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恋人が王女と結婚するよう命じられて、わたしを姫の侍女に推薦したのですが!?  作者: 真白燈


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6、ガブリエル・決別

 騎士になることは、王都にいる父にも当然知られてしまった。


「そうか。ようやく……私の意思を受け継いでくれる気になったのだな!」


 感激した様子で手など握ってくる父が心底気持ち悪く、顔は憔悴しきっているのに目だけ異様に輝かせたのが不気味に見えた。


 母が危篤の際、父は隣国の王妃のもとにいた。かつて仕えていた、愛する女のもとに。シャルレーヌもまた、母と同じ流行病でこの世を去った。ガブリエルとしては、そのまま父が後を追わなかったのが不思議だった。彼女からあなたは生きて、とでも頼まれたからか。生きながらすでに死んだような様なので、さっさとくたばればいいのに。


 息子でありながらそんな非道なことを思いつつ、ガブリエルは父から距離を置きつつ、立派な騎士になるべく鍛錬に明け暮れた。


 セシルも女性の兵士たちに交じり己を鍛えていった。女性で騎士になる者は珍しい。厳しい罰則が科せられてはいるものの、集団生活において男性たちから絡まれたり邪な目で見られることも少なくなかった。


「セシルって普段から男っぽい話し方してるけど、普通に美少女だよな」

「ああ。髪もさらさらしてるし、横顔とかすげーきれい」

「俺、あのくりっとした大きな目で見つめられるとドキドキする」

「わかる。笑顔とか、かなり可愛い」

「なあ今度、あいつの部屋に――」


 周りのやつがぎくりと固まり、ガブリエルは問答無用で許し難い発言をしようとした男の脳天に一撃を食らわせた。相手が先輩でも構わなかった。


「ガブリエル。また先輩たちと揉めたらしいな。……わたしのことで、一々お前が手を下す必要はないんだぞ?」

「俺が気に食わないだけから気にするな」

「そうか? なら、いいんだが。手合わせの際、ぼこぼこにしようと考えていたから、きみからも痛めつけられたら実力が発揮できないと思ってな」


 セシルはやられっぱなし、という性格ではない。腹が立ったら、正々堂々と相手に勝負を挑んで鬱憤を晴らす。そういう気持ちがいい人間だった。


 そして自分以外にもセシルを害する人間は絶対に許さないという人たちができ始めた。


「セシル様を穢すような男は外道です。人間ですらありません」

「セシル様はわたくしたちでお守りいたします!」


 セシルのレディファースト精神は令嬢たちの心を瞬く間に虜にし、ファンクラブやらセシル見守り隊などが密かに結成されていた。セシルを害なす男は年頃の女性陣、その保護者の間で共有されて、婚約者から外されたり蛆虫でも見るかのような目で見られたりした。


 一番効果的だったのは、王太子であるステファンがセシルを気に入ったことだった。


「セシルは僕の大事な友人だ。彼女を傷つけるようなことをしたら――わかるよね?」


 にこっと笑いかける王太子に心当たりのある男性陣はみな顔を青ざめさせて、何度も首を縦に振って手を出さないことを誓った。


 お陰でセシルにちょっかいをかける者はいなくなり、ガブリエルは安堵していた。


 だが今度は逆に、真面目にセシルと付き合いたいと思う人間が出てきた。


「俺、実はセシルに出会った時から心を奪われていたんだ。陰でこっそり努力している姿とかも、いいなって思った。俺と結婚を前提に付き合ってくれないか?」

「国王陛下や殿下たちが問答無用で寄越す仕事に疲れ果て、廊下で倒れかけた私をあなたは支えてくれて、心配してくれた。その時から私はあなたの存在に癒されている。私と結婚してくれれば、将来は約束しよう。だから私の伴侶になってくれないだろうか」

「セシル様は見目麗しい女性で、わたくしも女でございます。ですが、この気持ちは殿方にも負けません。ですからどうかわたくしにセシル様と未来を共にする権利をお与えください!」


