第137話 黄金気を修得した新米領主の私は現実世界のバイト先でクレームを起こしてしまいしょんぼりしています
私は思考しない頭を叱咤しなんとか謝罪の言葉を振り絞った。
「この度は誠にもうしわぇけありませんでぇした」
噛んだ。
慣れないシチュエーションで慣れてない言葉を使ったものだからもろ噛みしてしまった。それがさらに男の神経を逆撫でしたのだろう。
「なんだ、その言い草! お前、オレを馬鹿にしてるだろう!!」
持っていた乾電池のレジ袋を地面に叩きつけ、なおもも男の怒りは収まらない。
なんなんだ!? この男? 普通、チラシを渡そうとしたぐらいでここまでキレるか!? これがウワサに聞くクレーマーなのか!?
私は現実世界で赤の他人にここまで強い感情を叩きつけられたのはさすがに初めてだ。そのせいでどう行動したらいいのか分からない。頭が回転せず反論が浮かんでこないのだけは、はっきり分かった。
男は小柄なくせによく通る声を持っており、周囲に騒ぎが起きていること伝播されていく。
とうとう堪らず、量販店から店長と思われる責任者が出てきた。私がお客の立場ならやっと出てきたよと高みの見物を決め込むが今回は当事者だ。お客様に敷地をお借りして営業をさせてもらっているのにクレームを起こしてしまった。これはかなりまずい事態なんじゃないのか!?
私が暗鬱な気分でてんぱっていると水無瀬さんが私の前に割って入ってきた。
「お客様、お怪我はありませんか? この度は当社のスタッフが大変、無礼な行動を働き誠に申し訳ありませんでした。立ち話でお話をお聞きするのも失礼かと思いますので、どうかあちらでお話を聞かせて頂きませんか?」
チラシを渡しただけでキレて、自分で電池を地面に叩きつけただけなのに怪我もクソもないだろうと思うが仲裁は本当にありがたい。
そして、クレーマーの視線がバックヤードに向いた一瞬の隙を見て、水無瀬さんはポケットに手を突っ込み、携帯を取り出し後ろ手で合図をした。なんの合図だ?
「店長、申し訳ありません。接客室をお借りします」
水無瀬さんは合図の説明もせず傍観していた量販店の店長に断りを入れ、私達をバックヤードに案内する。
「春日井。君もついてきて。3人で話をしようか」
◇◆◇
水無瀬さんが先導し、バックヤードに入ると廊下の右手にある一番最初にある部屋に通された。
どうやら、大口の顧客や新婚の顧客など超優良顧客とじっくり話をするための部屋のようだ。ソファーも非常にいいものを使っている。
私はクレーマが室内に入ったのを見届け、奴から私が死角になっているのを確認してから携帯をのぞいた。やはり、水無瀬さんからメッセージが届いている。
『なにを言われても反論せずに、謝りたおしてね。by水無瀬』
マジですか!? 水無瀬さん! 悪いのはあいつですよ。
「どうぞおかけ下さい」
水無瀬さんがそう促すと横柄な態度でドスンと座りこむ。座り方一つを取っても粗雑な客だ。
そうしてクレーマーがソファーに腰掛けたのを確認すると水無瀬さんは立ったまま話を切り出した。
「お客様、この度は誠に申し訳ありませんでした。私、今回、粗相をした春日井の上司にあたる水無瀬由香里と申します」
ポケットから名刺を取り出し渡す。クレーマーは右手をポケットに入れたまま、もう左手でそれを受取りポイっとテーブルの上に置いた。
水無瀬さんはそんな態度に動じることもなくどんどん話を進めていく。
「誠に申し訳ありません。私、現場に立ち会っておりませんでしたので、よろしければもう一度どういった状況だったかをご説明願いませんでしょうか?」
そう水無瀬さんが立ったまま手をお腹の前で組み、神妙な態度でお願いするとしぶしぶと言った風に男がしゃべり始めた。
「この女が店に入った時、金持ってねぇ~なって顔をしながらオレに太陽光パネルのチラシを渡そうとしたんだ」
おいっ! 初対面の女の金持ってねえなって顔ってどんなだよ!
「オレが断ったら露骨にそれが顔に出たんだよな。なんで店に買い物に来た客のオレが不愉快な思いをしなくちゃならないんだよ。まあ、無視して店内に入ったんだよ。それで、オレが買い物を済ませて店を出ようとしたら、また、この女が金持ってねえ~な顔をしやがって、けどノルマだから仕方ね~声かけるかって顔をしやがって、あげくオレが手で断るしぐざをしたのに声かけてきたんだ。んで、さらにその後、舌打ちまでしやがったから頭にきてでかい声を出しちまったんだ。一回断った客に二回も声をかけるか? 普通かけねえだろう。プロならかけねえよな~! こいつどうせオレが断ると見込んでゲーム感覚でチラシ渡してきたんだよ。その性根が頭にくんだよ!」
自分の発言でさらに怒りをヒートアップさせているのだろう。訳がわからない男だ。それにいちいちリアクションがでかい。誰がチラシを受取ってくれなくて舌打ちなんかするかよ。
全部お前の被害妄想だろう。
頭にきて自分の感情を全てぶちまけてやりたい気分だが今の私はアルバイトといえど社員なのだ。社員の分際でお客様を説教することなどできない。それに水無瀬さんからのメッセージの件もある。100対0で私が悪いということにしてこの場を収める気だ。口惜しいがそれしか手は無い。いや、今の私のレベルでは私の言い分も通して客を黙らせるなんて高度なことはできないのだ。
「そうでしたか、本当に申し訳ありませんでした。全て春日井のミスです。誠に申し訳ありません。本来であればお客様には受けとらない権利もある。受取る受取らないはあくまでもお客様がお決めになること。それなのにゴリ押してお渡してしまい、さらに不愉快な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした。実は春日井は本日、入社したばかりの新入社員なのです。もちろんそんなことは理由にならないのですが何卒、お許し願いませんでしょうか。今回、このような事件を起こしたのは全て私の指導不足、教育不足です。今後は今回の事例を春日井だけでなく全社員に指導し2度とこのようなことは起こしませんので何卒、何卒、お許しねがいませんでしょうか!」
水無瀬さんは完璧な謝罪文句を謳い最後に90度の姿勢で謝った。
「春日井、あなたからももう1度、謝罪なさい」
やはり、こうくるよな。私は釈然としない気分ではあったがそれを顔に出す程、愚かでもない。
なにより私のミスで水無瀬さんの手をここまで患らせているのだ。ここは一発で決めねば申し訳が立たない。
そう思って水無瀬さんに倣い神妙な顔で90度の姿勢で謝った。
「まあ、そこまで丁寧に謝られたらもう、済んだことだし水に流すよ」
ようやくクレーマーが折れた。良かった。やっと終わった。
「おい、姉ちゃん! 2度とすんなよ」
しかし、最後にクレーマが私に向かって威嚇してくる。誰がお前みたいなめんどい奴に渡すかよ。
「あっ、お客様、これは少ないですが落とされてしまった電池の代です。もし、よろしければ受けってくださいませんか?」
そんな様子を見たのだろうか水無瀬さんがポケットから封筒を出す。たぶん500円分のクーポン券みないなものだろう。残心も忘れないとはなんてできた責任者だ。
「どうぞ、外までお見送りいたします、春日井はここで待機ね」
そう言い残すと水無瀬さんとクレーマーは接客室から出て行った。
読んで頂きありがとうございました。明日の投稿時間は未定ですがなるべく早めに投稿できるようにがんばります。
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