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緩和ケア

作者: 霜月希侑
掲載日:2025/10/12

 緩和ケア病棟は、静かな時の流れに包まれている。がん患者の苦しみを和らげ、最期まで寄り添う場所。白い壁に差し込む夕陽が、柔らかな光の帯を病室に投げかける。


「色々大変なこともあったが、良い人生だったな。ここで最期を迎えられて、俺は幸せだよ」

 田口伸雄は、ベッドの上で小さく呟いた。かつて医師として多くの命に触れた彼は、今、自身の命の終わりを穏やかに見つめていた。医療用麻薬が痛みを抑えるものの、時折、顔を歪める苦しさが彼の強さを試す。それでも、彼の目はどこか遠く、深い安堵を湛えていた。


 私はまだ看護師1年目。慣れない白衣に身を包み、患者さんの前で自分の未熟さを痛感する日々だ。そんな私に、田口先生は静かに語りかけた。

「きみのその心、ずっとそのまま変わらないでいてくれ。きみのその心は、患者の苦しみを和らげる力になるんだよ」

 その言葉は、まるで風に揺れる木の葉のように、私の心にそっと落ちてきた。医師として生きた彼の人生の重み、患者と向き合った無数の瞬間の深さが、その一言に凝縮されていた。私は言葉を反芻しながら、胸の奥で何か熱いものが広がるのを感じた。


 田口先生の病室には、連日、多くの人が訪れた。かつての同僚の医師たち、命を救われた元患者たち。彼らはみな、彼の人生を讃え、感謝の言葉を捧げにきた。病室はまるで、彼の生き様を映し出す小さな舞台のようだった。笑顔と涙、思い出話が交錯し、部屋は温かな空気で満ちていた。



 午後4時46分。窓の外では、夕陽が茜色に空を染めていた。家族や医療者たちに見守られ、田口先生は静かに息を引き取った。まるで長い旅を終え、穏やかな眠りにつくように。彼の顔には、苦しみを超えた安らかな光が宿っていた。


 病棟の廊下を歩きながら、私は思う。田口先生が遺した言葉は、私の中で生き続けるだろう。患者の痛みに寄り添うこと、命の重みを忘れないこと。それが、看護師として歩む私の道標になる。夕陽が沈む空を見上げると、まるで田口先生の笑顔がそこに浮かんでいる気がした。


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