 年下から年上の異性だけでなく同性からも真剣にお付き合いを申し込まれて、セシル自身が毎回驚いていた。彼女は困った顔をしたのち、必ず同じ答えを口にする。


「ありがとう。あなたの気持ちはとても嬉しい。わたしのような人間と一緒になりたいと言ってくれて、こんな自分でも選んでもらえるのだと励まされる思いだ。あなたは心が広く、優しいのだな。本当に、ありがとう。……でも、申し訳ない。今はまだ結婚するつもりはない。だからわたしではなく、他のもっと素敵な人をどうか見つけてほしい」


 誠実な口調と共に頭を下げられると、相手は目に涙を浮かべつつ諦めるしかなかった。中には号泣しながら走り去っていく者もおり、そんな後ろ姿を悲しそうに見つめるセシルに、ガブリエルは猛烈な焦りと苛立ちを覚えてしまう。


「――セシル。話がある」


 気づけばガブリエルは、食堂で友人たちと楽しく食事をとっていたセシルの前でそう告げていた。何やら深刻な話なのかと勘違いしたセシルは人気の少ない中庭に行こうと言い、二人きりになった……つもりだったが、隠れて盗み見る観客がいることに気づく。


「えっと、他の場所にしようか?」

「いや、いい。……お前が気にするなら、移動するが」

「ガブリエルが気にしないのなら、わたしもここでいいよ。それで、話って?」

「ああ――セシル。俺はお前が好きだ」


 直球すぎる。


 外野の誰かがそう呟いたが、構わずガブリエルは続けた。


「お前には、この先もずっと俺のそばにいてほしい。今はまだ将来のことは考えられないと思う。だから、正式に騎士になり、生活が落ち着いたら、俺と結婚してほしい」

「ああ、いいよ」


 ガブリエルが言い終わるや否や、セシルは穏やかな表情で承諾してくれた。


「ええっ。そんなあっさりと!」


 ついに我慢できなくなった様子で外野の一人が生け垣から顔を出して訴える。馬鹿! と隣のやつに頭を叩かれていたが、納得できなかったのは他にもいたようで、「なんでだよセシル!」と理由を尋ねる。


「わたしもガブリエルが好きだから」


 振り返ったセシルに笑顔で答えられ、反対していた人間はみんな理解させられる。どんまい、と肩を叩かれていた。


「ガブリエルはセシルにとっても特別だって気づいていただろう? わかりきっていたことじゃないか」

「ガブリエルのやつは思いきり牽制していたし、セシルも俺たちには絶対見せない気安さで接していたもんな……」

「うう。セシルたんのあんな顔、俺じゃ見られない」

「まぁ、前向きに考えようじゃないか。セシル殿の花嫁姿が見られるのだ。それはもう致死量の可愛さに違いない!」


 セシルは呆れたり泣き崩れる面々を放ってガブリエルに向き直ると、珍しく照れたような顔をして改めて告げる。


「ガブリエル。これからもわたしのそばで肩を並べてくれ」

「それはこちらの台詞だ」


 この時の告白はあっという間に他の人間にも広まり、父の耳にまで届いてしまう。


「――ガブリエル。セシル・フレイとの結婚は、考え直してほしい」

「なぜですか」


 どうしてお前のような、今までろくに父親らしいことをしてこなかった人間に口出されないといけないのか。


 ガブリエルは喧嘩腰になりそうな自分を必死に抑え、硬い口調で一応理由を尋ねた。


「彼女ではお前の相手に相応しくないからだ。心身共に捧げる方が他にいる」

「セシルには俺よりも相応しい相手がいる、という理由ならば百歩譲って許せますが、セシルが結婚相手としてだめだという言い分は全く納得できません。いよいよ本格的に耄碌してきたらしいですね。ああ、でもすでに頭の方がイカれてしまっているので、当然ですか」

「ガブリエル。私は本気でお前のために言っているんだ。お前が心を砕く相手は他にいる。その方がお前の運命の相手だ。結ばれなければならない女性だ」


 話にならなかった。息子の言葉が全く聞こえていない様子でどこかここではない遠くを見ている父の目が狂気に染まっているように見えて、ガブリエルはこれ以上取り合うことをやめた。


