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田辺 OF THE DEAD~みんな死ねばいいのに~  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第14話 磨り減った温度

 ――登くん・・・登くん・・・


「登くん・・」


 声が聞こえた。目を開けると霞んだ視界の中にいたのは、美鈴だった。


「なに、どうしたの?」


「先生が呼んでるよ」


 美鈴が指さす先を目で追っていくと、小川先生が俺を見ている。


「田辺起きたか?じゃぁこの英文、訳してみろ!」


「え~とっ・・・分かりません・・」


 英語は苦手だ。そんな唐突に言われてできるわけないだろ。


「はぁ・・もっと真面目に勉強しろ」


 不貞腐れた態度もせず、ただ「はい」と軽く返事をする。ぐれてはいない、やる気がないのだ。


「もぉーちゃんと起きてなよ――分からなくなるよ」


 呆れられるのが癖になっているのかもしれないが、美鈴の方も呆れるのが癖になっているのだろう。


「今日はなんか眠いんだよー目も(かす)むしさぁー」


 何度、目をこすっても(もや)が取れない。


「ちゃんと聞いてないと卒業できないよ」


「大丈夫だってぇ~それよりもう願書出した?」


「――え?」


 それまで明るく元気のあった美鈴の声が、急に小さくなった。


「願書だよ願書!俺と同じ大学に行くんだろ?」


 俺は何となく自分の言葉に違和感を覚えながらも、会話を続けている。


「――ごめんね・・大学には行けないの・・・」


 美鈴は俯いたまま、小さく呟いた。

 気づくと教室には俺と美鈴以外誰もいない。窓の外からはカーテンが微かに揺れるほどの風が吹いている。


「どういう意味だ?同じ大学に行くんだろ?そしたらまたずっと一緒にいられるからって、そう2人で話しただろ」


「一緒には行けないの・・・だって」


 彼女が何かを言いかけた瞬間、ものすごい数の写真が頭の中に入ってくるような感覚に襲われた。


「やめろ・・・言うな・・」


 それは記憶だった。


 聞きたくない――何を言おうとしているのかは分かっているから


 ――「私、もう死んでるから」


 橋本さんは俺の目を見て、微笑んでいる。

 橋本さん?――何で俺はさっきまで橋本さんのことを美鈴と呼んでいたんだろうか?

 それに彼女がここにいることも変だ。橋本さんとは大学の入学式で会った。その時が初対面だった。だからここにいるはずがない。


 記憶と今見ている状況を照らし合わせ、理解と否定を繰り返す。


 ――だが自分に嘘はつけない。


 彼女に触れようと伸ばした手は、そのまま彼女の体を通り抜けた。


 ――そうだ、俺のせいで橋本さんは・・・


 その時、全部思い出した。


「ごめん・・俺が・・俺のせいで・・・」


「いいの――登くんのせいじゃない。仕方なかったんだよ」


「でも・・俺は全部分かってた。俺なら救えたはずなんだ――あの時俺が・・・」


 俺は今眠ってるのか・・・ここは夢の世界、覚めたらもう彼女には会えない。


「ありがとう。登くん、私を助けてくれて――私を・・殺してくれて」


 感謝なんかされたくない。殺した事実を受け止めたくないから。


「でも・・もう少し登くんと一緒にいたかったなぁ。一緒に色んなところに行ってみたかった。映画を観たり遊園地に行ったり、あと登くんと・・・」


 彼女は少し恥ずかしそうに笑った。思い出は寂しさと儚さに変わる。だから俺は人を拒んできたのかもしれない。


「行けるさ!ずっとこの場所で、2人でいよう。映画だって遊園地だって何だって、どんなところにだって行ける。ずっと一緒にいよう!」


 ここなら寂しくない。俺も彼女も・・だけど・・


「分かってるでしょ?それはできないの・・・」


 ああ・・分かってるさ


「なんで・・・」


「あなたは生きてるし、私はもう死んでるの。だから一緒にはいられない。それにもうすぐあなたの目が覚める。そしたらここも消える」


 俺はずっと彼女と話をしたかった。俺たちの時間はあまりにも短いものだったから・・


「ずっと気になってた。なんでいつも話しかけてくるんだろうって。なんでいつも優しいのかって。でもそんなことはもう分かってたことで、俺は裏切られるのが怖かったから、気づかないようにしてた。でも――あの時、俺があんなことを言わなければ今もこうして一緒にいられたはずなんだ」


