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魔法使いの子どもたち

 この話はドラクレスティの一族最終章で、ミナとアンジェロがインドと日本に行っている間に、孤児院で起きている事件について書きました。


院長先生いんちょーせんせー=アンジェロ

奥さん=ミナ



「たいへんたいへーん! 大変なんだ!」


 沈みかけた夕日が、その建物をオレンジ色に染め上げている。ゴシックな調度品が揃えられ、ボルドーの絨毯が敷かれた、VIPも訪れるような別荘。そこには似つかわしくない少年の叫び声。

 喚きながら走ってくる7歳のジョニーに、15歳のリヴィオが顔を上げた。


「どうしたの?」

「リヴィオ! 大変なんだ! いんちょーせんせーはまだ帰ってきてないの!?」

「まだだね」


 この時院長先生と奥さんはインドと日本に行くと言って、数日外出していて、まだ戻ってきていなかった。


「じゃぁ、ジョヴァンニ先生は!?」

「さっき買い物に行くって言ってたけど……アリス先生ならいるよ」

「アリス先生じゃダメなんだよーっ!」


 目の見えないリヴィオには、ジョニーの表情はわからない。だが、声からひどく焦燥しているというのはわかった。


「なにかあったの?」

「マチルダが……」


 マチルダも7歳で、ジョニーと同じクラスに通っている。マチルダもジョニーも普通の人間なので、普通クラスだ。

 ジョニーは涙声になりながら、マチルダの名前を呼んで、続けた。


「マチルダが、誘拐されちゃったんだー!」


 ジョニーが叫ぶのを聞いて、リヴィオは慌てて起き上がって、この孤児院で生活している能力者全員に連絡した。


(みんな集まって。マチルダが攫われた)


 テレパシーが超能力者全員に伝わると、帰宅していた子どもたちが大慌てでリビングに降りてきた。

 あらかた集まったのを感じ取って、リヴィオがジョニーに尋ねた。


「その時の状況を話せる?」

「うん。今はいんちょーせんせーがいないから、マチルダと二人で、内緒でアイスクリームを食べに行こうとしてたんだ」

「え! ちょっとアンタ達、子どもだけで歩いちゃダメって、あれほど……」

「ごめん、クラリス。今はジョニーの話を聞こう」


 ついつい17歳のお姉さんであるクラリスが口を挟んでしまったが、リヴィオに諌められて口をつぐんだので、ジョニーに続きを促した。


「それで、公園の前にアイス屋さんの屋台が出てて、僕たち二人でアイスを頼んだ。僕はバニラで、マチルダは欲張ってストロベリーとチョコミントの二段の奴。だから僕の方が早く出来たから、僕は先に公園のベンチの所に座ってた。僕はアイスを舐めながらマチルダをぼーっと見てたんだ。やっとマチルダのアイスが出来て、マチルダが2段アイスが崩れないように、ゆっくり僕の方に歩いてきてた。だけど……」


 ジョニーが言葉に詰まって、涙目になる。ジョニーもきっと怖かったんだろう。それを察した16歳のジンジャーが背中を撫でる。それで少し落ち着いたのか、声を震わせながらジョニーが続けた。


