召喚
周りには白い制服を身に着けた生徒たちがたくさんいる。グランクレイク学園の第二学年だ。いたるところで騒めきや喚声が起こっている。
今日は生徒たちが待ちわびた《召喚契約》の日なのだ。
各学年一度ずつしか行われず、学園にいる間、三度しか行われない。
今日はそのうちの二回目。既に大半の生徒が契約を終えている。召喚された精霊は植物のようなもの、動物よく似たもの、あるいは、実体をを持たない光のような姿のもの。様々だ。
次々と現れる精霊をエストは眺めている。
「次は『熱風』のウェルカだ!」
どこかでそう声が上がった直後、おおっとどよめきを起こした生徒たちは、魔法書を片手に詠唱している少女に見入った。
なぜ皆がこんなに反応するのか。
それは前回の《召喚契約》の時、ウェルカが召喚した精霊は、学年で唯一の竜精霊だったからだ。そしてそれが火属性だったため『熱風』という二つ名が付いた。
「今回はなにを喚ぶんだ?」「人型とかか!?」「スゲーやつだろ!」
そんな期待の声が集団から聞こえてきた。
次第にウェルカの詠唱も終わり、一気に緊張が高まる。少しすると彼女の前方に魔方陣が広がって、ぱぁっと眩しい光を放った。
徐々に落ち着いてきた光の中にいたのは竜―—といっても彼女が既に契約しているような大型ではなく、手のひらに乗るくらいの小さいものだ。
静まり返っていた辺りからはすぐに喚声が沸いた。
「また竜だぞ‼」「まぐれじゃないんだな」「スゲー!」
生徒たちが称賛する中、ウェルカの傍に担当であったマリアルが歩み寄って、声をかけた。
「お見事だな」
「ありがとうございます」
ほんの少し頭を下げ、ウェルカは静かに言った。
「おめでとうとは言っておくが……契約はやめておいた方がいいだろう。いくら小さいとはいえ、今のお前に二体の竜精霊は負担が大きいだろう」
マリアルは宙に浮かぶ小さな竜を横目に、ウェルカにそう告げた。すると表情一つ変えず、
「わかりました」
と承諾し、竜に向き直った。ウェルカが指先で軽く触れると帰るべき場所を見つけたかのように、小さな羽を懸命に動かして飛び去って行った。そしてウェルカは生徒たちの中に消えるように戻っていった。
次はエストの番……なのだが、一斉に笑いが起こった。
原因は前回の《召喚契約》だ。皆が召喚、契約していく中ただ一人、最下位精霊さえ喚ぶことができず、失敗に終わった。
「おーい。今回はどんな召喚してくれるんだ? また失敗?」
「っ……、ちゃんと成功させるよ!」
そう言い返すと、再び笑いが起きた。
も~、と息を洩らしたエストは笑いを無視し、召喚の詠唱に入った。
◇ ◆ ◇ ◆
「っっ、くぁ~……」
とある部屋の中、目が覚めたカナタは大きく伸びをしてゆっくりと目を開けた。
そこには白い壁紙の天井にLEDの電気——なんてものはなく、ただの木の天井だった。
夢じゃない。ここは別の場所だ。寝てれば戻るなんてことはなかった。
——とりあえず落ち着いて
「つか今何時だよ! 早く帰んねーと遅刻しちまう‼」
思い出して叫んだ。
立ち上がった時にカナタは机の上にある一枚の紙切れを見つけた。置手紙のようだ。
カナタは手に取って確認したが、
「なんだこの字? 汚ねー……つーか日本語じゃねぇ」
書いてあったのは日本語とは字体がほど遠い。まるで《角》の無い、単なる《曲線》だ。
「けど、読める……」
読んだこともない、もちろん見たことすらない字だが、不思議と内容が理解できた。
『部屋から出るときには気を付けるようにしてください。ここは男子禁制の女子フロアだから、大声を出すと見つかるかも。もし見つかっちゃたら大変なことになっちゃうかもね♡』
一通り目を通したカナタは思わず驚きを叫びそうになったが、喉で押し殺し、耐えた。
………………。どーしよ。
迂闊に外に出ると見つかる可能性があるし、かといってここにいても時間の問題だし。
む~、とカナタは迷いながら考えた。
しばらく考えていると、ふとあるものに気が付いた。
正面数メートル先にとてもおかしな——というより不思議なものが浮いている。そう。俗にいう魔方陣というものがくるくると回っているのだ。
「え~と?」
困惑気味に呟いて見つめたが、それはただ回っているだけで何かが起きるような気配はない。
「もしかしたら……」
戻れるかもしれないというような念を抱いたカナタはそっと指を伸ばし、触れてみた。その瞬間、引き込まれていく。
「うわっ!?」
戻すことは出来ず、手、腕、肩、終いには身体までもが魔方陣に呑み込まれていく。
「うああああぁぁぁぁぁぁ‼」
他人の失敗はあんまり笑わない方がいいかもしれませんね(笑)