 父が反対することは、なんとなく予感していた。


 だが国王に許しを得ることで何の問題もないと、この時のガブリエルは楽観視していた。


 しかし――


「侯爵が認めないと言っている相手を、私が結婚相手として許すわけにはいかない。それにな、ガブリエル。私も卿と同じ考えだ。お前にはセシルよりも相応しい女性がいる」


 そう言って紹介されたのが、ヴェイユ王の娘、ナディア姫であった。


 彼女の可哀想な境遇を国王は熱を込めて話す。


「アンリも、そなたと姫が結ばれることを願っている」


 ナディアが、父がかつて仕えていた姫の娘、家族よりも深く愛している女の娘だと知り、ガブリエルは頭が真っ白になり、次いで全身が総毛立つ。信じられない思いがした。


 どの面下げてそんな相手と結婚しろと言っているのだ、と。


 もちろん、シャルレーヌの娘には何の罪もないことはわかっている。


 その娘だって、父のことを嫌っているかもしれない。……いや、本当にそうだろうか。もしかすると、シャルレーヌは父をナディアに会わせたかもしれない。そしてまるで父親のような振る舞いをさせて、ナディアも冷遇する実父の代わりに懐いたかもしれない。そんな三人の姿はまるで本当の家族のようで――


(馬鹿らしい)


 そんなはずない。ただの妄想だ。仮に真実だとしても、どうでもいい。父に対する失望が増すだけだ。


「ナディアはシャルレーヌにそっくりだそうだ。お前の父アンリはシャルレーヌを深く愛していて、ヴェイユ王さえ望まなければシャルレーヌの夫となっていただろう」


 ヴェイユ王が望んだ、と国王は言ったが、真実は違う。


 革命の余波を恐れて王族同士の繋がり、そして国同士の絆を深めるためになされた政略結婚だ。シャルレーヌは確かに不運な女性であるが、彼女一人だけがそうだと決めつけるのは違う気がした。


「シャルレーヌには、本当に悪いことをした。可哀想な子なんだ。だからせめて、娘のナディアには誠実な男性と結ばれてほしい」


 その役目を自分に求めるという。

 正気かとガブリエルは主君の顔を見続けた。


「私には、恋人がおります。セシル以外の女性は考えられません。仮に王女と結婚しても、愛することはできないでしょう」


 それこそ、父と同じになる。――そこまで考え、ガブリエルは嫌悪感を覚えた。自分は決して父のようになるまいと心に誓って今まで生きてきたというのに、今奇しくも父と同じ立場に置かれようとしている。


 愛している女性と引き裂かれて、無理やり別の女性と結婚するよう命じられている。逆らうことは許されない状況に。


「なに。会ってみれば気持ちが変わるかもしれない。王女と結婚するのだから、それ相応の身分を授けよう。そなたの領地で暮らしたいというなら、支援も惜しまない。どうだ? そなたにとっても悪い話ではないはずだ」


 あくまでも穏やかな物言いであったが、国王の口から発せられたことで、必ずナディアと結婚しろという圧を感じる。


「陛下。私は――」


 国王がそれ以上ガブリエルの拒絶を聞くことはなかった。


 その後、ガブリエルは再度父に捕まり、ナディアの騎士として誠心誠意尽くして仕えるようすでに決定事項のように言い迫った。まるで自分が姫と結婚するかのような浮かれ具合に苛立ちと微かな恐怖を覚えて、冷たく言い返す。


「あなたが俺と姫に誰を重ねているか知りたくもありませんが、俺が想う相手はセシルだけです。主君の命で王女に騎士として仕えることはしても、彼女と一緒になるなど、絶対にない」

「いいや。お前は姫を好きになる。あの方に出会えば、心奪われる。お前たちはそういう運命なんだ。私の血を引き、姫は彼女の血を引いているのだから」

「……それで、あんたは報われるとでもいうのか。シャルレーヌ様と一緒になれなかった代わりに、彼女の娘と俺を無理やり番わせて、それで愛する女との想いを添い遂げたとでもいうのか」