「公園の外に、すごい勢いで黒い車が停まって、黒い服を着た人が2人降りてきて、マチルダを……」


 そこまで言い終わると、ジョニーは泣き出してしまって、ジンジャーが優しく抱きしめる腕の中でわんわん泣きはじめた。


「僕、怖くて、全然動けなくて。マチルダは助けてって言ったのに、僕なにも……出来なかった!」

「大丈夫よ! あたし達に任せなさい! マチルダは絶対助けるから!」


 クラリスがそう啖呵を切って言うと、子ども達みんなで、しっかりと頷いた。 



 11歳のイアンがタブレットを部屋から持ってきた。映し出されるのはアメリカの地図だ。イアンがタッチペンを構え、地図を動かしている。


「移動してるみたいだよ。66号線を通ってる。まだ遠くには行ってない」


 16歳のカストが地図を覗き込む。


「ワシントンDCが国内でも最悪の交通状況って、知らないのかな」

「イアンのダウジングがあれば、どこに行っても逃げられないけどね。変な所に連れて行かれる前に、マチルダを取り戻そう」

「わかった!」


 リヴィオの提案に子どもたちはすっくと立ち上がる。


「僕がテレパシーを中継するから、逐一状況を報告してね。あと、くれぐれも高速道路を壊さないようにね」


 リヴィオはテレパシーの同時中継や広域通信が可能なのだ。念を押す様にそう言うと、クラリスが「任せて!」と元気よく言って、14歳のダンテに掴まると、子どもたちはその場からパッと姿を消した。


「クラリスはああ言ってたけど、彼女が一番心配なんだよね。また暴走しないといいけど」

 

 肩をすくめるリヴィオを見て、ジョニーが苦笑した。



 ダンテの瞬間移動で、高速道路の柱の上にやってきた子どもたち。赤い鉄骨のてっぺんで、イアンが渋滞する車を見て、「あそこ!」と指差す。それはジョニーの言っていた通り黒いバンだった。


「カスト、見える?」

「うん。マチルダが乗ってる。後ろのトランクに寝かされてるよ!」


 16歳のカストの透視によると、マチルダはその車に乗っていて、怪我などもない様子だった。動かないので、恐らく眠らされているのだろう。


 渋滞は長く続いていて、恐らく数時間は解消されない。今ここでマチルダを助けるために、どうすべきか。

 報告を受けたリヴィオが考えて、15歳のフローラに尋ねた。


(フローラ、怖いかもしれないけど、マチルダを外に引っ張り出せる?)

(うん! 頑張る!)

(念の為、クラリスも付いて行って、フローラとマチルダを守ってあげて)

(わかった!)


 クラリスがフローラをお姫様抱っこして、50メートル下の高速道路まで飛び降りた。クラリスとフローラは渋滞する車の間を縫って、イアンが指差した車へと向かう。そして、黒いバンの後ろに辿り着いた。

 バックミラーに映らないように、二人とも頭を低くする。そしてフローラが恐る恐る車に顔を近づける。すると、鼻先からすぅーっと車を通りぬけた。


 顔を少しだけ車に突っ込んで、フローラは様子を警戒する。トランクにはマチルダが寝かされていて、後部座席と運転席の方に人が乗っている。渋滞でイライラしているのか、低い声で悪態をついていて、フローラには少し怖い。


 だけど、フローラは頑張ると言ったから、勇気を出した。上半身までぐいっと車の中に入れて、なるべく音を立てないように、マチルダをお姫様抱っこする。


(いいよ! クラリス引っ張って!)

 

 フローラの合図で、クラリスがその怪力でフローラの腰を引っ張ると、マチルダも一緒に透過して出てきた。

 

 マチルダを助け出せたことに、二人は満面の笑顔で頷く。すぐにダンテが瞬間移動で迎えに来て、マチルダをアリスに見てもらうと言って、別荘に連れて帰った。


 だけど、クラリス、ジンジャー、ミカエラ、ジャンヌ、ジェイクはこの場に残った。それに気付いたリヴィオがテレパシーを送る。


(ねぇ……まさかと思うけど……)

(だって、なんで誘拐したのかはっきりさせなきゃ、また来るかもしれないじゃん)

(そうだけど)

(それに誘拐なんて卑怯臭い真似、俺は許せないね!)


 リヴィオはやれやれと溜息を吐く。


(もう……院長先生に怒られても、知らないからね?)


