第115話 心にバグを抱えたとあるNPCの内的葛藤
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目の前でウェストファリアが何かを言ってる。この子はいつも口やかましい。けど、それが可愛くもあり、彼女の言ってることはいつも概ね正しいので早くしないと…えっと、何をするんでしたっけ? また訓練着を汚したことかしら!? それともドレスに帯剣している件かしら!? あれ? けど、この件は大激論の末、14歳の時わたくしが勝利をもぎとったような……………
えっと、わたくしはどうなったのでしたっけ!? 確か、ソードパープルヒュドラを倒して、報酬がゼロで真澄様と渚様とそのことを笑い会って、そこで渚様と分かれて、真澄様と……
あれ!? この先を考えることができない。何も思い出すことができない……
あれ!? この仮面をかぶった男、どこかで…そうだ、第1大陸のホテルで私が真澄様と口論してるときに乱入してきて…あれ?? さっきもそれを考えていたような…
あら、今度は真澄様か、ずいぶん真剣な顔をしてなにかをおっしゃってる…えっと、二度目ですのでなんとなく分かりますわ。これは多分、第一大陸などでかかる風土病か大規模な幻術ですわね。特定の思考を行うと思考がループするような…自力で治療するのは不可能ですわね。けれど、わたくしはこのまま眠っていていいのかしら…………
うっ、この吐き気をもよおす力は【冥力】。しかもこの固有の波動は我が宿敵冥竜王ディベースのもの。ということはもしかして、ディベースの幻術なのかしら。そんな能力も持っていたなんて、ショウ様調伏なんて行わず、完全に倒してしまえばいいものを。
病気ならともかく、幻術なら自力で破れるかもしれない。やってみよう。幻術を自力で破るにはまずは論理的思考で頭の回転を確かなものにして、これが幻術だと認識すること。そして、離れてしまった思考と身体のコントロールをもういちど結びつける。幻術の解除なんてできるかしら、けれどやらないと…何のために? それを思い出すためによ。【剣気】のコントロールに似てるわね。【剣気】のコントロール、誰にならった。もちろん、お師様。剣王グロス様。ちゃんと思い出せるじゃない。一度、子供頃から思い出して足場を固めた方がいいかしら。
物心ついた時から疑問だった。自分は何のために生きているのか? だからその疑問を解消すべく勉強をした。幸い私の国にはたくさんの本があった。私の疑問は晴れることこそ無かったがそれでも様々なことを知ることができた。ただ、そのせいでもっと分からないことがたくさん出てきた。
5歳の頃、初めて城から独り抜け出して一番近くの村に遊びに行った。当時は城の警備なんてザルだと思っていたが後で思い返せばあれもわざとだったのだろう。夕方になるとリトフスクがいつも迎えにきてくれた。
6歳の頃、村でいつも遊んでくれるお姉さんが【人柱の儀】に選ばれた。私のような子供と遊ぶのは退屈だったはずなのにその様子をおくびにも出さない優しいお姉さんだった。彼女とて成人に達していない小娘、王の身内であるわたくしに嫌味の一つもたたきつけてもおかしくないはずなのに別れの瞬間まで凛々しくあった。後で聞いたがウェストファリアの実姉だったらしい。二重の意味で罪深い。迎えにきたリトフスクにこの国は間違っていると剣を抜いて抗議したら叩きのめされた。
その頃から苦しくて苦しくて必死になって剣技を磨いた。国民に生贄を強要する国が憎くてさらに剣技を磨いた。
それから10年、終に悲願の剣王の称号を得た。最高のパーティーを組織し冥竜王に挑んだ。
敗北した。わたくしはなんとか生還したがエクシード十剣は3人死にガンバルベエは左足を失った。
絶望し、自分で人柱になると決めた。父と母はたいそう悲しんだ。だが、国民に生贄を強要してよいのか。悲しいならもっと強くなるための国策を取ってくれと遺書に書いてウェストファリアに託した。