「ああ、そうだとも。お前と姫が一緒になれば、私があの時彼女と別れさせられた意味があった」


 ガブリエルからすれば、迷惑極まりない話である。


 そして母や自分たち家族を馬鹿にしているように感じた。どこまでいってもこの人は、昔の女に囚われている。息子の未来までも過去の妄執で奪おうとしている。


 どうしてそこまで。許せない。ここまで囚われるならなぜ――


(母さんと一緒になったんだ)


 愛してもいない女と結婚しなければならなかった。義務だった。


 そう言われても、到底納得できない。


 同じ男だからわかる。父は求める女が手に入らなかったから、その行き場のない思いを母にぶつけていた。愛してもいない女を抱いて、悲劇の自分に酔っていた。


 跡取りを残すために仕方なく……という義務感から子どもを作ったのならば、後継者の兄と何かあった時の代わりである自分だけで十分だったはずだ。


(リリアンやジルに、あんたは見向きもしない。気にかけるのは面がそっくりな俺だけ。あんたにとって、子どもすら愛する女のための道具なのかよ)


 怒りや憎しみがやるせない感情に襲われて、ガブリエルは渇いた声で笑った。


 きっと母や兄も、こんな気持ちだったのだろう。


「俺はあんたじゃないし、あんたの代わりにはなれない。こんな形で一緒になっても、誰も幸せになれない。あんたの思いが報われることも永遠にない」

「ああ、そうかもしれないな。だが、それならばそれでいい。お前も、かつての私のように愛した女性を失う苦しみを味わえばいい。彼女以外と結婚して家庭を築いていく虚しさをその身に刻んでいけばいい」


 父は笑って呪いのようにその言葉を吐いた。


「……あんたを心の底から軽蔑する」


 息子にそこまで言われても、父は笑うだけだった。


 もはや逃げ場がないと思われる状況に追い込まれつつ、ガブリエルはセシルにこのことを伝えた。


「そうか。わかった」


 セシルが取り乱すことはなかった。むしろひどく落ち着いている様子だったのが、ガブリエルには悲しかった。


 ガブリエルの両親とは違うが、セシルの両親もまた愛し合っていなかった。むしろ間近で父親が愛人とその娘を可愛がる光景を見せつけられたぶん、ガブリエルよりも心の傷は深いはずだ。


 きっと彼女は心のどこかで人は簡単に誰かを裏切ると思っているし、愛というのが容易く壊れるものだと信じて疑わない。彼女の今までの人生がそう思わせたのだ。


 だからといって他者を傷つけたりしないのが、セシルの強いところだ。


「ガブリエル、大丈夫か? ラガルド卿に何か言われたんじゃないか?」


 今もまた、自分よりも相手の心配をしている。普通はこういう時、じゃあわたしの将来はどうなるの? と怒って相手に詰め寄るものではないだろうか。


 ガブリエルは不意にセシルを抱きしめたい気持ちになったが、ぐっと堪えて、代わりに彼女の手を取った。


「セシル。俺は絶対、お前と結婚する。だから、俺を信じてくれないか」


 セシルは驚いたような顔をして、すぐに朗らかに笑った。


「もちろん。お前のことは誰よりも信じているよ。……本当に大丈夫?」


 いつもと様子の違うガブリエルに違和感を覚えてセシルが再度尋ねるので、ガブリエルはああと頷いた。


 セシルの顔を見て、改めて彼女を幸せにしたいと思った。


(国王が反対するというならば――)


「珍しいね。きみが僕に会いたいなんて。愛しい者のためならば、きみもなりふり構わないということかな。愛の力だね」


 ステファンとは別に険悪な関係というわけでもなかった。そもそも彼は王太子であるのでガブリエルの方から気軽に話しかけられる人ではない。……彼がセシルを気に入って子どものようにちょっかいをかけることに対して何も思わないわけではなかったが。


