第205話 初めてのPK(プレイヤーキル)実行から一夜明けて③
そろそろお昼も近づき、予定も無いなら教団に遊びにこないかと私はヴァレンシュタインに誘われた。
流石に危ないかなとも思ったが所詮、この身は情報体だ。なにか現実的な危機があるわけでもない。新型モンスターや神との戦闘に比べればどうということもない。私は教団に行ってみることにした。
ヴァレンシュタインの転移で移動したのだが転移動作の一つ一つが洗練されていた。個人で転移アイテムを持っていることといい、この人、意外と高レベルプレイヤーなのかもしれない。
転移した先が第何階層か分からなかったがおそらく10階はあるであろう城のような巨大な建物の前に転移した。現代的なビルをベースとしていながら各階の間には城にそなえつけられているような瓦のようなオブジェがくっついており、最上階は天守閣のような造りになっていた。
私が圧倒され動けずにいるとヴァレンシュタインが手招きしてくれた。そういえば、私はまだ彼女に自己紹介もしていない。
中にはたくさんの人が生活しており、なかなか活気があった。なにをしているのか聞いてみると修行をしているのだという。ログインして修行などしてどうなるものかと疑問を投げかけたら、モンスターを討伐し、その金でログイン代を賄っているとのことだ。お金は全て教団が管理し、余ったお金などはレベルの低い信者のログイン代に当てたり、活動費用に当てているとのことだ。
私はエスカレーターで9階の応接室に通され、待つように言われた。
「ごめんね。食堂はもう終わっててこんなものしかなかったんだ」
出てきたのは梨のキャラメルパウンドケーキのホールと自家製焙煎のコーヒーだった。早速、一切れ食べてみたが明らかに市販の品とは違うしっとりした生地だった。そして梨が非常に大きくカットしてありゴロっとして美味しかった。
「美味しい? 実はこのパウンドケーキ、私が作ったんだ。梨はここで取れたんだよ」
現実世界を正確にトレースできるとは知っていたがそんなこともできるのか。梨などキャラメリゼしてあり外側が飴でコーティングされ、内側は梨本来のシャキシャキ感が残っており手作りの味を完全に再現していた。
「現実世界にいた頃からパウンドケーキは得意でよく妹に作ってあげてたんだ。懐かしいな…」
ヴァレンシュタインがなにかを思い出すような顔をして遠くを見ていた。私は飽きることなく3切れ程、夢中になって食べ、4切れ目に手を伸ばそうとした時、ふと、【ログアウト酔い】のことを思い出し手を止めた。ゲーム世界でご飯を食べ満腹になり、ログアウトして本来の空腹状態に戻ると身体に悪かったり、酔ったりするというアレだ。
よく考えれば最近、ログアウト後に気分が悪いのもログイン中にご飯を食べるせいかもしれない。
「あれ、あんまり食べてないけど、もしかしてダイエットとかしてる? 懐かしいな現実の肉体の悩み。私はもう何年もログインしっぱなしで、本物の私の肉体はたぶん流動食しか食べられないぐらいガリガリなんだろうけどね。レベルも上がったからアバターのリアルトレースシステムから外れて理想体形を作ることができるからいいけど。昔はよくやったな~食べ過ぎると体重が増え体形が崩れるし、食べないとイライラするし欲しいところの肉が落ちていく。ホント、現実の肉体はめんどくさいよ」
さらっと凄いことを言ってくる。やはり、他人に教義を進めてくるからにはその宗教名の通り、廃人なのか。しかも何年も現実世界にログアウトしてない筋金入りのプレイヤーだ。いや、プレイヤーでもあるが本質が違うか。辛くてキツイ現実世界から逃れるためにプレイしている。攻略や金儲け、立身出世が目的ではなく本当に生存するためにプレイしているプレイヤーだ。
「まあ、慣れてない子はあんまり、ゲーム中でご飯を食べるのは良くないからね。そう考えると、このぐらいの軽食がちょうどいいかもね」
無理に私に勧めることはせず、ヴァレンシュタインは自分で作ったパウンドケーキの残りを美味しそうに食べている。
「私ぐらいになると現実世界では点滴一択だから何食べてもいいんだけど~」
ヴァレンシュタインは羨ましいでしょうといった茶目っ気たっぷりの表情で自慢してきた。
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