いよいよ【人柱の儀】が終わり、後は冥竜王に食べら死ぬだけ。わたくしの命もあと数分か…走馬灯も無事見終わり、この死ぬまでの最後の数分、何について考えようか考えていた。浮かんだのは物心ついた時から共にあったあの疑問だった。自分は何のために生きているのか? 死ぬまでには答えを出せるだろうと子供の頃には思っていたが結局、死ぬ間際になっても答えは出せなかった。
その時だった。森の奥から黒衣、黒色マントをまとった一人の青年が現れた。すぐに、冥竜王撃退に赴いた力試しの剣士だと分かった。わたくしが警告を与え、なんとか追い返そうと考えているとすぐに戦闘が始まってしまった。見たこともない剣技、圧倒的な魔法、S級カードの使役。冥竜王は敗れ、あろうことかさらにそれを調伏させてしまった。
冥竜王は撃退され生きる目標が無くなってしまった。唯一の救いは次にあった時、外の世界を見せてくれるとショウ様が約束してくれたことだ。それもあって自然と書物に手が伸びた。死ぬ間際までには出せるだろうと思ったあの疑問の答えを次こそ見つけるのだ。
ついにショウ様が来た。フレディックの明るい声が聞こえる。妙な女の従者を連れているのが気に喰わないがまあいい。
従者ではなく、主?友人?ともかく、ショウ様にとってとても大切な人らしい。彼女を守るのが私の役目だそうだ。ならば命を懸けて守ろう、わたくしはショウ様にこの命を拾ってもらったのだから。
お師様が邪魔をした。この国のことを考えるのは分かるが今やわたくしのたった一つの生きる目標なのだ。見逃してほしい。
自分の本気を見せれば、お師様も引いてくれかと思い挑むが全く引いてくれない。それにしても、この従者、すごい実力だ。それだけじゃない存在がキラキラしている。真澄様と言ったか。これが外の世界の住人なのか。けど、まだ磨けていない。もったいない。
えっ、この短期間で必殺技までモノにしたの!?
すごいすごい。彼女はどこまで行けるのだろう。一緒に見てみたい。彼女と外の世界に行ってみたい。彼女と一緒なら子供の頃から考えていたあの疑問が解決するような予感がある。
私の三段斬り改が弾かれる。まずい、お師様の廻怪天転だ。真澄様逃げて!
いや、弾かれたのはカニシカとフレディック、リトフスクの三段斬り改だ。そんな出来の悪い三段斬り改では当然だ。案の定、仮面の男に皆、一撃でやられている。
廻怪天転を使っているのはヴォルテールだ。しかし、それも仮面の男に潰されている。当然だ、あの仮面の男はたぶん冥竜王より強い。えっ、襲われているのは真澄様!? もう、真澄様を守る人間がいない。
誰か助けて!!!
いや、何を言っているの!? 真澄様を守るのはわたくしの役目。わたくしは真澄様と外の世界へ行くのだ!
行って今度こそ答えを掴むのだ。
苦しい時こそ、声を出せ!自分の意思を世界に示せ!!そうすれば世界が応えてくれるはず!!!
わたくしは思いっきり息を吸い、叫んだ。
「真澄様は殺らせない!!!」
読んで頂きありがとうございました。めづらしく普段の倍ぐらい書きました。ここで二つに切って明日投稿分をストックしておこうかと思いましたがちょっと展開が遅いかななんて思いまして。やはり、回想は筆がビュンビュン進みますね。今回の回想を書いてると少し古いですが幽遊白書の飛影の回想を思い出しました。あの淡々しつつ情報量溢れ、心境の変化も入っててなおかつ簡潔な回想は初めて読んだ時ひどく心を打たれたのを今でも覚えています。あとはEVAの第21話ネルフ誕生も何度も見返した回想回です。(基本EVAはどの回も何十回と見返しているが・・・)やはり回想回はいいですね。
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