変態ナース服男は、ゴリラを連れて
場の空気が凍りつくというのは、こういう場面を指すのだろう。橋良が自己紹介をした時のことを思い出す。
かつてのやらかし女子は、口をポカっと開けたまま俺を見つめている。
「ねえ、トッキー。今、そんな性癖を暴露されてもちょっと困るというか……」
「違う。そういう訳じゃない」
「いやっ、否定してる訳じゃないよっ! 私はちゃんと受け入れるし!」
「違うって言ってるだろ。やめろ」
先輩も電話越しに戸惑っているのか、押し黙ってしまっている。
何より、副会長の視線が痛い。
"こいつだけはまともだと思ってたのに"と、落胆の感情をぶつけられている気がする。
そんな中、波瑠はトコトコ歩き出し、部室の隅にあった大きなビニール袋を漁り出した。
「ツバメ、セーラー服もあるけど。どっちがいい?」
「どっちのが、恥ずかしいと思う?」
「んー。セーラー服はまだネタ感あるけど、ナース服はガチ感あってオススメ」
「じゃあ、ナースでいこう」
波瑠がガサガサと音をたてながら取り出したのは、いかにもパーティーグッズと言えるような安っぽいナース服だ。
それを笑顔で俺に差し出してくるが、慌てて橋良が止めに入ってきた。
「ちょっ、波瑠ちゃんも何やってんの!? 物事にはTPOというものがあるんだよ! TPOだよ、TPO!! 知ってる!? TPOだよ!」
TPO、TPOうるせえな。知ってるよ。
橋良に横文字使われると、なんかイラッとくる。
「トッキー……今度お化粧とか教えてあげる。可愛いお洋服のお店にも行こ。だから、今はやめよ? ねっ?」
「本気で諭してくるな。別に俺だって、そんなことしたくてする訳じゃねえって」
まあ、この反応は極めて正常だ。
勘違いされても、仕方ない。
俺は波瑠から服を受け取り、携帯に向かって語りかける。
「先輩、聞こえてますか?」
「……私のために何かバカなことするつもりなら、やめて下さい」
「別に先輩のためにやる訳じゃありません。自分のためです」
橋良が、"やっぱり……!!"みたいな顔して口を押さえているのが横目に見えるが、放っておこう。
別にやりたい訳じゃない。むしろ、やりたくない。そんな恥ずかしい格好で皆の前に姿を現すなんて、想像しただけで嫌になる。
でも、しなければいけない。それは俺達が先輩に対し要求したことと一緒だから。
人の苦しみは、それを抱えている人にしかわからない。
「大丈夫だよ」「そんなことないよ」「心配しすぎだよ」
その苦しみを知らない人間の言葉なんて、無責任でしかない。だから、俺は先輩の苦しみを知りたかった。
「俺は、先輩のことを恥ずかしい人間だとは思いません。でも、先輩自身がそう感じているならそれが現実なんでしょう。だから、人前に立てない自分というのを、俺は知らなきゃいけないと思いました」
「……だから、ナース服着て校内走り回るんですか? 話が飛躍しすぎてます。常磐くん、おかしいですよ」
「知らなかったんですか? こんなおかしなヤツらと一緒にいるんです。俺だって同類ですよ」
波瑠と橋良は目を見合わせている。
そうだな、おかしなヤツらと表現しているのは間違いなくお前らだ。良い気づきだぞ。
そんな中、黙って話を聞いていた副会長が静かに口を開いた。
「常磐学生。君は、高梨と付き合いは長いのか?」
「いえ、この前知り合ったばかりです」
「なぜそこまでする? 君がしなければいけない道理があるのか?」
「……道理なんて知りませんよ。俺がすべきだと思ったから、するんです」
俺の返答に、副会長は目を見開いている。
眼力がいつもの二倍はある。普通に怖い。