 闘志に燃える子どもたちは、このリヴィオの重大な忠告を、既に聞いていなかった。


     

 高速道路に残った、クラリス、ジンジャー、ミカエラ、ジャンヌ、ジェイクの5人は、黒いバンに向かって歩き出す。バンの中からは怒声が響いている。どうやらマチルダが消えた事に気付いて、騒ぎになっているようだ。

 少しドヤ顔をしながら車の前に回った。車の前に5人の少年少女が並んでいることに気付いて、犯人の男達は怪訝そうにしている。それにニヤリと笑い返したジンジャーが、車のボンネットにぺたりと手を着いた。


 すると、ジンジャーが手を着いた場所から白い霜が車に広がっていく。気温差で蒸気を上げながら、黒い車を白く染め、車がパキパキと音を立てながら氷結していく。

 車の中からは何が起きているのかわからないのか、男達はドアを開けようとするが、凍っていて開けることが出来ない。


 車全体を凍らせたジンジャーが離れると、今度は13歳のジャンヌが右手を車に向けた。ジャンヌの手の動きに合わせて車がゆっくりと上昇していく。

 その事に気付いて恐慌状態に陥った男達が銃を向けたが、14歳のミカエラが両手を上げると、男達は手を開いて両手を上げた。男達は何故自分がそんな行動をとったのか、理解できないようで困惑している。

 ジャンヌが地面から5m程車を持ち上げたところで、サイコキネシスを切った。すると、車は重力に引っ張られて、その場にガシャンと落ちた。凍らされていた車は花瓶が割れるように、粉々に砕け散ってしまった。


 中からは3人の男達が出てきた。すかさずジャンヌがサイコキネシスを使って、氷の欠片が溶け始めた地面に、男達を押し付けて動きを封じる。

 そして、男達の前にミカエラがかがんだ。


「どうしてマチルダを誘拐したのか、その理由を言って」

「俺達は頼まれたんだ」


 ミカエラの質問に、男は素直に返答した。その事に最も驚いていたのは、その男本人だ。相手が子どもだろうが大統領だろうが、話す気などない。なのに勝手に口が動いて、マチルダの質問に答えてしまう。


「誰に頼まれたか話して」

「……」


 男は口をつぐんで話さない。ミカエラの尋問が効かないという事は、依頼主の正体を知らないという事だ。


「なんて頼まれたのか話して」

「長い黒髪の、女のガキを誘拐しろと頼まれた」


 それを聞いて子どもたちはピンときた。何故マチルダを誘拐したのかわからなかったのだ。マチルダは普通の人間だから攫いやすかったのかとも思ったが、状況を聞く限り、ずっと見張っていたのは明白だった。つまり最初からマチルダが狙われていた。

 だが、マチルダが狙われた理由が分からなかった。マチルダは普通の子どもだし、家族は全員亡くなっていて、遺産もない。院長先生の資産狙いなら、マチルダよりも誘拐しやすい子どもはいる。


 でも、これで理由がはっきりした。男達はターゲットを間違えたのだ。本当に狙われていた、長い黒髪の少女は、奥さんだ。奥さんは東洋人だし小柄で童顔なので、幼く見える。院長先生と同い年なのに、見た目が15歳前後にしか見えないので、よく子どもに間違えられているのだ。

 マチルダの長い黒髪という特徴が一致していたため勘違いされて、しかも奥さんが不在だったので、とばっちりでマチルダが誘拐されたのだ。


 納得しつつもミカエラは質問を重ねた。


「黒髪の女を誘拐する目的を話して」

「……」

「依頼人の連絡先を話して」

「……」


 随分慎重な依頼人だ。誘拐犯たちは本当に何も知らされていないようだ。


「引き渡し場所と時間を教えて」

「国際貿易センターホテル5021号室で20時」

「遅刻してるじゃん」


 アメリカ国内最悪の交通状況、一日平均6時間は渋滞につかまると言われるワシントンDCだ。計画的に行動できなければ、遅刻も無理はない。

 必要な情報を聞き出したミカエラが立ち、子どもたちで相談を始める。


「コイツらどーしよっか?」

「警察に突き出す?」

「でも私達の事がバレたら困るよ。院長先生に怒られちゃう」


 院長先生に怒られる時の事を想像して、子どもたちはブルリと体を震わせる。あーでもない、こーでもないと議論した末、もう一度ミカエラが男達を操った。


「このまま66号線をずーっと歩いて行って。ただひたすら」


 言われるがまま、男達は高速道路を歩き出した。66号線が終われば命令は消えるが、その頃には疲れ切って動く事も出来ないだろう。

 そして今後の事を子どもたちは相談し合う。もう帰る? それとも引き渡し場所に乗り込む?

