第5話 家出騒動(後編)
定められた運命の中で、私は今まで生きてきた
セントリアで一番の大富豪の娘と、自由に生きる旅人
だからこそ全く異なった世界に私は小さな頃から憧れていたのかもしれない
いつかこの家を出て、色んな世界を見ることが夢だった
知らない土地へ行けば『リアンス家』の娘ではなく、一人の【メアリー】として生きていけるはず
そう思ったのに、運命は残酷で……
「ホルビィー様とのお見合いが二週間後にあります」
家を離れる所か、16歳の誕生日でお見合いし、結婚させられることになってしまう
(何で…私はただ、自由に生きたいだけなのに)
運命から逃げようとする私に旅人は言った
「そんなに結婚が嫌なら家族と話すりゃいいだろっ!?」
きっとテッドさんじゃなくても、あのやり取りを見た人なら誰だってそう言うだろう
お父様は私の意思とは関係なく、家の都合で物事を決める人だということはとっくに知っていたはずなのに……
何故だかテッドさんに「頑張れよ」と言われただけで、本当に頑張れるような気がした
今ならお父様と話が出来るかもしれない…
さっきの事もあって少し恐いけど私、頑張ってみるよ!
ありがとう!テッドさん
私は覚悟を決めると、部屋の扉の鍵を開けようと近づいた
第5話 『家出騒動(後篇)』
(恐い…)
私はドアノブに手をかけるが、乱暴に扉を叩く音により引き下がってしまいそうになった
(でも開けなくちゃ何も始まらいよね、テッドさん…私、この扉を開けるよ!)
メアリーが覚悟を決めて鍵を開くと、それと同時に扉が開けられた
「メアリー!何かあったのか!?」
お父様は慌てて部屋に入ってくると、ぐるりと回りを見渡した
「何でもない、そんなに慌ててどうかしたの?」
しばらく回りを見渡したり、部屋のクローゼットを開けたりしていたが、何もない事に安心したのかお父様はため息をはいた
「先程、男の奇声がお前の部屋から聞こえたんだ!さっきまで誰かそこにいたのか?」
お父様の鋭いツッコミに私はドキリとしたが、なるべくそれを態度には出さないように、私は冷静に言う
「私の部屋にイオスさん以外は誰も来ていないわ、窓が開いてたから外の音じゃないかな」
お父様はちらっと窓の方を向くと、納得したようにうなづいた
「なるほどな、紛らわしい!嫁入り前の娘が窓をあけて寝るとは、はしたないぞ!イオスは何をやっているんだ…」
イオスさんの名前が出てきて私は思わずギョッとしてしまう
(窓を開けて寝るのは無用心ですよ)
そうだ、さっきイオスさんがそう言って閉めてくれたのに、テッドさんが出て行く時に開けたんだ
どうしよう、弁解しなくちゃイオスさんに迷惑がかかってしまう!
「あの、これはイオスさんのせいじゃなくて、私が勝手に又窓を開け…」
「ところで、メアリー」
お父様は最後まで私が話し終わらないうちに、遮るように言葉を続けた
「イオスから聞いたかもしれないが、改めて言うぞ!」
(まさかお見合いの話!?それとも……)
私はごくりと唾を飲んで、窓を閉めなおすお父様の言葉を待つ
「再来週にお前とホルビィー様とのお見合いが決まった、明日からお前を花嫁修行としてルイエナ修道院に行って貰う」
「お父様、その事で話があるの」
恐る恐る言うと、お父様は眉間にシワを寄せてじっと私を見た
「何だ、何か言いたい事があるのか?」
「うん…」
私はごくりと唾を飲み込むと、お父様の目を見て言った
(回りくどい言い方だと絶対に伝わらない、だから単刀直入に言おう!)