「――私の分まで生きて」


 当然の言葉に俺は何も言い返せない。俺にとってそれは最もつらいことだったからだ。


「登くんの気持ちは全部分かってる。だから私の気持ちも分かってほしいの――私は登くんに生きてほしい。私の分も・・」


「こんなくだらない世界でどうやって生きるんだよ?!もう誰もいない!みんな死んだ!外は死体が歩き回ってる。血の匂いしかしない――橋本さんも・・いない・・・」


「――美鈴でしょ?」


 彼女は真っ直ぐ俺の目を見つめた。


「私は登くんの彼女でいたかった。だから登くんには名前で呼んでほしい」


 教室の壁が霧に変わっていく。


「そろそろ時間みたい――私の名前を呼んで、あの時みたいに・・」


「――美鈴・・・俺はもう生きたくない。ここにいたい、美鈴と一緒に・・」


「ありがとう。でも、登くんにはまだ助けられる人がいるでしょ?その人を助けてあげて、そしたら登くんも救われる――私はずっと見守ってるから。登くんを・・・」


 霧は彼女の体を包み込もうとしていた。視界がだんだん白くなっていく。


「美鈴――愛してる。ずっと・・・」


「――分かってる・・私も・・愛し・・・て・」


 視界が真っ白になり何も見えない


 もうどこにも彼女の姿はない


 だんだん視界が暗くなり、気づくと完全に何も見えなくなった。

 そして――俺は孤独と共に目が覚めた。


 ――美鈴・・


 *****************************




 目が覚めると俺は車の中にいた。そうだった――俺たちは村田さんの職場だという研究所に向かっていた。体を起こすと、車内には誰もいなかった。

 車の外に目をやると――ガソリンスタンド?


