空の上から
橋良の意味不明な第一声が放たれてから、体育館は静寂に包まれている。
そこから、何か怒涛の演説が始まる訳ではない。注目を集めるだけ集めた橋良は、ただその場で押し黙ってしまっていた。
さすがに空気のヤバさを感じ取ったのか、あたふたとしながら橋良は次の一手を繰り出す。
「あっ……えっと、その。か、革命起こす幕開けの夜だっ!!!」
すげえな、アイツ。
もう逆に、すげえよ。
しかし、ここまで悪手を重ねられる橋良に関心している場合ではない。どうにかしなければと、俺は周りを見渡す。
波瑠は、自分のセリフをとられたせいか唇をかみしめて悔しがっている。これは使い物にならないな、ボツだ。
肝心の生徒会組はというと、隣でいまだにモメている。
「ちょっ、会長! 手離してってば!」
「あっはっは!! ましろちゃんは、今日もおてんば娘だな!」
「触らないでって言ってんの!! 私、本当に会長のこと無理だから! ちょっと近づかれただけで、蕁麻疹出てくるの!!」
「あっはっは! 随分嫌われたものだ!!」
笑い事じゃないだろ。
この人、メンタルどうなってんだ。
そんな会長は、無理矢理にましろ先輩を抑え込みながら俺にチラリと目線を向ける。
「さあ、どうした少年よ! 仲間が一人で、壇上で戦っているぞ?」
「え……いいんすか?」
「ダメだって言ってんじゃん! 規則は規則! 勝手なことしちゃダメ!」
どっちの指示に従えばいいんだ。
ここで無理矢理強行突破しても、筋は通らない。先輩がいない以上、橋良を連れ戻すべきか。だが……
「何を悩んでいる、少年。何の問題がある?」
「だから、部長がいないのが問題なの! 手離してってば!」
会長は変わらず自信満々の顔を浮かべながら、俺を煽るかのような目線を向けてきた。
「必ず来るんだろ? 君達の待ち人は」
……その通りだ。何を迷っているのか。
何の問題もない。俺達はただ主役が来るまで場を繋ぐだけの話しだ。
「すいません、ましろ先輩。行ってきます」
「ちょっ! 常磐くん!」
止めに入ろうとする先輩だが、会長の力に敵うはずがなく完璧に拘束されている。
俺は覚悟を決めて、そのまま早足で壇上へと向かう。俺が姿を現したことにより、混乱状態の生徒達から少しざわめきが聞こえた。
これを演出だと捉えてくれているのか、またなんか変なヤツが出てきたと思っているのか。
俺が壇上にたどり着くと、パッと橋良の表情が明るくなる。
「悪い、出遅れた」
「トッキー、よかった! なんか私が想像してた反応と違ってさ」
「……どんな反応を想像してたんだよ」
「幕開けの夜だっ!って言ったら、うおおおおおお!!、みたいな?」
そんなノリのいいリアクションしてくれるほど、世の中甘くないんだよ。せめて、サクラでも雇っとけ。
俺はポケットに入れておいたカンペを取り出しつつ、壇上に設置されていたマイクを手に取った。
「お騒がせしました。相談部の橋良と、自分は常磐と言います。よろしくお願いします」
俺が無難な挨拶をすると、少し間が空いてからまだらに拍手が起きる。
橋良のインパクトが強すぎて、生徒達の視線は完璧にこちらに集まっている。
「えー、では相談部の紹介をさせて頂きます。あまり聞きなれない部活かと思いますが、意外に我が校での歴史は長く——」
"あの人。昨日、ナース服で走り回ってた人だよね"
俺が話している途中、最前列にいた女子生徒が隣の生徒に話しかけているのが聞こえてきた。
「……長く、この部活の発足自体は二十年以上前になり——」
"ほんとだ。昨日騒いで先生に捕まってた人だ"
"あの女子も、なんか隣で変な動きしてた娘だ"
"うわ、マジだ。ナース服男じゃん"
"えっ、何。ナース服って"
"いや、昨日の放課後さ——"
生徒達が、再度ざわつき始めた。
……覚悟はしていたが、このタイミングか。最悪だ。というより、本気で恥ずかしい。
ざわつきが大きくなると共に、俺の頭の中が色々な感情と情報でごちゃつき始める。
「えっと……この部活の発足は二十年以上前に」
「トッキー、それ言ったよ」
隣の橋良から、ツッコミが入る。
自分でもわかる。これはヤバい。頭の中が完璧にテンパってしまっている。
俺はどこまで読んだ?
それより、このざわつきを静める方が先か?何か言い訳を……いや、変に触れない方がいいのか?
「…………」
何も言葉が浮かばない。
冷や汗が止まらない。
何を言えば——
「ツバメっ!!!!」
舞台袖から呼ばれた、俺の名前。
瞬時に目線を向けると、波瑠がこちらに向けてピースサインを送っていた。
そのV字の意味を俺はすぐに悟る。
波瑠の横を通り抜け、一人の人物がこちらに向かって歩いてくる。
スラッとした身体のラインに乗っかった大きな胸。遠目からでもわかるほどくっきりした整った顔。真っ黒に染め上がった髪は、凛とした雰囲気を助長させている。
本当の自分は恥ずかしい?
