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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

置き土産

作者: 八田里
掲載日:2026/04/25

過ぎ去った日々の中で、唯一忘れられなかった人。

それが、貴女でした。

 誰もいない無人駅に、私は小さな鞄とちょっとした手土産を持って帰ってきました。


  私には小学生の頃から付き合いのある友人がいます。名前はここでは明かせません。頻繁に連絡をとることはありませんが年賀状のやり取りをする友人です。

  つい先日、その子から手紙がきました。


 中身はただ一言、会いたい。

 記憶の中の友人は太宰が好きな、ロマンチストな人でしたから、透かしや炙りなど仕掛けでもあるのかと思いましたが、その他には何も書いてありませんでした。白い便箋を前にして故郷に帰るか、考えたのは一瞬でした。


 厳しい日射しの下、駅から実家までの道を歩く私の側を、学生が自転車で勢いよく通りすぎます。

 スカートの裾をはためかせながら坂をかけ上がる少女に、まだ学生だった自分の姿が重なりました。

 私も高校生の頃はこの坂を歩いていました。時折、父が軽トラで送ってくれようとしたことがありましたが、殆どは断っていました。


 あの子といたかったから。

 恥ずかしながらそんな幼稚な動機で、頑なに自分の足で通いました。帰り道で話すことはあまりありませんでした。時々、話が弾むことがありましたが、普段は思い出したように宿題のことを尋ねるだけで、分かれ道まで無言でした。


 しかし、彼女の隣は居心地が良い場所でした。春の木漏れ日のように澄んでいて、どこからか花の香りが漂うような静謐。私はそのような時間を過ごせる人を彼女以外に知りません。


  正直に打ち明けますとあの子へ向ける感情を何と言ったらいいのか決めかねています。長年の友に対する愛着や親愛なのでしょうか。いえ、違います。それにしては湿っぽいし、重すぎる。

 ですから、見きわめます。胸に居座るこの気持ちが何なのか、私は知らなくてはいけません。そのこともあって私は数年ぶりに故郷に帰ってきました。

 

 水面に藻が浮かぶ濁った池に、田んぼの畦道を突っ切ると見覚えのある家が見えてきました。

 幼いときはあの子の家の前を通るのが嫌でした。秋田犬が喧しく通行人に吠えかかるのです。子供には犬が大きく見えて鎖で繋がれていると分かっていながらも恐いものがありました。門に近づくと、空の犬小屋がありました。考えてみれば、もうかなりの年です。夏の暑さから屋内に避難しているのでしょう。


 呼び鈴を恐々と押すと、はーい、とくぐもった声が聞こえました。あの子です。引き戸の曇り硝子奥から人影が近づいてきました。左手の紙袋を握る手がに力が入るのが分かります。


 「あれ、小泉さん。」

 宅急便だと思ったのでしょうか、ハンコを片手に持っていました。

 「手紙を送ってきたでしょう。あんな手紙が来たら誰だって様子を見にきますよ。」

 外は暑いでしょう、と取り敢えず玄関口に入りました。靴も脱がずに持っていた紙袋を渡します。

 「大したものではないけれど、良かったらどうぞ。」

 気を使わせて悪いわ、と笑顔で受け取ってくれました。その左手には指環がありました。反射で指環を指さすと、彼女は眼鏡のつるをもって照れたように笑いました。


 「実はね。」

 手紙で呼び出されたのは結婚報告でした。貴女には直接言いたかったの、とはにかむ彼女はとても幸せそうでした。もちろん、私は笑顔で祝福しました。おめでとう、としか言えませんでしたが、その様子は友人を祝う模範的な対応だったでしょう。


 その後は部屋に通されて他愛もない会話をして帰りました。久しぶりにはいった友人の部屋は物がなくてさっぱりしていました。友人代表のスピーチをして欲しいと言われましたが、忙しいことを理由に断りました。


 来た道をもどって駅に向かう途中、私はぼんやりと先ほど感じたことを整理していました。

 彼女の左手の指環に気づいたとき、私の胸を占めたのは寂寥感とほのかな喜びでした。これでは彼女に対する気持ちを友人なのかそれ以外なのか判断できません。


 ただの友人という関係だったのでしょうか。

 あの頃の執着は幼い独占欲だったのでしょうか。


 陽炎が揺らぐ駅につきました。

 待合室で電車を待ってると向かいのホームの自販機のそばで、同じ制服をきた女子学生達が話している様子が目に入りました。


 結露したペットボトルのお茶やジュースを片手に楽しそうに笑いあっています。膝にたれた水滴が小麦色の肌にはじかれて、その表面をつたっていきます。


 その光景が容赦なく照り付ける太陽よりも眩しくみえました。

 数年前の私と彼女と重なりました。

 私達にも目的も理由もない、ただ一緒の時間を共有することだけに意味をみいだしていた頃があります。めぐる季節のなかでこの時間だけは永遠に続くのだと根拠もなく信じていた時代があります。


 なんとなく欠伸をするふりをします。

 都会では嗅ぐことのできない池の藻の腐った匂いに鼻の奥がツンとしました。

 

 遠くから踏切のなる音が聞こえてきます。

 少女たちは既に居なくなっていました。

 私も数分後にはここからいなくなります。

 目の前を燕が通りすぎました。向こうには大きな入道雲が見えます。故郷は夏です。

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