 当然の様にでしゃばってくるクラリス。


「その依頼人をどーにかしない限り、また同じ事が起きるじゃん! 依頼人をやっつけるよ!」


 やめておけばいいのに、子どもたちは意気軒昂して、ダンテを呼んで瞬間移動で、国際貿易センターホテルへ向かった。



 国際貿易センターホテルへやって来たと聞いて、リヴィオは溜息を吐く。


(いや……来たじゃなくてさ。逐一状況を報告してって言ってるじゃん。せめて相談位してよ?)

(大丈夫! 天才型のミカエラがいるから、作戦にも抜かりはないよ!)

(クラリス……そう言う問題じゃないよ? 院長先生は今夜帰ってくるんだよ? ジョヴァンニ先生はもう帰ってきてるし、院長先生が戻る前に解決しなきゃ、言い訳できないよ?)

(さっさと済ませればいいんでしょ!)

(だからそう言う問題じゃ……)


 言いながらリヴィオが頭を抱えるのを、先に戻った子どもたちが気の毒そうに見ている。クラリスは熱血脳筋タイプなので、こうと思ったら突っ走ってしまうのだ。

 きっと止めても無駄だ。付き合いが長いので、彼女たちの性格はよくわかっている。みんな友達をとっても大事にしているし、超能力者なので、普通の人間には負けない自信があるのだ。無駄に。


(わかったよ。院長先生が先に帰ってきたら、僕がなんとか言い訳しておくから。くれぐれも怪我をしないようにね)

(ありがとう! 大丈夫よ!)


 君の怪我の心配はしていないと思いながら、リヴィオはふかぁーい溜息を吐いた。



 リヴィオが今頃溜息を吐いているであろうことは想像できたが、ダンテは直接引き渡し場所の部屋へと転移していた。

 引き渡し場所には高価なスーツを着て、キッチリと髪型をセットされた男達が5人いた。男達は少年少女に気付くと驚いていたが、その内の一人、グレーのスーツを着てオールバックにした男が笑った。


「バカに仕事を依頼して失敗したと思っていたが、予想外の餌が釣れたな」


 そう言うと男は手近にあるフォルダーファイルから資料を取り出して、子どもたちの顔を見ながらめくっていく。


「クラリス17歳、ウェアウルフ。ジンジャー16歳、フリーザー。ダンテ14歳、ジャンパー。ミカエラ14歳、パペットマスター。ジャンヌ13歳、サイコキネシス。ジェイク9歳、ヒーラー」


 目を丸くする子どもたちに、グレースーツの男は「合ってる?」と両手を広げて、テーブルに資料を放り投げる。

 クラリス達の事が全部調べ上げてある。勿論、彼女たちは学校の超能力者コースに通っているし、隠しているわけではない。

 だけど、公表しているわけでもない。基本的に学校と孤児院以外での能力の使用は禁止されているし、孤児院も学校も高い塀に囲まれていて、外部の人間に細かい情報が流れているのはおかしい。

 警戒を強める子どもたちに笑って、グレースーツの男は笑って手を組み、足を組み替える。


「君たちの施設を出た先輩たちの才能は異常だ。そして君たちも、院長先生も、そのお友達もね。孤児院「魔法使いの家」は、特別な人間を集めている。我々の業界では、結構有名な話だ。院長先生は、一体何を企んでいるんだろうね」


 確かにそう言う噂が立っていることは耳にしている。孤児院の子どもの中には、親が子どもの超能力を気味悪がって預けた子どももいるからだ。きっとどこかでその噂を耳にしたんだろう。

