barberクライド
ドラクレスティの一族インド編4-6の後のお話です。
髪色を変えるだけじゃ心配なので、髪型を変えようか……?という話からドタバタになります。
クライドが床屋さんをやります。
「こういう時、つくづくヴィンセントとクライドは羨ましいよねー」
「そうねぇ。変身できるものね。クライドはハゲだし」
「臭い……」
女3人で文句を言いながらなんとか髪染を終えた。
「さすがにミナちゃんは東洋人だから黒髪が似合うわね」
「や、でもメリッサ様も似合ってるよ。高級娼婦みたいだよ」
「ボニー? 殺されたいの?」
「すいません」
3人でキャッキャ話していると、クライドがニコニコしている。
「3人とも似合うじゃん! ボニー超イカす!」
「へへー」
「それにしても、くせーな!」
「やっぱり?」
クライドは顔の前でパタパタと手を振る。その仕草に若干傷ついたが、でも実際吸血鬼の嗅覚にはキツイ臭さだ。
「多分1週間もすれば気にならなくなると思うんですけどね……」
髪の束をつまんでそう言うと、クライドが髪をひょいっとつまみ上げる。
「てゆーか、ミナは切った方がいいんじゃねーの? 一番人相われてんのミナじゃん」
「うーん……でも、ここまで伸ばすと切るのが勿体ないと言うか」
3年かけて伸ばした腰まである髪。実際ここまで伸ばすと切るのがもったいなさすぎる。むしろどこまで伸びるのか見たいくらいだ。
「お前しょっちゅう髪の毛あちこち挟んでるじゃねーか。切れって」
「でも私自分で髪切ったことないしなぁ……」
「じゃぁ、俺が切ってやるよ」
クライドはナイフをパチンと開いて、ニヤリと笑う。
「えっ!? ソレで!? 絶対ヤダ!」
「俺意外と得意なんだって」
「クライドさんってだけで嫌なのにナイフで切るとかありえないし!」
「だーいじょーぶだって」
そう言ってクライドはヘラヘラしながら持っていた毛束をさくっと切る。
「ギャァァ! 何するんですか!」
「危ねーぞ。動くなよ」
「危ないのはクライドさんでしょ!? 絶対嫌だ!」
クライドの手を振り払って、後ずさりすると、クライドは持っていたナイフを逆手に持ち替えて、だぁいじょーぶだってぇと、ニヤニヤしながらにじり寄ってくる。明らかに悪ふざけしてる顔だ。
「ウソだ! 絶対大丈夫じゃない! 絶対イヤ! ていうか、二人ともクライドさんを止めて!」
「えー? ヤダ」
「いいじゃない」
「なんで!?」
誰も頼りにならないと判断してリビングから逃げ出すと、ナイフをかざしながら、それはもう楽しそうにクライドが追いかけてきた。
「クライドさん! 刃物振り回さないでー!」
「なら待てって! 逃げんなって!」
「逃げるわ!」
一気に4階まで階段を駆け上がる。こういう時頼りになるのはヴィンセントしかいない。そう思って一直線にヴィンセントの部屋に駆け込む。怒られるの覚悟で勢いよくドアを開け放つと、部屋には誰もいなかった。
「ウソォォォ!!」
狼狽えているうちにもクライドは近づいてくる。とりあえず隠れようと、部屋のデスクの下に身を潜めると、ガチャッとドアがいて足音が近づいてきた。
クライドが別の方向を向いた隙をついて逃げ出せばなんとか脱出できるはず。そう思ってデスクからそぉっと顔を覗かせた。
「みぃつけたぁ」
「ギャァァァ!」
涙目で訴えて拒否してるのに、完全に無視されて、首根っこを掴まれてデスクの下から引きずり出され、椅子に座らされる。
「大丈夫だって! 俺本当にこういうの得意だから! ナイフは冗談! ハサミあっかなー?」
クライドがデスクの引き出しを漁り出した隙をついて逃げようとすると、首元にナイフを当てられて「逃げたら刺す」と脅されてしまい、渋々椅子に座りなおす。
「ほら、動くんじゃねーよ。可愛くしてやっから」
シャキン、シャキン
ハサミが髪を切る音が響く。あぁ、結構切られた。これだけ切られたらもう諦めるしかない。
シャキン、シャキシャキ
待つこと10分。
「ほい、出来上がり! こっち向け!」
クライドに椅子をグルンと回されて無理やりむかされる。
「おぉ! 我ながら上出来! ちゃんと可愛いぞ」
「えぇ? 本当ですか?」
「マジだって! サニタリー行って鏡見てみろよ」
「いや、映んないじゃないですか……」
「あ、そうだな」
クライドは微妙な顔はしてないし、本当にうまく切れたのか……。髪に手を伸ばしてみると、肩にもつかない程短い。まごうことなきショート。
これは、自分の目で何とかして確かめるまで不安だぞ。そう思っていたらガチャッとドアが開いてヴィンセントが帰ってきた。
