もしもシャルロッテが人魚姫だったら
ある時ある海洋の海底に、人魚の王国がありました。その王国にはシャルロッテと言う人魚のお姫様がおり、その美しさは深海の太陽と、あるいは至高の真珠と形容され、暗い深海を照らすほどの美貌はどこまでも轟いておりました。
そんな海を一隻の船が航海していました。その船は遊説の為に離島から本島に戻る国の船で、船には王子様が乗っていました。初めての外交の後、長い航海に飽きたアドルフ王子が、大臣に言いました。
「おいクリス、なんか面白い事ねーか」
尋ねられて大臣も頭を悩ませます。すると、一人の船員が言いました。
「この辺りの海域には人魚が棲んでいると昔から言うのですよ。見て見たくありませんか?」
「おー! そうだな!」
アドルフ王子はノリノリになって、早速人魚たちをおびき寄せるために撒き餌をしました。しかし魚がたくさんやってくるだけで、人魚は全く集まりません。
「どーゆー事だコルァ!」
「えっ、あ、好みじゃないとかですかね?」
掴み掛るアドルフ王子の剣幕に、大臣は適当に言い訳をしてみました。王子はその言い分に少し得心し、色々餌を変えて見ますがやはり現れるのはニシンばかりです。その様子を見て一人の船員が提案しました。
「ほら、人魚の国は海底にあるから、きっと静かだと思うんです。賑やかにしてたら不思議に思って、出てきてくれるかもしれませんよ?」
その提案に王子は目を輝かせました。丁度暇をしていたし、宴会をしてみるのもまた一興と考えたのです。
「イザイア、お前頭いいな。俺の傍仕えにしてやる」
「わー! ありがとうございます!」
思いがけず昇進したイザイアは、すぐに宴の支度を始めました。
船の上では飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ、仕舞には花火まで上げ始めます。さすがにその様子は魚たちの間でも噂になり、その噂は魚から人魚にも伝わってきました。
噂を聞きつけた人魚のクララが、まずは海上に顔を出しました。船上では人間たちがとても楽しそうに酒盛りをしています。その様子を見つめていると、一人の船員がクララに気付きました。
「あ! もしかして君、人魚!」
「え? あ、そうですけど……」
船員の言葉を聞きつけて、他の船員は勿論大臣や王子も集まってきました。そしてクララを見て一斉に叫びます。
「うわー! マジ人魚!」
「かーわーいー!」
急に大音量で褒め称えられ、流石にクララは圧倒されて水に潜ってしまいました。しかし慌てて大臣が呼び戻すので、ぴょこりと海上から顔を覗かせます。
「ビックリさせてゴメンね」
「え、いいえ……あの、楽しそうですね?」
クララの言葉に、クララも仲間に入れて欲しいのだろうと考えた大臣が、船上からワインの入った盃を掲げました。
「一緒に飲もうよ。良かったら仲間も呼んでおいで」
そのお誘いは親切心だけではなく、クララがこれだけ可愛いのだから、他の人魚もきっと可愛いに違いないという思惑が含まれておりました。そんな事とは露知らず、クララは喜んで頷き「姫様を連れてきます」と海中に潜りました。
クララの言った「姫様」に、一同は胸を高鳴らせます。船員の話によると、人魚姫は傾城の美貌の持ち主だともっぱらの噂になっていたからです。
一方クララの話を聞いた人魚姫、シャルロッテは不遜に笑いました。
「いいわよ、ちょうど私も行こうと思っていたの」
シャルロッテの様子にクララは一抹の不安を抱えます。
――――姫様の事だから、何か企んでいるに違いないわ――――あの人達大丈夫かしら。
そんな事を考えながらも、きっとシャルロッテの美貌の前に、人間たちは粗相をしでかすこともないだろうと考えて、一緒に海上に顔を出しました。
やはりというべきか、顔を出したシャルロッテに一同は沸き立ちます。熱い視線を送る面々に、しかしシャルロッテは冷たく睥睨して言いました。
「アンタ達さっきから、随分バカにした真似してくれるじゃない」
何より腹が立つのが、自分達を呼び寄せる為の撒き餌、あれが加工された虫や小魚だったこと。
どうやら怒っているらしいシャルロッテに、人間たちは気付いたものの適当にご機嫌取りをし「さぁ飲もう」と杯を差し出します。しかしシャルロッテはそれを払い落して言いました。
「大体アンタ達、人の家の真上でガヤガヤうるさいのよ。迷惑だわ」
終始ご機嫌斜めのシャルロッテに、とうとうアドルフ王子がキレました。
「んだよテメー! こっちゃ餌恵んでやったろうが!」
「頼んでないし、あんなもの食べないわ。さっさとこの海域から出て行ってくれないかしら」
「んだとコルァ! テメェ釣り上げて見世物小屋に売り飛ばすぞ!」
王子の暴言に、やはりシャルロッテはその美しい口元を僅かに歪ませ、深海の太陽に相応しい、美しい微笑を浮かべました。
「できるものなら、やってごらんなさい。そもそも私達の食料は、人間よ」
その言葉に顔色を変えた王子たちを尻目に、シャルロッテは海中に潜ります。竜の様に姿を変容させて、船底の下をぐるぐると周回し続けていると、僅かに船が揺らぎ始め、その揺れは徐々に大きさを増していきました。一気に海底に向かって降下すると、その海流は渦を成して船を飲み込まんと荒れ狂い始めました。
「うわー!」
「ぎゃー!」
渦にのみこまれた船はなすすべもなく、海中でほくそ笑むシャルロッテの視線の先で沈没していき、溺れた人間たちを他の人魚が嬉々として引きずり込みました。
その様子を見たクララは「アチャーやっぱり」と思ったものですが、溺れた王子たちはスタッフで美味しくいただきました。