 しかし、院長先生は意図的に集めているわけじゃない。ただ、自分達を助けてくれただけだ。地獄から逃がしてくれて、温かいご飯と暖かい家を与えてくれた。

 院長先生は怒るととても怖いけど、普段はとっても優しいし、頼りがいがあって大好きだ。大好きな院長先生に妙な疑いをかけられるのは、我慢ならなかった。

 ジンジャーがグレースーツの男を睨みながら言い返した。


「何か勘違いしているようだけど、ウチの孤児院は研究施設じゃない。ただの孤児院よ」

「本当かなぁ? 君たちが気付かない間に、データを取られているかもよ?」

「データを取る為のマイクロチップを摘出してくれたのは、院長先生よ。院長先生には、私達のデータなんか必要ないの」

「ほぉう……」


 グレースーツの男は面白そうに、顎を撫でながらジンジャーを見ている。

 ジンジャーの隣にミカエラが立って、男に尋ねた。


「我々の業界って言ったよね。あなた何者なの? なんで奥さんを狙ったの?」

「我々は「アガルティア」。私はネイサン・ローランド。ミナ・ジェズアルドは人間であることが疑わしいほど、素晴らしい素材。是非手に入れたい」


 ミカエラに操られたグレースーツの男、ネイサンは笑顔を崩して悔しそうにミカエラを見ている。操れたという事は、ネイサンは普通の人間だ。

 ネイサンが操られたことに気付いた他の男達が銃を構えようとしたが、ジャンヌがサイコキネシスで銃を弾き飛ばし、男達を壁に貼り付けて吊り下げた。

 サイコキネシスによって身動きの取れなくなった男達を横目で見て、ミカエラは尋問を続けた。


「奥さんを手に入れて、何をするつもり?」

「薬漬けにして、我々の理想の為に働いてもらう。彼女の力があれば、国を滅ぼすことだってできる」


 なるほど、国家転覆を狙うテロリストのようだ。

 この国に来て10年経って、いろんなものを見て、いろんなことを知った。人間の友達だって出来たし、学校は楽しい。

 この国が好きだ。この街と、この街に住む人が好きだ。それを壊そうとするなんて許せない。しかも奥さんを利用して。


 大好きな院長先生を侮辱した。院長先生の大切な奥さんを利用しようとする。愛するこの街を壊そうとする。


 許せない。そんなことは、絶対にさせない。


 怒りに燃えたクラリスが、椅子に座ったままのネイサンを殴り飛ばす。肋骨が折れるような嫌な音と共に、ネイサンが吹き飛ばされ、壁に衝突してうめき声を上げた。だがネイサンは銃を取り出して発砲した。

 ネイサンが撃った弾は誰にも当たらなかったが、ジャンヌが銃声に驚いてサイコキネシスを解除してしまった。床に落ちて自由になった男達が再び銃を構える。

 慌ててソファの影に飛び込んだが、逃げ遅れたミカエラの足に弾が当たり、倒れこんだ。


「ミカエラ!」

「ジェイク早く!」


 ジャンヌがサイコキネシスを使って、ミカエラをソファの影に引き込んだ。ジェイクが足に両手をかざすと、ふわりと柔らかな光が灯る。その光に照らされる銃創は、血が止まって傷が小さくなり、中から肉が盛り上がって、銃弾が押し出された。

 

「うおぉぉぉぉ!」


 ミカエラの怪我が治ったことに、ジンジャーたちはほっと胸をなでおろしたが、クラリスが咆哮を上げた。ミカエラが撃たれた事で怒りが頂点に達したクラリスは、咆哮を上げながら巨大化していく。

 身長165センチが180センチに、220センチに、280センチに。天井すれすれまで巨大化したクラリスの体は、真っ白い毛に覆われ、その顔は狼の顔をしていた。それを見てネイサン達は恐れおののき、子どもたちは顔面蒼白になって慌てだした。