 ――そういえば、途中でガソリンがどうとか言ってたなぁ


「田辺くん起きた?」


 窓の外から結衣さんの声が聞こえた。


「――うん」


 俺は外に出て背伸びしながら、辺りを見渡した。


「おっ!田辺、起きたか。いいもんあったぞ」


 建物から冬也さんと村田さんが出てきた。手にはそれぞれ食べ物が入ったビニール袋を持っている。


「どうしたの!――田辺くん大丈夫?」


「え?」


「だって目から・・ほら」


 結衣さんは俺の方を見て、心配そうな顔をしていた。

 まったく気が付かなかった。

 ――目から涙が流れている。


「おいおいなんだよ田辺、怖い夢でも見たかぁ?」


 俺は手で涙を拭った。


「何でもないです。それよりガソリンはどうでしたか?」


「それは問題ない。田辺くんが寝ている間に済ませた」


 村田さんは手に持った袋を見せながら、そう言った。


「――すいません」


「ホントに大丈夫?」


 結衣さんは俺が涙を流していたことに心配している様子だった。何故泣いていたのか、俺にも理由は分からなかった。



 何だろう?何か大切なことを忘れているような気がする。夢の中に橋本さんがいて、何か俺に大切なこと言ったような気がする。


 ――『美鈴でしょ?』


 (おぼろ)げな記憶の中で声が聞こえた。

 美鈴――そう呼ばなければいけないと、何故かそんな気がした。


「大丈夫?田辺くん――少し休んだら」


「どうしたんだよ田辺?ガソリンスタンドを出発してから、お前一言も喋らねえじゃねえか――あんまり結衣に心配かけんじゃねえぞ」


「えっ・・あ、いや・・すいません。寝起きで少し調子が出ないだけです――少ししたらすぐ良くなります」


 思い出せないことをいつまでも考えたって仕方がない。


「もう大丈夫です――研究所には後どれくらいで着きそうですか?」


「まぁ1時間はかからない、気長に行こう。ただ繁華街に入ったら警戒してくれ、何があるか分からない。もうゾンビに囲まれるのは嫌だからなぁ」


 村田さんは根に持つタイプなのかもしれない。


「なんだよまだ気にしてんのか?あれはお前のせいじゃねえって」


「――気にしてない」


「いやちょっとは気にしろよ!ちょっとは!」


 2人が俺に気を使って、(なご)ませようとしてくれているのは分かっている。


「お兄ちゃん、あれ!」


 結衣さんが急に大きな声を出した。何事かと思い、結衣さんの目線の先を追うと、前方から何かが来る。

 それは近づくにつれ、はっきりした。


 ――自衛隊だ。


 冬也さんは助けてもらおうと提案した。村田さんも自衛隊がまだ機能しているなら、保護を頼むべきだと。

 そして進行方向を自衛隊の車両数台に防がれ、俺たちは動けなくなってしまった。


「おいおいどういうことだよ!なんかやばくねぇか?これ」


 さっきまで余裕の表情だった冬也さんの顔が曇り始めた。それは冬也さんだけではない。


 自衛隊の各車両から数十人の隊員が出てきた。俺はその数に唖然としたが、安心もした。しかし、それも束の(つかのま)。隊員たちは一斉に銃を向けてきた。


「マジかよ・・勘弁してくれよ・・」


 思ったことが自然と口から出てしまう。それが冬也さんだ。しかしその意見には同意する。

 まったく勘弁してほしい。


「車から出ろ!」


 隊員の一人が大きな声で叫んだ。


「言う通りにしよう」


 村田さんの判断に従うしかなさそうだ。

 結衣さんは不安そうな顔をしている。俺だって不安だ。はっきり言って、ゾンビより厄介だ。この世界ではゾンビよりも人間の方が脅威だということを忘れていた。

 俺たちは言うとおりにした。


「武器は全部渡す。だから俺たちを保護してくれないか?」


 村田さんとしても賭けなのだろう。

 こいつらの狙いが住民の保護意外だった場合、それは・・・考えたくない。


「誰か噛まれた者はいるか?」


「いません。誰も噛まれてません」


 村田さんが答えた。

 結衣さんは俺の手を握ってきた。俺はそれを握り返す。それくらいのことしかできない。

 隊員は何かを話している。


「銃を下ろせ!――よし分かった。君たちを保護する。」


 絶望的な状況は希望へと変わった。


「ありがとうございます」


 自然と笑みがこぼれた。結衣さんも落ち着いた表情をしている。


「かぁー助かったぁ!マジで撃ち殺されるかと思ったぜ」


 冬也さんは緊張の糸がほぐれたのか、いつもの冬也さんに戻っていた。

 一人の隊員が近づいてきた。


「撃ち殺しはしない。我々は生存者保護のため一定の範囲内を探索している。さっきはすまなかった。中には攻撃的な生存者もいるんでな――近くに避難所がある。我々はまだ探索を続けるが、隊員の一人に避難所まで案内させよう」


 避難所があるとは驚きだ。母校はめちゃくちゃだったというのに・・・


「あの、お聞きしたいんですが――日本はどうなったんですか?これって病気とかそういうレベルじゃないですよね?」


 俺はこの状況の真相が知りたかった。


「正直我々にも分からない。だが使命は果たす。我々にできるのは君たちを避難所まで誘導し、保護することだけだ」


 彼らが本当に何も知らないのかは疑問だが、仕方ない。ここで反抗的な態度をとっても立場が危うくなるだけだ。保護してくれるのならされておこう。


「では隊員についていってくれ」


 俺たちは車に乗り込み、前の車両に誘導してもらう形で避難所へと向かった。

 避難所に着いたら検査を受けるように言われたが、それは映画でも見たことがある。

 感染していないかどうかを検査するんだろう。

 彼らを信用するのはもう少し待った方がいいかもしれない。

 軍人は大抵、悪人ばかりだ。もちろんそれは映画の話なのだが、まずは様子を見た方がいいかもしれない。ただここは日本で、彼らは自衛隊だということも分かっている。

 しかし、最後に頼れるのは自分だけだ。彼らを信じたことで結衣さんが危険に晒されるようなことがあってはいけない。

 用心に越したことはない。


「まさかこんなことになるとはなぁ――村田。研究所はどうするんだ?」


「もちろん延期だろう。行く必要がなくなったんだからなぁ」


「避難所がどんなところか分かりませんが、彼らを信用するのは待った方がいいと思います」


「でも保護してくれるって言ってたよ―大丈夫だと思うけどなー」


 ここは終末の世界だ。人が本当の意味で人になる。

 恐ろしいのはゾンビではなく、人間だ。


「でも・・・」


「まぁお前の言いたいことも分からなくはねぇ。簡単には信用できねぇよなぁ――まぁでも、やっと安全な場所にいけるかもしれねぇんだ。一度行ってみて、それからでも、遅くねぇんじゃねぇか?」


 冬也さんは俺の不安を取り除きたいだけだろう。

 ただこれは不安じゃない。警戒心だ。


「・・・皆さんの言うとおりかもしれませんし――そうですねぇ・・・とりあえず冬也さんの言う通りにします」


 おそらく何を言っても賛同は得られない――あれから1週間、この世界は彼らにとってまだ「非日常」でしかないのかもしれない。

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