「ホルビィー様とのお見合いの件の話…イオスさんから聞いたわ」
「それはちょうどよかった、で…もちろん断ったりしないよな?リアンス家の命運はお前にかかってるんだ」
お父様の鋭い眼光を受けて、思わず「はい」と返事をしてしまいそうになったけど、 私は負けじとお父様を見つめ返した
「何だ、その反抗的な目は…?まさか、断る気じゃないだろうな」
「ごめんなさい…」
謝った瞬間お父様の目が見開かれたような気がしたが、私は続ける
「私と彼が結婚をすることで、リアンス家が今よりも大きくなる事はわかってる……今まで私を育ててくれた事にも感謝してるわ」
「だったらなぜ……」
「それでも私はホルビィー様と結婚したくない、せめて結婚相手ぐらいは自分で選びたいの!本当にごめんなさい!」
私はお父様に頭を下げた時だった
「小娘の分際で生意気な!!」
バシンッ
「………ッ!?」
頬に鈍い痛みが走り、私は突然の事に目を見開いた
自分が殴られたことに気づいた時には、お父様に胸倉を捕まれ、地面から足が浮いてしまう
「う、ぐ…くるし…」
「もう一度いってみろ、そんな自分勝手な我が儘が通用するとでも思ったのか!?」
「ご、めんなさ…」
胸倉を捕まれているせいで上手く息が出来ない…
苦しいッ!!
メアリーは意識が朦朧とする中で、もがいていると今度は床に叩きつけられる
「きゃあああっ」
(痛いっ!!こんな目にあう位なら余計なこと、いわなければよかったのかな)
そういう考えが一瞬頭を過ぎったが、ここで負けてはいけない!そんな気がした
「ホルビィー様は帝国の王子だぞ!リアンス家の未来はお前の返答にかかってるんだ!!」
まるで自分を道具としてみているようなものの言い方に腹を立てた私は、思わず強気な言葉を口にしてしまう
「何よ!お金に困ってる訳でもない癖に・・・リアンス家の未来?ふざけないで!私はお父様の道具じゃないわ!!」
小さい頃から、お父様のいうことを聞いて生きてきた
でも、お母様が行方不明になった以来、お父様が男手一つで私を育ててくれた事にはいつも感謝していた
だから本当はそんな言葉なんかいいたくなかったのに
どうしてこんな風にしか私は言えないのだろう…
「く・・・・・ハハハッ」
しばらく沈黙が続いたと思うと、お父様の笑い声が部屋に響いた
何故こんな時に笑うことができるのか疑問に思っていると、ジョンは可笑しそうに笑いながらメアリーに言い放つ
「何を反抗するのかと思えば、道具じゃない・・・か」
「何がおかしいの!?」
ジョンはメアリーを上から見下ろすと、鼻で笑った
「私はお前の父親なんだ、今まで手塩にかけて育てた娘をどう扱おうが私の勝手ではないかっ!」
「…………!?」
その言葉を聞いて、メアリーは少なからずショックを受ける
「そんな…じゃあ、お父様が私を育ててくれた理由って……」
「決まってるだろう、お前をホルビィー様と結婚させる為だよ!」
私は思わず、口を手で覆った
「そんな…」
まさかお父様は、その為に私を育てたの!?
昔から嫌がる私をホルビィー様の屋敷に連れていき、ブリング様と結婚話をしていたのは覚えてる
その時は、大人の冗談だと思ってた・・・
(まさかそんな時からもう、私とホルビィー様との結婚は決まっていたなんて)
私は衝撃のあまり固まっていたが、お父様に手を捕まれハッとした
「痛い、離してッ!!」
腕が折れそうな程強く捕まれ、あまりの痛さに思わず叫んでしまう
「だがお前は、私の申し出を断った…親不孝な娘だよ、私もあまりこういう真似はしたくなかったのだが……」
「ひっ……」
父親の懐から出てきたものを見て、メアリーは声にならない悲鳴をあげた
「まさか自分の娘にこれを使う日がくるとはな…でもお前が悪いんだ、お前が快くホルビィー様とのお見合いの申し出を受け入れてさえすれば」
「嫌、止めてッ」
お父様が取り出したのは、赤黒くドロッとした液体の入った注射針
まさか、こんな得体のしれない液体を私にうつ気!?
