第6話 始まりの朝
「申し訳ありません、リアンス様…」
「ふん、所詮帝国軍といっても役たたずではないか!!」
「………………」
「屋敷に忍びこんだキメラと戦っていたとはいえ、何て様だ!?娘がさらわれたんだぞ!?どう責任をとるつもりだ」
メアリーがテッドに連れ去られてすぐに、遅くも駆け付けた帝国軍隊長補佐の『フウヤ』はあぜんとする
(まさか、こんな事になるなんて……)
フウヤは自分のふがいなさに拳を握りしめた。
メアリーとジョンが揉めている間、屋敷にキメラが侵入し、混乱が起こっていた。
それが原因でメアリーの部屋への到着が遅れ、リアンス家の娘が誘拐される結果となってしまった。
(くそ…あの時、化け物と遭遇さえしなければメアリー様が誘拐されずにすんだかもしれないのに・・・イオス隊長、申し訳ありません!!)
フウヤは悔しさで唇を噛み締めていると、後ろから肩を叩かれた
「待たせたな……」
「イオス隊長、メアリー様が・・・」
「ああ、わかっている」
イオスは短く返事をすると、ジョンに頭を下げた
「申し訳ありません、この責任は全て私の監督不届きにあります…」
「イ、イオス隊長のせいじゃありません!そもそも僕が…………っ!?」
最後まで言葉を言う前に、イオスの鋭い眼光を受けてフウヤは黙ってしまう
「ならば、責任はお前が取って貰うぞイオス!!」
ジョンは窓に指を指すと、イオスに命令を下した
「隊長になったお前に初任務を下す!!『メアリーを保護しろ!』そして………」
ジョンは少し考えるしぐさをした後、イオスの腰にある剣を指さした
「誘拐犯…もしくはお前の邪魔をするものは全て極刑だ!必要とあらば、殺しても構わない」
「…………」
「隊長…」
フウヤはイオスを見上げると、感情が見えない彼の瞳を見てしまいぞっとする。
「………御意」
「…………ッ」
そういって、誓約を交わす隊長の横顔をフウヤは悲しそうに見つめていた
第6話『始まりの朝』
ピチチチッ
「う………んんっ」
森の中で、自分の顔を照らす光で私は目を覚ます
「あれ、何でこんな所で寝て……ハッ!!」
隣であぐらをかいて寝ているテッドさんを見て、今度こそ私の意識は覚醒した
「そうだ!3階から飛び降りた後、木にぶつかりそうになって気絶をしたんだ…!!」
メアリーは喜びで両手力いっぱいを上にあげた
「よかったぁ、もう死んじゃうのかと思ったよ!すっごく恐かった〜!!本当に生きててよか…」
「よくねーッ!!」
突然テッドさんが顔をあげ、私はギョッとした
「テ、テッドさん!ごめんなさい、ひょっとして起こしてしまいました?」
「もともと起きてたから問題はねーよ、そんなことよりも」
じろりとテッドに睨まれ、メアリーは首を傾かせた
「お前のせいで、一睡も出来なかったじゃねーか!マジで昨日の晩は地獄だったぜ……」
「え………?」
(何の事?地獄って何!?私が寝ている間に何があったのっ!?)