「それで、駆け落ちでもするのかい? 僕を証人にして極秘結婚、つまり強行突破するとでも?」

「万策尽きたらその方法を考えていますが、あくまでも最終手段です。穏便に済むのならば、それが一番です。……周りに反対されて結婚するのは、セシルも辛いでしょうから」

「なるほど。では徹底抗戦するんだね。僕の父やかつて理想の騎士と言われたラガルド卿と戦うわけだ! 愛する人のために!」


(……この人、苦手だ)


 言い方が一々喜劇役者のようで国王とはまた違った意味で疲労が出る。


「ガブリエル・ラガルド! きみの欠点は嫌な感情がすぐに顔に出ることだ! 相手に弱みを晒し、付け込まれる要因になるから気を付けたまえ」

「……殿下は、陛下によく似ていますね」

「そういうところも直したまえ。僕はあの人があまり好きではないからな。次言ったら協力しないぞ」


 嫌いとは初耳である。


 これもまた顔に出てしまっていたのか、ステファンは品のある顔でにやりと笑った。


「似ているがゆえに自己嫌悪に陥ることがある。あの人は自分の愛する女――僕の母がヴェイユ王の妻になるのが嫌で、代わりに妹を嫁がせたんだ。実に巧妙な方法でね。その罪悪感で今、貴公とナディア姫が犠牲になろうとしている」


 それもまた初めて知る内容であった。ステファンが事情を明かしてくれるのは父親に対する反発心からか。


(罪悪感、か……)


「叔母上――シャルレーヌを溺愛していたそうだからね。アンリ、きみの父親とも仲が良かった。だから、何とかしてしてあげたいという気持ちから暴走しているんだ。何とも迷惑な話だろう?」


 ガブリエルは返答せず、沈黙で肯定した。


「赤の他人からすれば、そんなことで臣下の恋路を邪魔するなと言いたくなる。非常に面白くない。だから僕はあの子の味方になってあげようと思っている。だが、僕があの子と結婚するわけではないからね。具体的な案は、きみが練りたまえ。きみの方からわざわざ呼んだんだ。すでに考えはあるだろう? 教えてくれ」


 無駄話は嫌いだと次の娯楽を求めるようにステファンが急かす。


 ガブリエルに、特に巧妙な案はなかった。もともと彼は窮地に陥っても持久戦と力で何とかする性格で、「脳筋」と他の騎士たちから評されていた。


 だからこの場合も同じで、ただセシルと約束したことを果たすだけだ。


「俺を王女の護衛にするなら、セシル・フレイを王女の侍女にしてください」


 セシルのそばにずっといる。


「――初めまして。ナディア・ヴェイユと申します」


 ナディアと初めて会った時、ああ、この女が、父の心を奪って離さなかった女の娘か、と思った。


 心がざらつくような不快感や父に抱くような憎しみがわくかと危惧したが、他の令嬢たちのように華奢な容姿に、ただ守るべき対象だと冷静に受け止めることができた。父が言ったような運命は何も感じなかった。


「ガブリエル。ナディアは美しい娘だろう?」


 確かに美しい。でも、それが彼女を好きになる理由にはならない。ガブリエルの心を動かすのは、セシルだけだ。


「姫もガブリエル様のことは嫌いではないご様子です」

「ナディアはシャルレーヌ様によく似ているわ。気立てがいいところも、聡明なところも。あなたとお似合いだと思うの」

「姫様を幸せにするのがお前の定めだ」


 ポーレット、王妃、父と、みなガブリエルにナディアを選べと言ってくる。


「ね、ガブリエル。わたくしがそばにいて、迷惑ではない?」


 ナディアがそう訊くと、ガブリエルは騎士として失礼ではない言葉を返した。それを見て、ますます周りはガブリエルと姫が似合いだと褒めるのだ。


 貼り付けたような笑顔、柔らかな物腰はすべて父を真似たものだった。


 彼らがかつての父を望むというならば、己を殺してその通りに演じてやろうと思った。


 だが次第に少しずつ心が疲弊してくる。一体自分は何をしているのだろうと虚しさに襲われる。自分で決めたことなのに、操り人形になったみたいな気がしてくる。


(このまま、俺も父と同じになるのか)