「ヤバい! クラリスが暴走モード入った!」

「ダンテ、ジョヴァンニ先生連れて来て!」

「わかった!」


 クラリスは暴走モード、もとい狼人間になると、自我を失って、動く物は全て破壊してしまうのだ。その暴走を止めることが出来るのは、ジョヴァンニ先生と院長先生、奥さんだけだ。


 ダンテがジョヴァンニ先生を迎えに行っている間も、クラリスは暴走していた。ネイサンや男達を、全力の怪力で殴り飛ばし、蹴り飛ばしている。その度に嫌な音が鳴り響き、周囲に血をまき散らし、呻き声が上がる。

 泣きそうな声でジンジャーがクラリスに叫んだ。


「クラリスやめて! 殺しちゃダメよ! 私達はもう、兵器じゃないのよ!」


 ジンジャーの訴えもクラリスに届かず、動かなくなった男達から視線を外したクラリスは、今度はジンジャーたちの方を見て、捕食者の様に舌なめずりをする。

 獲物を狙うようなクラリスに、なおもジンジャーが語りかけるも、彼女には聞こえていない。ジェイクが怯えている。ミカエラのパペットマスターが効かない。ジャンヌのサイコキネシスは振りほどかれる。

 泣きながら訴えるジンジャーの前にクラリスが立つ。金色の目をらんらんと光らせて、鋭い爪を尖らせて、クラリスが大きく右手を振りかぶった。それを見てジンジャーがぎゅっと目を瞑った時、柏手を打つ音が響いた。


「封印!」


 ジンジャーが目を開けると、ジョヴァンニ先生がいて、封印を発動していた。


クラリスはシュンと元のサイズに戻って、動揺した様に周囲を見て、ジョヴァンニ先生に気付いた。


「ジョヴァンニ先生、あたし、また暴走しちゃったの?」

「そうだよ。院長先生に気をつけろって言われてただろ?」

「あたし……また、人を殺しちゃったの……?」


 横たわるネイサンを見て、クラリスが涙目になって、ジョヴァンニ先生を見上げた。ジョヴァンニ先生は小さく微笑んで、クラリスを優しく抱き寄せた。

 慌ててジェイクがネイサン達の所に駆けだした。何人かの様子を見て、ジョヴァンニ先生とクラリスに、叫ぶように言った。


「大丈夫、まだ生きてるよ! 俺にも治せる!」


 そう言ってジェイクはすぐさまヒーリングをかけ始めて、安心したのか、クラリスはジョヴァンニ先生の胸でわぁっと泣きだした。

 それを見ていたジンジャー達は、一気に疲れが押し寄せて、へなへなと床に座り込んだ。




 ようやくクラリスが落ち着いて、ダンテの瞬間移動で孤児院に戻ってきた。ちなみにネイサン達も連れて戻った。ジョヴァンニ先生と院長先生の友達の、超能力捜査官のレオナルドさんに引き渡すのだそうだ。


 クラリス達は孤児院のリビングに到着した瞬間、思わずビクッ! とした。リビングのソファの背に肘を置いて、足を組んで、いつものリラックスモードで院長先生が座っていたからだ。隣にはちょこんと奥さんも座っている。


「あれ、アンジェロ。帰ってたんだ」

「おう、今帰ってきた」


 ジョヴァンニ先生と院長先生は、普通の感じで話しているが、先に帰っていたリヴィオ達から緊迫感が漂っていて、思わずクラリス達も冷や汗を流す。

 ふと、院長先生がクラリス達の方に向いて、営業スマイルを浮かべた。


「おかえり」

「た、ただいま。院長先生」


 子どもたちは知っている。院長先生がこういう笑い方をしている時は、ロクな事にならないと。滝の様に冷や汗を流すクラリス達に、更に院長先生が言う。


「こんな時間までどこに行ってたんだ?」

「う……」

「えっと……」

 

