声を送る塔
朝。霜の下りた畑が、ぱきぱきと音を立てて割れる。
日が昇るのは遅く、風は冷たかった。
コレヒトは口数少なく、防寒着の襟を立てて歩く。
その後ろを、ロボットが静かについていく。
畑を抜け、草むらを踏み分けた先。
その奥に、それは今も立っていた。
電波塔――
錆びついた支柱に、古い鉄の骨組み。
途中から折れかけたアンテナ。切れかけの鉄線が、風に合わせてかすかに鳴っている。
「支柱の傾き、昨日より6.1ミリ増加。倒壊リスク:0.7%」
ロボットが報告する。
「だろうな」
コレヒトはため息のように返した。
塔の根元に併設された小さな小屋――
中には、古びたモニタ、壊れかけた通信端末、ぐちゃぐちゃの配線。
男は無言でしゃがみ込み、手早くケーブルを繋ぎ直す。
「出力、一段階上げろ」
「了解。出力20%上昇。送信回線、再確立試行中……」
静寂。
風が吹く。
塔の金属部が、キィ……と軋む。
「……応答は?」
コレヒトが聞く。
「通信記録:応答ゼロ。
最終返信:3010時間前。以降不通。試行回数:8942回」
ロボットは報告を終えると、沈黙した。
コレヒトはふぅと息を吐いた。
その表情に、怒りも落胆もなかった。ただ、少しだけ、疲れがにじんでいた。
「……まだ、どこかにいるかと思ってたんだがな」
「“どこか”とは、明確な座標指定がありますか?」
男は返事をしない。
塔の上では、鉄線が風に揺れていた。
きぃ、きぃ、と音を立てる。
それはまるで、何かを諦めきれずに軋ませる“喉”のようだった。
「昔は、ここで“声”を送ってた」
コレヒトが、ぽつりと呟く。
「この村から。あちこちの家に。……たった一人に、送ることもあった」
風がまた吹いた。
ロボットは、その音を“記録すべき環境ノイズ”として処理した。
しかし同時に、風音に対して再処理ルーチンが自動実行された。
――異常処理:ノイズと判断されない感覚発生。
関連感情タグ:未定義。処理結果:保留。
塔の影が伸びていく。
通信は確立しなかった。
それでも、コレヒトは立ち上がり、鉄の支柱をぽん、と叩いた。
「まあ、まだ立ってるだけマシか」
それだけ言って、男は歩き出した。
ロボットはしばらく塔を見上げていた。
金属の揺れが、かすかに風に混じる音に聞こえた気がした。
■記録ログ
発話記録:対象:コレヒト/音声強度:中
発話意図:通信装置の状況確認、および過去の通信履歴への情緒的言及と推定
関連感情タグ:未定義(風音に対する自動再処理ログ発生、処理保留中)