メアリーはじっと、テッドのを見ると
黒ずんで腫れた目に、清々しい朝とは裏腹に、疲れて死にそうな顔をしていた
「全く…自覚がねーのかよ!たちが悪ぃな、こりゃ」
テッドは「ふああっ」と欠伸をすると、
森の奥へと歩き出した
「ちょっと、何処へいくのっ!?」
メアリーは慌てて、テッドの後を追うと、ぶっきらぼうに言った
「この森を抜けた先に、ある炭鉱が盛んな村で…何ていう名前だっけな…」
「わかった!【ガンジス村】ね!!それなら、こっちの道を真っ直ぐ行った方が近いわよ」
テッドは驚いたようにメアリーを見ると、感心したように言った
「詳しいな、お前の住んでる屋敷からもそんな距離はねーし、よく行くのか?」
「えっと、あまり言ったことはないけど、そこに友達が住んでるの!」
「なるほどな!じゃ、近道の方での案内頼むわ」
テッドは納得したようにうなづくと、メアリーの後を追いかけた
−−−−−−−−−−
「ねぇ、テッドさん」
「何だ?」
道案内を始めて、あれから5分
沈黙に堪えられず、メアリーはテッドに話かけた
「あれだけ私を旅に連れていこうとしなかったのに、どうして心変わりなんてしたの?」
「……………」
テッドさんは考えるように顎に手をあてるしぐさをすると、きっぱりとこういい放った
「そういえば、何でだろうな…」
「何でだろうって…自分でも解らない訳?」
あきれた人…
さっきまでは、私が何を言っても連れて行ってくれなかったのに
心変わりをした理由すら曖昧だなんて
「それに……」
「え……?」
テッドさんが先程と打って変わったような真剣な表情になり、私はドキリとする
「いや、何でもねぇ…ま、何だ、一言で言うと成り行きってやつだな」
「ふ、ふーん」
何事もなかったように、いつものぼけっとした表情に戻り、私は唖然とした
(何、今の!?先程の真剣な顔は何処に言ったの?)
「おい、自分から聞いといてそっけねー返事だな…」
「そっけないって…どういう返事を期待してたのよ!それともうひとつ、お前に言いたいことが」
メアリーは憎まれ口を叩きながらも、昨日の夜の出来事が頭の中に残っていた
お父様、私の話に全く耳を貸そうともしてくれなかった
テッドさんが助けてくれなかったらあのまま私、どうなっていたんだろう
「おい」
そう考えるとぞっとする
「おい、お前人の話…」
それに、昨日のお父様、何だか様子がおかしかった
あの赤い液体は一体何だったのかな・・・
「おい、メアリー!聞いているのか!!」
「え…?」
突然名前を呼ばれ、私はハッとすると
テッドさんは、少しあきれたように言った
「ったく、話の途中でぼけっとしやがって…最後まで人の話を聞けっての」
「あ、ごめんなさい!で、何の話でしたっけ?」
「あのな……」
テッドさんはがくっとするけど、再び私に話をしてくれた
「さっき俺が言いたかったことは、名前の事だよ」
「……名前?」
私は首を傾げた
「ああそうだ、お前、俺のこと『さん』づけで呼んでるだろ!」
「うん」
「別に『さん』づけで呼ばなくていいし『テッド』でいいから」
テッドさんはそう言うけど、年上の人を呼び捨てで呼んで大丈夫なのかな…
そんな考えが頭を過ぎるが、本人が呼び捨てでいいって言ってるし
私は好意に甘え、テッドさん、いや…テッドの名を呼んだ
「わかったわ、じゃあこれからはテッドって呼ぶわね!」
「ああ、そっちの方が自然でいい」
そういって笑うテッドを見て、私もつられて笑顔になる
会って間もない人なのに、何故かこの人の笑顔を見ているとホッとする
本当に不思議な人…
「ほら、ぼーっとするな!ガンジス村まであと少しだろ、行くぞ」
「ちょっと、待ってよ!こっちの道じゃないってば!!」
メアリーは慌てて首のマフラーを掴むと、テッドは「ぐえっ」と苦しそうな声をあげた
「お前、俺の首を締めるの好きだな……何でマフラーを引っ張るんだよ」
「ご、ごめんなさい…なんだかつい」
引っ張りやすい位置にあるから……
少し申し訳ない気持ちになり、マフラーから手を離すと、テッドは身を整え咳ばらいをした
「じゃあ、引き続き道案内を頼む」
そういって隣を歩くテッドを見て私は思う
何でテッドが心変わりをしたのかよくわからないけど
昨日、助けに来てくれたんだよね
まだお礼、言ってないや
「テッド」
「ん?」
振り返るテッドに、メアリーはお礼を言った
「ありがとう…」
テッドは頭を掻くと、ぶっきらぼうに答えた
「別に、礼なんて言わなくていい…行くぞ」
「うん」
この時の私は、テッドの本当の目的を知らず、いつも彼の後を追いかけていた
これは、始まりの朝の出来事でした…
第一章「セントリアの少女」がおわりました。
ここまで読んでいただきありがとうございました!第2章へと続きます・・・