ヴィンセントとアメリカの敵
ヴィンセントとボニーアンドクライドの出会いの話です。
アメリカ合衆国、時は世界恐慌真っ只中のウォール街。
ヴィンセントはウォール街を散策していて、銀行を探していた。目的は当然、銀行強盗だ。今はスラムのシシリアンマフィアの邸宅を頂戴しているが、40年近くも生活しているうちに金が底をついてしまったのだった。
と言ってもさすがのヴィンセントも銀行強盗は初体験だ。銀行に入って中の様子を見回してどの様に強盗しようか思案していると、後方のドアから帽子をかぶり、高価なウールのスーツを着た3人の男が颯爽と入って来た。
一見すると紳士のように見えたその男達は両手にライフルを持っていて、速やかにカウンターを包囲し、リーダーと思しき混血の男が銀行の頭取を取り押さえる。
ヴィンセントも銃を向けられて他の客同様人質扱いされたので、大人しくその様子を見守った。本来なら即殺しても良い所だが、その手慣れた様子と手口の鮮やかさに感動すら覚えた。
「よぉ、頭取、お疲れさん。今日の仕事は金庫の開錠で終わりだぜ」
リーダーの男が頭取に銃を突きつけながら大金庫に誘導し、開錠させ、頭取に金を持ってこさせる。
金を受け取った男は頭取を大金庫に閉じ込め、何食わぬ顔で戻ってきて仲間に撤退を命じる。銀行に入ってきて金を受け取るまでに要した時間は、わずか1分半。実に見事だ。
感心するヴィンセントの横を通り抜けた瞬間、リーダーはカウンターで両手を上げていた作業員風の労働者に目を向けた。その労働者は切符と一緒にカウンターに金を広げていたが、リーダーはその金を拾い上げる。
「オイオイ兄ちゃん、アンタ金持ちじゃねぇんだろ? こんな時代なんだから、金持ち以外の奴が国に税金払う必要ねぇんだぜ」
そう言うとリーダーは労働者のポケットに拾い上げた金をねじ込んで、戸惑う労働者の肩をたたくと、そのまま仲間と共に銀行のドアを開けた。
その男の行動に、強烈に興味が湧いた。
今は世界恐慌。銀行と金持ちの所にしか金はないと、実しやかに囁かれる時代。
時代が生んだのだ、この面白い男を。人を殺さず、金だけ奪い、信念を貫く、アメリカの敵を。
私はすぐに銀行を出て、男達を迎えに来た車に無理やり乗りこんだ。
「うぉ! なんだお前!」
「サツか!?」
「殺せ!」
当然、男達は仰天してヴィンセントに銃を向けてきた。すると運転席から高い声が響く。
「ちょっとちょっとー、殺すならもう少し離れてからにしてよー。銃声聞かれたら警察来ちゃうじゃん」
運転していたのは金髪の白人の女。その女の言葉で強盗の際に人を殺さない理由がはっきりした。
なるほど、殺してしまえば警察が来て余計面倒になるし、それを見た人質たちがパニックになってしまえば手が付けられない。犯行をスマートに運ぶために余計な仕事を省いただけらしい。
納得している間も相変わらず銃を突きつけられていたが、銃口を向けられるというのは気分がよくない。とりあえず助手席と隣の男が向けていた銃を奪い取って、銃を壊し窓から投げ捨てた。
「お前どういうつもりだ!」
「ていうかお前バケモンか!?」
「そうだ」
「はぁ!?」
ヴィンセントの肯定に男達は驚いたようだ。驚いて、そのままだ。嘘を吐くなと反抗して来てもよさそうだが、どうも本来は素直な性格のようだ。
「お前達、面白い事をしているな。私も仲間に入れろ」
「はぁ!? さっきから何言ってんだてめーは!」
「つーか面倒くせぇ、クライド、殺せ!」
「あーお前らちょい待ち」
奥に座っていたクライドと呼ばれたリーダーの男が仲間を制止して、ヴィンセントを見据えた。
「見たところお前金持ちじゃん。強盗する必要ねーだろ」
「残念ながらこの服を買った金も私の屋敷も他人から強奪したものだ。強奪しなければ生活もままならないのでな」
「ハハッ、なんだ同業者かよ。仲間に入れろって事はお前単独行動か」
「今はな。私と行動を共にするなら、私の屋敷を隠れ家にしてもいいぞ。もとはスラムのマフィアのものだから警察も安易には近寄れないし、仮に近寄ったとしても皆殺しにするから、これ以上安全な場所はないぞ」
「マジ? ラッキー! じゃ早速道案内頼むぜ」
「はぁ!? クライド! 本気で言ってんのか!」
「お前マジでバカな! 何簡単に信用してんだよ!」
仲間たちの意見も尤もだ。ヴィンセント自身もこれほどあっさりと納得されるとは思っていなかったから、正直面食らった。
しかし、次に発せられたクライドの言葉にヴィンセントを含め一同は納得する。
「だってさぁ、さっき銃壊されただろ。下手に殺そうとしたら返り討ちに遭うの俺らの方だろうし、コイツの目は俺らとおんなじ犯罪者の目だ。しかも俺らよりタチ悪りィ。だろ?」
そう言ってニヤリと笑うクライドに、思わず口元が歪んだ。バカな男なのには間違いないようだが、なかなかカンは鋭いようだ。第六感と言う物は侮るべきではない。
仲間たちもクライドのカンは信用していたのか、少し落ち着いたようだ。
「でもよぉ、俺らが奪った金をコイツが強奪しない保証はねぇだろ」
「それは当然戴くが、今後利子をつけて返してやる」
「当然なのかよ!」
「何様だテメー! コノヤロー!」
「あぁ、うるさい。おい女、そこを右だ」
「オッケー」
「自己中!! ていうかボニー! 馴染むの早えぇよ!」
「あたし順応性の高さが売りだもーん。それにクライドが良いって言ってるんだからいいんじゃなーい。ねぇ?」
「そーそー。だぁいじょーぶだってぇ」
「こンの、バカップルが!」
バカップル二人に振り回される小うるさい仲間、という関係のようだった。
これがヴィンセントとボニーアンドクライドーーアメリカの敵とまで呼ばれた伝説の強盗殺人犯達との出会いだった。
思い出話を聞いていたミナはヴィンセントに尋ねた。
「この2人も吸血鬼化しようと思ったから、吸血したんですか?」
「いや……」
ハッキリ言って2人を吸血したのはノリだが、吸血鬼化するとは思っていなかった。
「お前らが死刑になんぞならなければなぁ」
この2人は射殺命令が出ていて、州警察に蜂の巣にされて死んだのであった。
「俺らも死刑になりたかったわけじゃないぜ?」
「そうそう。あれはやりすぎだったよねー」
ボニーとクライドは愚痴り始めたが、そもそも死刑になるような事をしたので自業自得だろう。
未だに当て逃げ置き引き万引き当たり前の2人にはホトホト手を焼かされるけれども、100年前よりは丸くなったのだと思うことにした。