第138話 黄金気を修得した新米領主の私は現実世界のバイト先でクレームを起こし反省会で接客の極意を研究しています
「いや~つかれたね~悪かったね春日井。いきなりあんなの相手させちゃって~」
あっけらかんとした口調で水無瀬さんがドアを開けて入ってくる。そんな水無瀬さんに私はすぐさま立ち上がり深く腰を折り謝罪する。
「申し訳ありませんでした。水無瀬さん。どじ踏んで、クレームまで起こしてしまって」
「そんなに畏まらないでいいよ、春日井。こんなの日常茶飯事だから、問題ないよ。上っ面でしか謝ってないし」
あれで上っ面なのか!? だとしたら、どれだけきれいに精神と行動を分離させているだ。私にはまったく分からず、誠心誠意、心から謝っているようにしか見えなかったが…
「けど、春日井がメールに気づいてくれて反論せずに黙って聞いてくれたから助かったよ。あそこで嫌な顔なんかしてません、だと、舌打ちなんかしてませんだとか本当のことを言うとますます炎上して1日じゃ終わらなくなるところだったよ。実際、そういう忍耐ができず辞める人が多い会社だからね」
やはり、あれより先があるのか。いや、確かにこういったクレーム対応の場合、延々と居座られたらそれだけ時間が取られる。癪だがあれがベストな対応だったのか。
「それでも、春日井に一つだけ覚えておいて欲しいのは無理に渡さず相手の様子をしっかり見て渡しいんだ。舌打ちとか、金を持ってなさそうな顔は嘘で、あの人の幻覚でそう見えたかもだけど、手のしぐさで断ってたっていうのはたぶん本当だよ。それと相手が視界から去るまで気を抜いちゃダメ。最後のあたりも気を抜いたらまた怒りだして追加で1時間コースだよ。春日井にこんなあたりまえの説教をするのは気が引けるけど、私達の場合、お金をもらってなくてもお客様。チラシをもらってくれなくてもお客様。敷地を間借りして営業してるからこの店もお客様。この店だって本店の業務に支障をきたすようなら出て行けって契約を切られるしね。そして、さらにイライラしながら来店するお客様に渡してもダメ。これも地雷みたいで下手に渡すと流れ弾が飛んでくる。まあ、そういうことを教育できてない私にも責任はあるけどね。なかなか、急がしくてコツとか方法を伝える時間が取れないよ。なまじ、春日井は優秀でなんにも手をかけずに自分で学んでくれるから余計それに甘えてしまうんだよね」
水無瀬さんの完璧な謝罪が決まってあの男が謝罪を受け入れた時か…
確かにあの時、やっと終わった~って開放感で少し緩んだかもしれない。それをわずかな付き合いしかない水無瀬さんに気づかれていたのか。
それにしても、私に労いの言葉をかけ絆を深めてから注意事項を伝達し最後にフォローも忘れない。
管理職として完璧すぎる。何者なんだろう水無瀬さん。私と同じ歳のはずなのに。
教室でも非常に大人びた雰囲気を持っているな思っていたがそれはその容姿から来るものだと思ったがそうではなく社会で揉まれたからこうなったのか。
「普通はそろそろ手を抜くことを考えてくるのに春日井はむきになって買う見通しのない人にまで配るんだもん。行き過ぎる人間なんて始めてみたよ」
私が黙っているのを気落ちしたと感じたのだろうか、水無瀬さんは笑いを交えたフォローを入れてくる。
まあ、せっかくだからこのスキルを吸収させてもらおう。
現実世界で同じ年齢、同じ性別の人間がやることだ。私にだってできるはずだ。とりあえず、せっかく直接レッスンの機会を得たのだ、気になったことを全て聞いてみよう。
「ごめんごめん。なにがなんでも1件ぐらいは第3段落までこぎつけてやろうと思って。ところであの買う見通しのない男が言ったチラシを配った客、全ての顔を覚えるってのはできるものなの?」
「あれは無理でしょ。私でも無理だよ。ただ、服装とか小物で判断して入り口で声をかけた人だって分かることもある。まあ、私が玄関ホールに配置されたら基本入ってくる客にメインで声をかけて出て行く客には渡さず挨拶程度で済ますね。なんか興味を持ってくれていれば声をかけてみるけど。けど、逆に渡さなかったら渡さなかったで大声を出す人間もいるし難しいよ。オレには渡してくれないのか~オレのことを見下してるのかとか暴れるクレームにも対応したことがあるしね。本当はそういうことを事前に教えなきゃだったんだけど、ゴメンね」
仕事場の水無瀬さんはところどころ会話のクッションとして謝罪の言葉を入れてくる。
クラスメイトなのに気を使う人だな~よっぽどこれまで仕事場で苦労したのだろうか。
祥君達とはまた別の意味で味のある人間だ。
私はもっと話を聞いてみたかったが水無瀬さんが時計を確認して言ってきた。
「さ~て、まだ時間はあるしドンドン働いてもらおうか! 私は店長に謝ってから行くよ!」
時間管理もできるのか!? あれだけのクレームを対応してまだ、意気軒昂に働こうとするとは。鬼だ。この人。
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