もう一つの太陽
「どうしよう。やっぱり、桜先輩来てないよね」
橋良が不安そうに呟く。
集会の当日になり、出演する生徒達は体育館に一番近い教室に集められている。
様々な部員達が出演前の最終チェックをしている中、俺達はただ部長の到着を待つことしか出来ずにいた。
ソワソワする橋良に対して、波瑠は鞄からキャンディを取り出し口に放り込んだ。
「まあ、もうなるようにしかならないよー。満開ちゃんも飴食べる?」
「……食べる」
「いくつ欲しい?」
「……とりあえず、十個」
とりあえずの量じゃないな。
飴食べる?の会話で、十個要求するヤツ初めて見た。
波瑠は波瑠で、数えるのが面倒臭くなったのか飴の袋ごと橋良に渡している。
「モゴッ……でも、やっはり……モゴッ、心配はしんはい……モゴッ……だほね」
「橋良、お前いくつ頬張った? 飴舐めるにしても喋れる量にしろよ」
愉快な仲間達は、今日もしっかりと愉快なようだ。なんだかんだ通常運転で、ある意味安心はする。
そんな中、ガラリと教室のドアが開き副会長が姿を見せた。
「えー、皆さん。そろそろ、全校生徒達の体育館への移動が完了します。予定時刻通りに開始となりますので、一番目の部活の方々は舞台袖の方へ移動して下さい」
よく通る声で、テキパキと進行を始める副会長。想像通り、圧倒的なカリスマ性を放たれてらっしゃる。
副会長は一通りの説明を終えると、一直線に俺達の方へ向かってきた。
「常磐学生。高梨は?」
「来てませんね……」
「ふむ、仕方ない。ましろ先輩、ちょっといいですか?」
副会長はそう言いながら、教室内をウロウロしていた女生徒に向かって手を挙げた。
副会長の呼び掛けに気付き、少し慌てながらこちらに小走りで向かってくる。
副会長が先輩と呼んでいたということは、三学年なのだろう。しかし、とてもそうは見えない程幼い外見をしている。
橋良よりも身長は低く、顔立ちもあどけない。ボブカットのサイドに編み込まれた三つ編みが幼さを助長させている。
さっきからどこの部活のグループにも属さず一人でウロウロしていたあたり、恐らく生徒会の人物なのだろう。
「ど、どうしたの? 早川さん」
「申し訳ありませんが、少し用事が出来てしまいました。ここを抜けますので、あとの進行をお願いします」
あまりにも予想外だったのか、ましろ先輩は副会長の発言に口をポカンと開き、動かなくなってしまった。
そして、ふと我にかえり慌てて声を出す。
「うぇっ!? む、無理だよっ! 私そういうの向いてないしっ! そういうのは、広瀬くんに——」
「広瀬は司会じゃないですか。会長は、相変わらずどこほっつき歩いてるのかわからない。故に、ましろ先輩しかいません」
「そ、そんな……」
涙目になってる。
この人も巻き込まれ系だな。自分とよく似たオーラを感じる。
それよりも、何で生徒会主催の行事なのに会長がいないんだよ。その事実だけで、副会長がアイツはダメだと連呼していた意味がひしひしと伝わってくる。
そのまま俯いて何も言わなくなってしまったましろ先輩に、副会長は仕方なさそうにため息をついた。
「はぁ……常磐学生。悪いが、ましろ先輩をフォローしてやってくれ」
「えっ!? なんで俺が……」
「相談部だろう。今、生徒会は困っている。そういう時に手助けするのも活動の一貫だ。任せたぞ」
一方的に任せられた。
ここにきて、元祖巻き込まれ系の実力を発揮するとは思わなかった。
「……いや、そもそも副会長はどこ行くつもりなんですか?」
「忘れたのか? 君が私に言ったことだろう?」
「えっと……何を?」
「待つのではなく、迎えに行けと」
◇◇◇◇
「えーっと、次は……」
「水泳部だよ、常磐くん」
「水泳部の皆さん、出番が近くなりましたので体育館の方へ。舞台袖は暗くなってますので、足元には充分気をつけて下さい」
「いいよ、常磐くん。声に張りが出てきたね」
「その次は野球部となりますので、何か特別な準備等があったら今のうちに進めておいて下さい」
「その調子だよ、常磐くん。先を見越して進行していく……どうやら、私の教えが身についてきたみたいだね」
後ろで、ゴチャゴチャうるさいな。
大体、ましろ先輩のフォローを頼まれたはずなのに、なんで俺が主体になって進行してるんだ。
この人はこの人で、「ワシが育てた」みたいな顔して満足そうにしてるし。他人育てる前に、自分育てろ。
俺は高梨先輩の心配をすることさえ出来ず、せかせかと現場の進行をすることに追われていた。
