Another World 高梨桜
「うっ……ぅぐっ……卒業おめでとう、桜ちゃん」
「もー、そんなに泣かないで下さいよ。すぐにまた会えますって」
お人形のように整った顔を涙で濡らしながら、私の可愛い後輩が抱きついてきた。
今日は私の高校生活、最後の日だ。
あれだけ教師から指導を受け続けたのに、よく無事に卒業できたものだと我ながら思う。
「すぐにまたって……桜ちゃん、遠くの大学に行っちゃうじゃん……」
「あっちでの生活が落ち着いたら、遊びに来て下さい。波瑠ちゃんなら、いつだって歓迎しますよ」
可愛い後輩や、日菜ちゃん。
大切な人達との別れは、私だってツラい。
それでも、私はこの町から離れたかった。
自分が偽物だなんて、とっくに気づいている。だからこそ、本物の思い出ばかりが散らばっているこの町では生きてはいけない。
この呪縛と私は向き合う気なんてないんだ。
逃げ出すことしかできない自分が、本当に嫌になる。
「こら、波瑠。あんま、先輩困らすな」
「ツバメぇぇ……寂しいよぉ……悲しいよぉ……」
「わかったから、鼻水拭け。すげえ顔になってんぞ」
そう言いながら、常磐くんはポケットティッシュを取り出し波瑠ちゃんに鼻を噛ませている。
この二人はいつもこんな感じだ。
常磐くんとは、波瑠ちゃん繋がりで自然に会話が出来るくらいには仲良くなった。ただ、どこか距離を感じるのは、私が勝手に壁を作っているせいだろう。
「先輩、卒業おめでとうございます。一人暮らしは大変でしょうけど、お身体に気をつけて」
「ありがとうございます。波瑠ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
「ははっ……まあ、コイツの保護者は任せて下さい」
「いつまで経っても、保護者じゃダメですよ。ちゃんと素直になって下さいね?」
「ちょっと……何言ってるんですか」
常磐くんはいい人だ。
でも、割と奥手で素直になりきれないところがある。
この二人と少しでも関わりがある人なら、常磐くんが波瑠ちゃんに恋愛感情をもっていることは嫌でも気づく。
ただ、問題は波瑠ちゃんの方だろう。
恋愛というものがわからないのか。異性として意識している素振りは一切見せない。
……だからこそ危うい。
自分の感情に答えが出せないまま、ただただ常磐くんに依存している。
波瑠ちゃんが自覚出来ないまま関係だけが進んでしまった時、彼女は多分歪んでしまう。
そして、その歪んだ感情のまま二人に亀裂が入ってしまった時。恐らく、彼女は壊れてしまうだろう。私のように。
「波瑠ちゃん、ちょっと来て下さい」
私の呼びかけに、涙を拭いながらチョコチョコと歩いてくる。
そんな彼女を今度は私の方から抱きしめた。
「こんな私と、今まで仲良くしてくれてありがとうございました」
「そんな、最後みたいに言わないでよ」
「私みたいになっちゃダメですからね」
「…………?」
天真爛漫、無邪気に自由に生きているようで、彼女はとても繊細だ。
その繊細さを隠すために、いつも器用に笑顔を作って生きている。だからこそ愛おしい。
私は、この娘の幸せを切に願う。
私達が別れを惜しみながら抱きあっている姿を、常磐くんが不思議そうに眺めているのが横目に見えた。
「どうしました?」
「えっ? ああ、いや。今さらながら、本当に二人仲良いんだなって思って。全然タイプが違うのに」
「人と人との関係なんて、ちょっとしたきっかけで飛躍するものです。出会いが違ったら、私と常磐くんが恋人同士になる未来なんてのもあったかもしれませんね?」
「ちょ、ちょっと! 何を言い出すんですか!?」
「あははっ、冗談ですっ」
顔を赤く染めて、常磐くんは慌てている。
そんな彼に忠告する。
「私なんて、選んじゃダメですよ?」
私は私のことで精一杯だ。
誰かを愛して、誰かに愛されるようなことができる存在ではない。
……でも、少しだけ何かが違ったら。
私が、私自身を愛せるようになっていたら。
心の底から、私を選んで欲しいと思うことが出来たのかもしれない。
そんな妄想を頭の片隅で広げながら、私は精一杯の笑顔を作り最後の挨拶をする。
「では、またいつか会いましょう」