 素直に言ったら絶対に大目玉をくらう。だけど嘘をついて、それがバレたらもっと怖い。

 どうすべきかと迷って、ジョヴァンニ先生に視線で助けを求めるが、彼はニヤリと笑うと、ぷいと視線を外してしまった。

 アワアワしている子どもたちを見て、院長先生は深い溜息を吐く。そして突然号令をかけた。


「全員整列!!」

「「「「ハイ!」」」」


 しゅばっと子どもたちは集まって一列に並ぶ。相変わらずダラダラと冷や汗を流す子どもたちの前を、院長先生は一人一人の顔を覗き込みながら横切っていく。

 普段はとっても優しい院長先生だが、怒っているときは元軍人らしい厳しさを、いかんなく発揮するのだ!


「俺に隠し事は?」

「「「「できません!」」」」

「俺に嘘は?」

「「「「つきません!」」」」


 子どもたちが一斉に返事をするのを見て、院長先生はウンウン頷いている。一通り子どもたちの前を横切った院長先生は、再びどっかりとソファに腰かけて、営業スマイルで笑っている。


「俺は千里眼で、最初からずーっと見てたぞ」


 子どもたちは揃って「うっわぁ……」と項垂れる。院長先生は持っている能力が多すぎて、チートすぎる。卑怯だ。


「今俺の所には北都もいるから、テレパシーもずーっと傍受してた」


 子どもたちはいよいよ白目を剥いて、放心状態になる。

 それを見て院長先生は少し愉快そうに笑って、再び立ち上がって、子どもたちの前に立った。そして、営業スマイルじゃない、優しい顔で笑った。


「お前ら、マチルダを助けてくれて、ありがとな。よく頑張ったな。怖かっただろ」


 思いがけぬ優しい笑顔と言葉に、感動して思わず涙目になる子どもたち。だが年長のお兄さんお姉さんは知っている。

 院長先生がこれだけで済ますはずがないことを。


 案の定、院長先生は笑顔を引っ込めて、腕組みをして子どもたちを見た。それでやっぱり子どもたちは冷や汗を流す。


「マチルダを助けた事は褒めてやる。お前らの頑張りも認めてやる。だけど、その後がいけない」


 子どもたちは項垂れながら、院長先生のお説教を聞いている。


「お前らはまだ子どもだ。テロリストの対策は、国家安全保障上の問題であって、子どもが手を出していい相手じゃない。こういうのは大人に任せてりゃいいんだ。大人が取りこぼして来たモンを、子どもが尻拭いする事はねぇ。お前らに超能力があって、普通の人間より強くても、超能力者を倒す方法なんて、いくらでもある。下手したら死んでたかもしれねぇんだぞ」


 院長先生の言いたいことはよくわかる。クラリスの暴走を止められなかったし、相手は銃を持っていた。撃たれたら能力を発動できないかもしれないし、死んでしまうことだってある。

 シュンとする子どもたちに、院長先生は続けた。


「問題点1、俺や他の先生に、報告も連絡も相談もなかった。問題点2、クラリスの暴走を予防できなかった。問題点3、渋滞中の高速道路という、人目の多いところで能力を使った。問題点4、自分の能力を過信し過ぎている。この4つの問題点について、反省と対策を考え、その反省文を明日夜8時までに、俺に提出すること」