一体、何を言っているのか。
めちゃくちゃ可愛いじゃないですか。
先輩。
「橋良さん、常磐くん。遅れて申し訳ありません」
「先輩……」
「後は、私に任せて下さい」
オドオドとした雰囲気は一切感じられない。真っ直ぐに俺を見据えるその瞳には、今までになかった意志が宿っている。
「さ、桜ぜんぱい……よ、よか……よかったでず!!」
涙を必死に堪えながら、橋良が先輩の胸に飛び込む。先輩は困ったように笑いながら、子供をあやすように橋良の頭を撫でている。
何あれ。羨ましい。
俺も女の子になりたい。
「橋良、ちょっとそこ変わってくれ」
「……何言ってんの?」
「冗談だ。鼻水垂らしながら、殺意を放つな」
ワンチャンいけるかと思ったが、今にも手が出てきそうだ。公衆の面前で暴力沙汰はよくない。
橋良はひとしきり俺を睨みつけた後、名残惜しそうに先輩から離れる。ここからは主役の時間だ。俺達が壇上から降りると、先輩は生徒達へ向き直り深くお辞儀をした。
そしてマイクを手に取る。
「相談部の部長をやっています、二学年の高梨桜です。よろしくお願いします。……部活の紹介を始める前に、勝手ながら一つだけ皆様に弁明をしたいことがあります」
チラリと先輩は俺達に目線を送る。
「昨日、ここにいる二人が奇行に走っているところを見た方は沢山いると思います。大変驚かれたことでしょう。本当に申し訳ありません。……ただ、この二人の行動は全て私を思ってやったことです。詳しい事情は割愛しますが、決して二人が悪目立ちをしたくて行ったことではありません。そこだけはどうかご理解頂き、二人の学校生活が悪意に晒されないようご配慮して頂けたら幸いです」
先輩は冒頭のお辞儀より、更に深く長く頭を下げる。
多分、先輩は相談部のこと以上に俺達のことが気がかりだったのだろう。自分でも本当にバカなことをしたと思う。
俺は橋良と目配せをし、先輩と一緒に二人で頭を下げる。
「……私は、弱い人間です。今日ここに立てるようになるまで、色々な人に迷惑をかけてきました。優秀でもなく、不器用で、正解に辿り着くまでに人一倍時間がかかります。……この世界には色んな人がいるのです。強くて器用な人もいれば、私のように弱くて不器用な人もいる。太陽のような人もいれば、その陰でひっそりと生きている人もいます。ただ、相談部の初代部長。創始者でもあるその方は、常にこう語っていました。"どんな人でも、幸せになる権利がある。その道を歩めるかどうかは、周りの人間のほんの少しの手助けがあるかどうか"だと」
……初代部長?
先輩はそんな昔の人と関わりを持っていたのか。そんな疑問が浮かぶと同時に、簡単に答えは繋がる。
ああ、そうか。
だからこそ、先輩はこの部活にこだわっていたのか。
「私が皆さんを幸せにするなんて、大それた事は言えません。ただ、皆さんが少しでも笑顔で毎日を過ごせるようにお手伝いをしたいと思っています。一人でお昼を食べるのが嫌なら、一緒に食べましょう。休み時間暇なら、一緒にゲームでもしましょう。どうしようもなく寂しくなったら、ふらりとお散歩にでも行きましょう。先ほど言った通り、私は優秀ではありません。きっと大したことは出来ない……でも、皆さんが抱える"何か"に対して、私は全力で手助けをしたい。これは私が沢山与えてもらったことに対しての恩返しです」
先輩の落ち着いた、それでも芯のある声に生徒達が引き込まれているのを感じる。
これは遺伝子なのだろうか。間違いなく、今の彼女は初代のカリスマに近しい存在感を放っている。
「ご覧の通り、この部活には実演も何もありません。大会もなければ、表彰されることもないでしょう。それでも、少しでも同じ気持ちを持って活動したいと思ってくれる方がいたらいつでもお越し下さい。歓迎します。……そして、どんな悩みでも構いません。小さな心のモヤモヤを吐き出したくなった方がいましたら、お気軽に相談に来て下さい。……以上になりますが、ご静聴下さった皆さん。そして、身勝手なトラブルを起こしながらもここに立たせて下さった生徒会の方々に、心より感謝します。本当にありがとうございました」
先輩は再度、深く頭を下げる。
体育館は静寂に包まれている。圧倒されたのだろうか。それとも、どう反応すればよいのか戸惑っているのだろうか。
そんな静寂を切り裂くように、舞台袖から音が聞こえてきた。
"パチパチパチパチ"
舞台袖で、一人で拍手をしている人物がいる。副会長だ。
それを追うように、波瑠、会長、生徒会の面々が手を叩き始める。
舞台袖から始まった拍手は、呼応するように生徒達へと繋がっていく。
そして気づけば体育館全体を包まんばかりの、大きな拍手が巻き起こっていた。誰もがたった一人の演説に心を動かされ、賞賛の意を送っている。
そんな拍手の渦に包まれながら、先輩の視線は天井に向かって送られていた。
いや、先輩が見ているのは天井ではない。恐らくもっと上だろう。
俺も先輩と共に視線を上に向ける。
初代のカリスマさんは、この光景を空の上から見てくれているのだろうか。




