師という仕事はずっと残るのではないか」
読んで頂きありがとうございました。明日も投稿、頑張ります。
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