 一番嫌な罰が下りた事で、子どもたちは一斉に顔を歪めた。


「「「「えぇ~っ! や~だ~!!」」」」

「えーじゃねぇ。以上、解散!」

「「「「はぁ~い」」」」


 子どもたちはガックリと肩を落として、トボトボとリビングから出て行った。子どもたちが消えるのを見送って、奥さんが院長先生ににこっと笑った。


「テロリストのアジトはわかった?」

「あぁ。ったく、ウチの子に手ェ出しやがって。絶対許さねぇ」

「ホントよね! 叩き潰さなきゃ」


 そう言うと院長先生と奥さんは、ジョヴァンニ先生に留守を任せて、パッといなくなった。

 やれやれと溜息を吐いて、テロリストを縛りながら、ジョヴァンニ先生は電話をかける。相手はFBIの超能力捜査官、レオナルドさんだ。


「あ、レオ? お疲れ。ちょっとテロリスト捕まえたんだ。後からアンジェロ達が配達に来ると思うから。うん、よろしくー」


 それから30分もしない内に、レオナルドさんの所には、30人を超えるテロリストが配達された。




 翌日、子どもたちは戦々恐々としていた。反省文を考えている内に、自分達のやらかした、事の重大さがわかって来たのだ。

 高速道路の事が大騒ぎになっていたらどうしよう。ホテルの部屋もめちゃくちゃにして、銃声を聞いた近くの部屋の人たちが警察を呼んでいたら逮捕されちゃうんじゃないか、ホテルから訴えられるかもしれない、テロリストの残党が報復に来るかもしれない。


 そんな風に怯えていて、朝起きてすぐ、アリス先生やジョヴァンニ先生、ステファニーお姉ちゃんに聞いてみたが、みんながみんな、「何も起きてないよ」と答える。

 これは院長先生が何か根回ししたな、と思いながら、朝食後にリビングでテレビを見ていた。


 朝はいつも院長先生がコーヒー片手に、ニュースを見ながら新聞を読むという、大変器用な事をしている。なので子どもたちも一緒になってニュースを見るのが日課だ。

 今日のトップニュースはこちら。


「昨夜、ヴァージニア州の倉庫群が、地盤沈下によって倒壊しました。この事故によるけが人はありません。この倉庫群の一角は、テロ組織「アガルティア」が使用していた形跡がみられ、警察では、昨夜一斉拿捕された「アガルティア」との関連を調べています」


 子どもたちは思わず振り向いて、院長先生を見た。院長先生はしれっとした様子で、コーヒーを飲みながら新聞の文章を追いかけるのみだ。

 今度は朝食の片づけをする奥さんに視線を注ぐと、奥さんは視線を促す様にゆーっくり横目で院長先生を見て、また子どもたちに視線を戻した。そして、にっこり笑ってぱちんとウィンク。

 それを見た子どもたちは、一斉に院長先生に集まって抱き着いた。


「「「院長先生大好きー!!」」」

「ちょ、お前ら……コーヒー零れただろ」

「「「院長先生ありがとう!!」」」

「……聞いてねぇし」


 院長先生はシャツに零れたコーヒーを見て溜息を吐いて、奥さんがハンカチを渡して、アリス先生とステファニーお姉ちゃんがクスクス笑って、ジョヴァンニ先生が「遅刻するよー」と声を掛ける。

 院長先生に一通りいってきますのキスをすると、子どもたちは元気に学校に出かけて行った。


魔法使いの子どもたち

クラリス 17歳 ウェアウルフ 強化型

ジンジャー 16歳 フリーザー 強化型

カスト 16歳 透視 天才型

リヴィオ 15歳 広範囲同時テレパシスト 天才型 盲目

フローラ 15歳 透過 強化型

ダンテ 14歳 ワールドジャンパー 強化型

ミカエラ 14歳 パペットマスター 天才型

ジャンヌ 13歳 サイコキネシス 強化型

イアン 11歳 ダウジング 天才型

ジェイク 9歳 ヒーラー 天然型


ジョニー 7歳 普通の子

マチルダ 7歳 普通の子 黒髪の黒人


院長先生 36歳。元軍人。研究所で最高傑作と呼ばれた超能力者。コードネームはコピーキャット。見た能力を片っ端からコピーする。強化型

奥さん 36歳。吸血鬼。不死王の愛弟子と呼ばれる列強に類する吸血鬼。重力と元素を操る。

ジョヴァンニ先生 30歳。元軍人。コードネームはレッドクリフ。絶対防御、能力の一時的な封印が可能。強化型。

アリス先生 元超能力研究所能力開発部主任

ステファニーお姉ちゃん 24歳 核融合 強化型。ジョヴァンニ先生の婚約者

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