「お前ら、ここで何をしている? ミナ? 髪切ったのか?」
「俺がね! 上手くね!?」
「クライドにそんな才能があったとはな。中々上手いじゃないか」
ヴィンセントはそう言うとミナに近づいてくる。
「ホントに? おかしくないですか?」
「あぁ。普通だ」
「……普通ですか」
「なんだ、おかしい方がよか……」
ヴィンセントは話の途中で急に言葉を止める。その顔は驚愕からだんだん怒りになってきた。
「あの、ヴィンセントさん? どうしましたか?」
「……何故ここで切る必要があったんだ?」
その言葉にハッとして床を見るとミナの髪が散乱していることに気付いた。
「あ、ごめんなさい。クライドさんがナイフ持って追いかけまわすから、ヴィンセントさんに助けてもらおうと思って、ここに隠れたら、見つかって……あの、ごめんなさい」
「……で、なぜここで散髪する必要があったんだ? クライド」
「え? あれ? なんでかな?」
とぼけるクライドにヴィンセントは無表情で歩み寄る。
「私が納得できる理由を100文字以内で述べれば許す」
そう言いながらヴィンセントはデスクの上に置きっぱなしていたクライドのナイフを手に取り、指先でくるくる回し始める。
「え、えっとぉ、なんとなく……」
「よくわかった」
「いってぇぇぇぇ!」
クライドはナイフが刺さった手の甲を抑えて悶絶してしまった。
「何も刺すことないだろ!?」
「何もここで切ることないだろう」
涙目で抗議するクライドを見て、とりあえず私怒られなくてよかった、と心底安心した。
「とりあえず、お前ら二人で掃除しておけ。私が戻るまでに、だ。わかったな」
「はい」
返事を聞いたヴィンセントはそのまま部屋から出て行った。
「クライドさん、大丈夫ですか?」
「うーん、もうそろそろ治りそう。にしても酷くね!?」
「そうですね、ごめんなさい。まぁ、自業自得だとは思いますけど」
「なんでミナが謝んの? ていうか同情ぐらいしてよ」
「そんなことより、ヴィンセントさんいつ帰ってくるかわかんないから、さっさとやっちゃいましょ!」
「ミナって何気にヒドイよな」
クライドと二人、箒と掃除機を駆使して掃除するも、カーペットに入り込んだ髪の毛はなかなか取れない。
「あー、コロコロがほしい……」
ボヤキながら諦めて手作業に切り替えると、「実は俺、新技体得したぜ!」とクライドが自慢げにふんぞり返っていた。
「その新技…掃除の役に立ちます?」
「多分な。ちょっと見てろよ」
そう言うと、クライドは壁に向かう。どうするのかと見ていたら、壁に手をついて、そのまま壁を登り始めた。
「え!? すごーい!」
「だろ? だろ?」
拍手でクライドを迎えるとヘヘン! と自慢げに鼻をこする。
「いつの間にそんなの覚えたんですか?」
「こないだのテロん時に、慌てて隠れようとしたらできた」
「すごいですねー。じゃぁその吸着力でパパッとお願いします!」
早く、と急かすと、クライドはペタペタと床に手を着いて行く。
「すごーい! めっちゃとれてるじゃないですかぁ!」
「もっと褒めろ!」
「まぁ、クライドさんがやったことですからね。後始末して当然ですよね」
「ミナってたまに俺に冷たいよな」
「そんなことないですよぉ!」
「終わったぁ!」
二人で背伸びをしていると、ちょうどドアが開いてヴィンセントが帰ってきた。
「ヴィンセントさんすいませんでした! 終わりました!」
「あぁ。次やったらお前ら二人ともバスカヴィルの餌だ」
「……本当にすみませんでした」
クライドと二人、深々と頭を下げて退室する。
「ミナがヴィンセントの部屋になんか逃げるから……」
「何言うんですか! クライドさんが切ったんでしょ!」
クライドとリビングに戻ると、メリッサとボニーが顔をほころばせて駆け寄ってきた。
「ミナちゃん可愛いじゃない!」
「クライドが切ったの? ウマー!」
女性陣からの評判は上々。ヴィンセントも普通と言っていたしクライドの腕は信用に足るようだ。
「クリシュナにも見てもらったらどうかしら? きっと惚れ直すわよ」
メリッサがそう言うので、次に会う時に自慢しなくちゃとムフフと口元が緩む。
そうしていると、中から北都が出てきて言った。
「お姉ちゃんさ、髪の長さ操作できるんだから、切る必要なかったんじゃない?」
それを聞いてミナはガックリと肩を落とした。
ナイフ片手に追い回されて髪を切られて掃除までさせられて。
「クライドさんー!!」
今度はミナがクライドを追い掛け回した。