そう思うとぞっとする…
だが私の嫌な予感が当たり、お父様は私を押さえつけ、注射針を首筋に近づけてきた
「やだ、何よこれ!?やめて!恐いわッ!!」
必死に抵抗をしているとお父様の手を弾き、注射針の先から液体が少し零れた
「ひ………」
零れた液体が手につき、みるみるうちに赤黒い液体が蒸発していくのを見てぞっとしたメアリーは全身に鳥肌がたった
「大丈夫だ、辛いのは数日間だけで、何も怖がることはない……」
「辛いって何?これは一体何なの!?」
「打てばわかる」
お父様は私の両手首を近くにあったタオルで拘束すると、注射の針を首筋に近づけた
「嫌ああああ!恐いわッ、やめてお父様っ!!」
メアリーは恐怖で顔を歪ませ泣き叫ぶが、ジョンは嫌がる娘を無視して、首筋に針を近づけていく
「私を信じろ、大人しくさえすれば悪いようにはしない」
「嫌ああああッ!!」
首筋に針をあてられた時、一瞬優しかった時のお父様とお母様の姿が頭に浮かんだ
嫌!誰か助けて!!
お母様!!
メアリーは覚悟を決め、ギュッと目を瞑った時だった・・・
「激しい親子喧嘩だな、娘さん嫌がってるじゃねーか。話ぐらい聞いてやれよおっさん」
(・・・え?そんな、まさか!?)
聞き覚えのある声が聞こえ、ハッとした瞬間、お父様の怒鳴り声が聞こえた
「な、何だ!貴様は!?泥棒か?」
「うおッ!?恐いおっさんだな!!大丈夫か、メアリー?」
「テッド・・・さん?」
私の目に映ったのは、輝くような金色の髪にエメラルドグリーンの瞳
助けてくれた人物がテッドだとはっきり認識したメアリーは、目を見開いた。
嘘・・・何でテッドさんがここに?
「メアリー、その汚らしい男と知り合いか!?」
遠くでお父様の声がして、気がついた!
(うわ、担がれてる・・・!?)
小さい頃、かっこいい男の人にお姫様だっこをしてもらうのが夢だった
それなのにテッドさんは、荷物のように私を持ちあげると窓に足をかけた
「汚らしくて悪かったな!!ちなみにこいつとはさっき知り合ったばかりでね・・・誘拐してくれと頼まれたんだわ、俺」
「・・・・・え?」
(何で?さっきどれだけ頼んでも連れて行ってくれなかったのにッ!)
メアリーは驚きのあまりに固まってしまうが、ジョンの怒鳴り声によってハッとした
「何だと!?メアリーがお前のような男にそんな事を頼むわけがないだろう!!」
「あっそ・・・じゃ、お宅の娘さんに確認を取ったらどうだ?」
テッドさんは軽々と私の体を持ち上げ、お父様と向き合う形にさせられてしまう
「・・・・・ひっ」
お父様のあまりの形相に私はひるんでいると、お父様は口を開いた
「メアリー、本当なのか?」
鋭い瞳で射抜かれ、私は怯みつつも口を開く
「う、うん・・・」
「決まりだな・・・んじゃ、そういうことでおっさん!ホルビィー様とやらには上手く説明してくれよな!」
テッドさんはひらひらとお父様に手を振ると、私を抱えたままで窓から飛び降りた
「え・・・ここ、三階ッ!きゃああああああああああああッ!!」
「うるせえ!黙ってなきゃ舌噛むぜッ!!」
テッドさんは近くの木の枝に、銀色の糸を絡めボタンを押した瞬間、ものすごい勢いで木が目の前に迫ってきた
「きゃああああああ、ぶつかるーーーーーーっ!?」
意識がなくなる前に私が見たものは、金色になびく髪と、目の前に迫ってくる大きな木だった・・・
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「よいしょっと」
テッドは見事木に着地をすると、得意げな顔でメアリーを見た
「すげーだろ、この糸!こうやって先についてるボタンをおすとだな、巻きついた方向に行くことが・・・・・・・ってあれ?」
テッドが気がついたときには、メアリーは白目をむいた状態で気絶をしていた
「おーい、メアリー?大丈夫か!?しっかりしろ!!」
これが、私の冒険の始まりの日・・・
私を家から連れ出してくれたのは、憧れの白馬に乗った王子様とはかけ離れた存在で
口が悪く、ぼろぼろの服をきているさすらいの旅人だった・・・・・。