第229話 全てゼロからやり直します⑨
「念のため、言っとくけどさ。姉さんを見つけてもらっても何が変わるかも分かんないよ」
休み時間も残り少ない。しかし、水無瀬さんは動じること無くプラスチックのフォークで器用にパウンドケーキを切り分け上品に口に運ぶ。それだけでまるで一枚の絵画のようだ。
こうして改めて食事の席を共にすると女子力の差というものを思い知らされる。ただ、ケーキを食べるだけでどうやったらあんなに色気を出せるものなのだろう。
「変わろうとする意志が大事なんだよ。最初に出てきた単語がお姉さんだったからには水無瀬さんの中でお姉さんのウエイトは大きんだよ。どんなお姉さんだったの?」
一方、私はガツガツと丼をかきこみながらしゃべる。うん、この親子丼、出汁がよく効いてて美味い。少し冷めてしまったのが残念だ。
「そうだね。歳が離れてたからそう思ったんだけど。真面目で責任感が強くていつも笑顔が絶えない完璧な女性に思えたわね。ちょうど春日井がこのまま大きくなったイメージかな」
そう言うと水無瀬さんは自分のほっぺを人指し指でつつくジェスチャーをする。げっ、米が付いたままか。恥ずかしい。私はほっぺについたお米を慌てて取り、口に入れる。
「けど、そんなの幻想で、誰もが姉さんを頼るから想像以上のプレッシャーがかかってたのね。ある日、本当になんの前触れも無く蒸発してしまったわ」
コーヒーで喉を潤しながら水無瀬さんは話を続ける。
「事件や事故に巻き込まれた訳ではなく、姉さんが住んでたアパートも自分で契約切ってたし、携帯もナンバーが変えられてた。自分の意志で私達との関係を全て切ったんだね。後日、妙な名前の宗教団体から連絡が来て正式に絶縁を言い渡されたよ。ネットで調べたらカルト教団だった。まあ、当時の私達は姉さんの収入を完全に頼りにしてたからね。姉さんから見れば私達は重石にしか思えなかったんだろうね」
水無瀬さんは自嘲気味な笑みを伴いながらそう教えてくれる。やはり、過去の自分の行動を悔いているのだろうか。
「実際、私も姉さんが蒸発して初めて家に借金があるって分かったからね。暢気なものだよ。貧乏だとは知ってたけど、借金があるとまでは知らなかった。借金を返しながら私達に仕送りしてギリギリの生活をしてるのに私の目には社会人になって自分の働いたお金で欲しい物を買ってる裕福な姉に見えたんだから救いようがないよ。貧すれば鈍するとは言うけど元から貧乏だと物心ついた時から馬鹿なのかね」
うん!? さっき言ったばかりなのにもう負け犬の水無瀬さんが復活してきている。私はそれを指摘することはせずジト目で睨む。
「そんな性根で生きてきたから春日井にさっきみたいな言葉をもらう羽目になるんだね」
どうやら気づいてくれたのか苦笑いで応えてくれた。
「お菓子も作れる女性として完成した姉ってイメージがあるけど、今にして思えば、あれもお金が無くて時間を持て余したからわざわざ手作りしたんだろうな~パウンドケーキなんて薄力粉と卵と砂糖とバターだけで作れるよ。それでも当時はスーパーで売ってるお菓子を自作する凄い姉って思えたんだから子供は馬鹿だよ」
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