 あんな男のようになりたくない。でも、父の真似事をしていると、本当に父と同じ道を歩んでいるようで、恐怖を覚える。


(違う。俺が好きなのは、セシルだ)


 けれどセシルをこのまま想い続けることは、あの男と同じになるのではないか。そんなの絶対に嫌だ。耐えられない。


(俺は――)


「どうした、相棒。そんな顔して」


 座ってぼんやり武具の手入れをしていたガブリエルの背中に体重をかけて乗っかるのは、セシルだった。


「気分が晴れないのなら、遠乗りにでも行かないか?」

「いや……何かあった時のために、ここにいた方がいい」

「そうか。そうだな。今、わたしたちは姫の護衛を任されているのだから、当然だ」


 そう言って彼女はわざわざ狭い木の椅子に背中合わせで座ってきて、背中を預けてくる。


「なぁ、ガブリエル。騎士がそんな顔をしてはいけない。たとえどんな敵を目の前にしても、守るべき者に恐怖を与えないよう、笑みを浮かべるんだ」

「……情けない話だが、今の俺は自分のことで精いっぱいだ」


 背中の温もりが消えたことで、セシルが離れたのがわかる。呆れたのかもしれない。自分で決めた道なのに、追いつめられて揺らぎそうになっている。これではセシルが愛想を尽かすのも当然だ。


(俺じゃ、お前に相応しくないかもしれない)


 ガブリエルの心が折れかけた次の瞬間、傷だらけの手で両頬を挟まれた。


 自分を真っ直ぐ見つめるセシルの顔がすぐ目の前にあった。


「聞け、ガブリエル。確かにわたしとお前はこの先、男女の契りを結べないかもしれない。だが、わたしたちは騎士だ。ともに肩を並べて己を鍛え、この国を守ろうと剣に誓った。誰にも侵すことのできない尊い絆がある」

「絆……」

「そうだ。仲間を助けるためにお前とわたしでイノシシの群れに突っ込んで応戦したことや、わたしが変態領主に捕まって城に監禁された時、お前がメイドに扮して助けに来てくれて、領主を共にぼこぼこにして、他にも捕まっていた女子どもたちを解放しただろう?」

「……もっと他にもあるだろ」


 なぜよりにもよってそれを出す……と微妙な顔をするガブリエルにセシルは微笑んで命じた。


「ガブリエル・ラガルド。わたしはお前が暗闇に堕ちることを絶対に許さない。どんな運命が待っていようと、前を向いて歩け」

「……それは、俺がナディア様と結婚しろと命じられても、彼女を愛せという意味か」


 そうだ、とセシルは迷うことなく即答した。


「彼女を傷つけるような真似をするならば、わたしはお前を心の底から軽蔑する」


 セシルのあまりにも潔い言葉に、ガブリエルは二つの感情に襲われる。


 一つは安堵だった。ガブリエルは自身も父のようになるのではないかと恐れた。ナディアを愛さないことは、彼女を父に冷遇された母のようにするのではないかと考えた。


 だから、絶対に愛せと叱咤されたことで、セシルの強さに救われたような気がした。彼女ならば、シャルレーヌと違い、そう言うと思った。そんなセシルに自分は惚れたのだ。


 しかし同時に、恋人として自分を求めてくれないのか、という苛立ちも覚えた。自分を愛しているのならば、ナディアではなくわたしを選んで絶対に離さないでくれ――強く求めてくれないのかと焦燥感に駆られる。


(俺はなんて面倒な男なんだ)


 それともこれが人を愛するということなのか。


 きっと相手がセシルだからだ。彼女は出会った時から自分の心を離さなかった。


 父の言う運命の相手はナディアではない。セシルなのだ。


「俺がナディア様と一緒になったら、セシルはどうするんだ」

「そうだな……三日三晩泣き続けて、お前よりもうんといい男を絶対に見つけてやるために、国中を旅するかな。それで家族を作って、死ぬまで幸せに暮らす」


(ああ。きっとお前だったらそうするな)