そんな中、愉快なお仲間二人が椅子に座り真剣に何かを話し合っているのが視界に入ってきた。俺は静かに近づき、聞き耳を立てる。
「じゃあ、シメの言葉は"相談部は永遠に不滅なり!"に決定ね。これは、私が言うとして——」
「ずるいっ、波瑠ちゃん! それ、私が言いたい!」
「いやー、満開ちゃんには荷が重たいよ。これは正部員である私が言わないと」
「じゃあ、最初の"いざ行こう、同士よ!"は、私が言うからね!」
すげえくだらないことで、モメてるな。
存分に話しあって頂いて構わないが、どっちのセリフも絶対言わせねえからな。
俺が眉をしかめていると、波瑠が俺に気がつき話しかけてきた。
「どうしたの、ツバメ。残念だけど、カッコいいセリフ担当はもう満員だよ?」
「……お前ら、暇ならこっちを手伝ってくれよ」
「手伝えるなら、手伝ってるよー。でも……ねえ?」
波瑠はそう言いながら、橋良に視線をやる。
橋良は少し気まずそうにしながら、話し出す。
「いや、副会長がね。ここから出て行く前に、絶対トッキーのこと手伝うなって凄い剣幕で言ってきたんだよね」
「副会長が? なんでそんなこと……」
「あ、手伝うなじゃないか。邪魔をするなって言われた気がする。おかしな話だよね? 邪魔なんてする訳ないのにさー」
くそ、副会長。完璧な判断だ。
なんか急に無茶振りされた割にスムーズに進行出来てるなとは思っていたが、コイツらがいなかったせいか。
絶対余計なことし出して、混乱を巻き起こすのは目に見えている。
「でも、やっぱりトッキーだけじゃ大変だよね。よし、ここは私も一肌脱ぐよ!」
「いや、副会長がそこまで言うんだ。橋良は何か意図があることに気づかないか?」
「…………はっ!? まさか、私達は相談部の方に専念させて、完璧な計画を練らす為……?」
「そうだな。きっとそうだ。がんばれよ」
やっぱり、チョロいな。
なんか違う方向にやる気になってくれてるし、このままそっちに専念させとこう。存分に練ってくれた計画は、直前で全ボツにすればいいし。
俺は何事もなかったかのように、その場を去って行く。
進行は順調だ。
このままいけば、相談部の出番まで一時間かからないだろう。それまでに先輩は現れるのだろうか。
……余計な心配をしていても仕方がない。俺が今出来ることは、先輩と副会長を信じて待つだけだ。
そう自分に言い聞かせ、俺はまたましろ先輩の手駒へと戻るのであった。
◇◇◇
《高梨桜視点》
準備は出来た。
覚悟は決めた。
あとは、この目の前にある扉を開くだけだ。
たったそれだけのこと。それが、今だに出来ずにいる。
この姿で見る外の世界に、私は押し潰されてしまうのではないか。悲しみに飲み込まれてしまうのではないか。
そんな恐怖が私の足に絡みついている。
それでも、行かなきゃ。私を待ってくれている人達がいるんだ。
動悸をおさえ、歯を食いしばり、全身の血が凍り付きそうになりながらも、私は扉を開いた。
そこで、私の目に飛び込んできた世界。
モノクロではなかった。悲しみに包まれてなんていなかった。
誰よりも私に寄り添ってくれた、優しさがそこにいた。
「遅いぞ、桜」
「……日菜ちゃん? なんで……」
日菜ちゃんは、額に汗を浮かべながら玄関の前に立っていた。走ってきたばかりなのか、少し息もあがっている。
「お前が出て来るのを信じて、ここで待っていた」
「そ、そうじゃなくて……集会は? 副会長の日菜ちゃんがいなきゃまずいでしょ!!」
「そんなこと、今はどうでもいい」
そう言いながら笑いかけてくれる日菜ちゃんの顔を見て、安心感と罪悪感に包まれる。
また、私のせいで。日菜ちゃんには迷惑をかけてばかりなのに。
「ごっ……ごめんなさい。生徒会の仕事邪魔して……大切なのに……」
「野暮なことを言うな。今私は、副会長の早川日菜としてここにいる訳じゃない。高梨桜の親友として、ここにいるんだ」
日菜ちゃんはゆっくりと近づき、私の涙でグチャグチャになった顔を自分の胸に引き寄せる。そして、優しく頭を撫でながら一言呟いた。
「……よく頑張ったな、桜」
……ああ。なんだ。
なぜ、私は気づかなかったのだろう。
世界はこんなにも優しいじゃないか。
輝いているじゃないか。
私の太陽は、ちゃんとある。ずっとそばで照らしてくれていたのに。
"高梨桜の親友として、ここにいるんだ"
そう、私は母ではない。
他の誰かでもない。
私の名前は——高梨桜だ。
私は涙を袖で力強く拭き、顔をあげる。
「行こう、日菜ちゃん。可愛い後輩達が待ってる」