副会長は威圧的なオーラを纏ったまま、静かに俺に近づいてくる。そして、通話中になっている俺の携帯を「貸してくれ」と、奪い取るようにして手に取った。
「聞こえるか、桜。だいぶ厄介な後輩を持ったようだな」
「……日菜ちゃん? ねえ、そこにいるなら止めてっ! 常磐くんがそんなことする必要ないでしょ!」
「普通なら止める。だが、今回に関しては私も同罪だ。故に、それはしない」
「何言ってんの……」
なんかモメてる。
ナチュラルに俺の携帯取られたけど、返してくれないかな。まだ話したいことあるんだけど。
「よし、常磐学生着替えてこい」
「……うっす」
「ちょっとっ!! 日菜ちゃん!!」
「一回切るぞ、桜」
「まっ——」 (プツッ)
携帯とられた挙句、勝手に切られた。
自分中心に世界は回ってますムーブだな。まあ、俺がこれ以上何か話したところで先輩は止めるだけだっただろうし、切り替えよう。
さて、どこで着替えるか。
確か、部室の近くにトイレが——
「わ、私もやるっ!!!」
不意に口を開いたのは、橋良だ。
「いや……いいよ」
「やるっ!!!」
「趣旨わかってるのか?」
「よくわかんなかったけど、やる!!!」
そうか、よくわからなかったか。
嘘でもいいから理解したと言ってくれたら、冒険パーティーとして迎え入れてもよかったのに。
「やめとけって。またクラスで浮くぞ?」
「そんなの、トッキーも一緒じゃん。わかんないけど、私もするべきだと思ったの」
「大体、何すんだよ」
「えっと……じゃあ、私はセーラー服着るよ!」
ダメだ、やっぱり根本的なことがわかっていない。それじゃ、"わー、かわいいねえ"で終わるだけだぞ。
俺が眉をしかめていると、意図が伝わったのか橋良は慌てて訂正し始めた。
「あっ、恥ずかしくなきゃダメなんだよねっ! じゃあ私は逆に脱ぐよ! 下着姿になって——」
「鼻メガネして、ゴリラの真似でもしててくれ」
橋良はキョトンとしながら、何かに納得がいかないとばかりに首を傾げる。
だが、そこに対しての反論が浮かばなかったのか小さく頷いた。
絶対的にゴリラのモノマネに対して自信を持っている橋良だ。それじゃ、バカウケしちゃうだけだよ〜とでも思ったんだろう。本当に愉快な思考をお持ちでやがる。
「はいはーい! じゃあ、私もやるよっ!」
そこにもう一人の愉快な仲間が、元気よく手をあげて参戦してきた。
しかし、副会長がそれを遮る。
「いや、早乙女学生には別の役目を与える」
「……えー、私だけ仲間ハズレじゃん」
「いいから、来い。重要任務だ」
波瑠は無理矢理に手を引っ張られ、副会長によって部室の外へと連れ出されて行った。
大丈夫か、あれ。重要任務とかいいつつ、裏でシメるつもりじゃないだろうな。
まあ、副会長こそTPOを乱すことはないだろう。ここで突然波瑠ボコし出したら、意味わからないもんな。
さて、そろそろ本筋に戻ろう。
俺は大きく息を吸い、覚悟を決める。
目的は先輩の気持ちを知ること。
だが、もう一つこの行動には意図がある。それが少しでも先輩の心に届けばいいと思いながら、俺はナース服を持ちトイレへ向かった。
◇◇◇
さて、その後の光景は詳細に語るつもりはない。まあ、一言で言うのであらば、阿鼻叫喚だ。
突如校内に現れた、鼻メガネゴリラを連れた変態ナース服男。それを目にした生徒達の反応なんて、語らずとも想像できることだろう。
結果的に、騒ぎを聞きつけた教員にとっ捕まり職員室へと連行された。だが、それを予想していた如く副会長が現れ、なんだかよくわからないまま教員達を論破し俺達は解放された。
まぁ、そこら辺の話しはまた後述することとしよう。
今はただ、明日教室に入りたくないという憂鬱を抱えながら、先輩の顔を思い浮かべるだけであった。