 ガブリエルもセシルの立場だったら、騎士団を辞めて同じようにするだろう。


 国中・世界中を旅して、セシルよりも愛する女はいないと確認して、セシルを想いながら独りで生涯を終えるのだ。


(俺も、あいつと同じだ)


 認めよう。何度心の底から軽蔑しても、違う、絶対にあんなふうにならないと言い聞かせても、ふとした時に、ああ自分は父親と同じだと思ってしまう。その未来を、もう否定はしない。


「そうか……わかった。お前の言う通り、逃げない。前を向く」


 この先も恐らく、あの男の血を引いていると自覚する瞬間が来る。そしてその度に嫌悪感に襲われて、苦しみながらも同じ存在であることを受け入れて――


(俺は何があっても、お前を選ぶよ)


 最後には違う道を選ぶのだ。

 それが自分と父の違い。運命の分かれ道だ。


 同じだからこそ、決定的な道は絶対に踏み外すことはしない。


(あんたは何があっても、愛する人を選ぶべきだったんだ)


 抗って結局シャルレーヌと結婚できなかったとしても、独身を貫けばよかった。


 ラウラと結婚しなければよかった。結婚して子どもができても、結局彼にとって一番はシャルレーヌだったのだから。


 そう考えることが母や自分、兄や弟たちの存在を否定するとしてもガブリエルはそう思った。


 中途半端に父親として関わるくらいなら、いっそ赤の他人になって一生顔を見せないでほしかった。そうすれば母も、もっと自分を愛してくれる大切な人に出会えたかもしれない。兄も苦しまずにすんだ。


 父の選択は間違っていた。自分は同じ轍は踏まない。


「セシル。励ましてくれて、ありがとうな」


 迷いが消えて覚悟を決めた表情のガブリエルにセシルは少し驚いたのち、どこか寂しそうにも、けれど相手の幸せを願うように優しく微笑んだ。


「――ナディアとの結婚、結局受け入れるの?」


 ガブリエルが国王や父親に対して表立った反抗を見せなくなったからか、ステファンはセシルと一緒になるのを諦めたと勘違いしたようだ。


「いいえ。むしろいっそう強い思いで成し遂げる所存です」

「なーんだ。残念」


 軽薄な返事にガブリエルは少し将来が不安になる。


「きみがセシルを捨てるなら、僕がセシルと結婚しようと思っていたのにな」

「セシルがあなたを選ぶことはありません」

「即答!? ……そんなのわからないじゃないか。それに、自分を振った相手よりも身分も顔もいい男を選ぶことが最大のぎゃふんになるじゃん」


 ガブリエルは笑うと、ステファンは馬鹿にされたと思ったのか眉を寄せた。


「確かにセシルに、もし別れることになったら、たくさん泣いて、俺よりもうんとかっこいい男を選ぶと言われました」

「え、本当? ならやっぱり僕が適任じゃないか」


(……国王も昔、殿下のような性格だったのだろうか)


 この過剰なまでの自信……なおさら将来が不安になる。


「僕ならセシルの心の傷にも寄り添ってあげられる。彼女もまた、複雑な生い立ちだからね」

「セシルにも、そんなふうにおっしゃったのですか」


 ステファンは不思議そうな顔をして、いやと答えた。


「直接は言っていないよ。ああ、でも、近いことは言ったかな?」

「……では今後、絶対に言わないでください」

「そこまでデリカシーのない男ではないが……だが、距離を縮める上で、どうしても向き合わなければならないこともあるだろう? その時、僕が彼女を支えてあげたいんだ」

「殿下の考えは男として立派だと思います。ですが……恐らくその問題は、彼女自身が自分で答えを見つけなければいけないんです」


 ステファンは微かに首を傾げた。


「よくわからないな。僕が支えてはいけないのか」

「もちろん、相手が苦しんでいる時、寄り添うことは大事です。相手にとって勇気づけられるでしょう。でも、結局最後は自分で納得しなければならない。そうじゃないと、前へ進めないんです」


 残酷な話であるが、きっとガブリエルが抱える苦しみは誰にも理解できない。わかるよと言われても、お前は俺じゃないのだからわかるはずがないと思ってしまう。


 セシルもきっとそうだ。彼女が味わった苦痛は彼女にしかわからない。


 似ているところはあっても、全く同じではない。その差異は埋まらない。


 自分で傷を受け入れて、どうするか決めるしかないのだ。


 ガブリエルがそうであったように。


「自分で答えを見つける、か。もどかしいな。愛する人のために何かしてやりたいと思ってしまう」

「ええ。だから、一番近くで見守るんです。そして彼女がどんな答えを出しても、俺はそれを受け止めたい」


 自分が愛しているのはセシルの善性だけではない。彼女が実父や愛人に抱くドロドロした憎悪や怒りも、彼女の魅力だ。等しく愛している。すべて受け入れる。


「……なるほど。僕では、到底届かぬ愛のようだ」


 まだまだ未熟だな、と肩を竦めたステファンは、「しかし……」とガブリエルの顔をしげしげと見てくる。


「きみはセシルと似ているな。セシルにも以前、きみの両親のことを無神経に聞くなと注意された。きみだけでなく、ナディアにも気を配れとね」


 セシルらしい。


「お互いに深く想い合っているのがわかる。強い絆があるんだな。……いいな。きみたちの関係が羨ましいよ」


 そう零すステファンの横顔が普段見せないものだったので、ガブリエルは珍しく思った。やりたい放題であまり悩みのようないに見える彼にも彼だけの孤独があるのかもしれない。


 そんな失礼なことを考えて返答に悩むガブリエルだったが、すぐにステファンはいつもの飄々とした雰囲気に戻ってそれで? と訊いてくる。


「あちらはそろそろ大詰めを迎えるつもりだろう」


 このままでは喰われるぞ、と脅されて、ガブリエルはわかっていると頷いた。


 怪しい人間を城内で見かけた。目撃者はポーレット。彼女の部屋が荒らされて、ナディアは当然不安になった。


「どうして姫の部屋ではなく侍女の部屋が荒らされていたのか。姫を直接狙うこともせず……仮に侍女の部屋に何か目的があって入ったとしても、痕跡を残し過ぎている。こんな状態では、侍女がヒステリーを起こし、姫の警備を厳重にしろと喚いてもおかしくない。心強い騎士を常にそばに付けるようにね」

「国王陛下も大変姫のことを心配して、私に相談なさりました」


 自然な成り行きに思えて、作為的な行動。


 ポーレットと国王が裏で手を組んで、わざと姫を危険な行為に晒した。そして夜の間もガブリエルが姫のそばにいるよう手配した。


 ガブリエルはセシルにも相談して、あえて彼らの策略にはまることにした。荒事ならば今まで幾度も経験して潜り抜けてきた。


 だがまさか姫に媚薬を飲ませて事に及ぼうとは思いもしなかった。それも結局セシルが泥をかぶることで救われた。


「――ごめんな、セシル」


 ガブリエルは安らかな顔で眠りについたセシルの頬をそっと指先で撫でる。


 媚薬の効果を打ち消すために苦痛を伴う薬を自ら飲んで耐え続けた彼女に、ガブリエルは一晩中そばで寄り添うことしかできなかった。代わってやれるのならば自分が苦しみたかった。


 綺麗な髪まで切らせてしまった。


(絶対に許さない)


 仕える王女に薬を盛ったのだ。ポーレットには尋問を受けたのち、それ相応の罰を受けてもらう。国王にも――


(セシルはどんな主でも支えるべきだと言うだろうな)


 だがガブリエルはそうは思わない。自分はセシルのために騎士になったのだから、彼女を傷つけるような人間にもはや忠誠心は持てなかった。




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