爆弾
少しだけ教室がざわついた。
彼女が生徒会の副会長なのだと知る一年は少ないだろう。ただ、纏っているオーラ。無自覚に他者を飲み込むような威圧感。
"なんか、すごい人がきた"、という空気が教室を包んでいた。
「えっと、ここです……」
恐る恐る手をあげながら、控え目に声をあげる。
すぐに俺に気づいた副会長は、一直線に俺達の席まで歩いてきた。
「突然すまない。今日の放課後、部室に集まるか?」
「あ、はい。一応そのつもりですけど……」
「報告と相談したいことがある。そちらに出向くので、話をしよう」
会話に無駄がない。
普段、俺がどれだけストレス抱えながら、愉快な仲間達とコミュニケーションをとっていたのかを思い知らされるな。
「わかりました。みんな、いいな?」
「いや、君の承諾さえ貰えればいい。決定だ」
副会長は、波瑠と橋良が返事をする前に食い気味に被せてきた。
「いや……なんで俺なんですか?」
「この件についての責任者は君だろう? 仮にそうではないとしても、君がやれ。これは生徒会からの命令だ」
そうか、命令か。
これが権力というものなんだな。
……この人、二人となるべく話したくないんだろうな。あの一件で、色々と察したのだろう。判断が早い。
「ねえねえ。日菜ちゃんも、一緒にお昼食べ——」
「早乙女学生、敬語を使え。では、失礼する」
副会長は踵を返し、またもや機械のような動きで一直線に教室の出口へ向かっていった。
滞在時間、一分あっただろうか。本当に、今ここに副会長がいたのかさえ怪しくなるほど、一瞬で消えたな。
ジーッと、俺達のやり取りを見つめていた橋良が口を開く。
「わぁ……嵐のような人だねえ。だいぶ変わってるというか」
「そうなの。日菜ちゃんって結構変人でさ」
「まあ、それも個性だよね!」
「おっ。満開ちゃん、いいこと言うねっ!」
副会長も、お前らだけには言われたくないだろうよ。"私達は理解してあげようね"、みたいな空気出してんじゃねえよ。
「……? どうしたの、トッキー。そんな顔して」
「あ、わかった! ツバメお腹痛いんでしょ!」
「そうなの? 恥ずかしがってないで、早くトイレ行きなよー」
俺は二人の顔を見比べながら、大きくため息をつく。
ここに高梨先輩がいたら、この理不尽な状況を理解し、苦笑いを浮かべながら憐れんでくれるのだろう。
俺の心のオアシスは今も自分と戦っているのだろうか。無事に戻ってきてくれることを願いつつ、俺は無言で弁当をつつくことしかできなかった。
◇◇◇◇
『先輩、大丈夫ですか?』
放課後。
部室に集まった俺達は、各々緊張を浮かべながら先輩が来るのを待っていた。
だが、一向に現れる気配はない。安否を心配した俺は一言だけメッセージを送ったが……
「だめだ、既読もつかねえ」
「大丈夫かな、桜先輩……」
橋良の元々タレ気味の目元が、更に下がっている。ポジティブバカの波瑠も、さすがに空気が重い。
頭の隅では、自分に打ち勝った先輩が恥ずかしがりながらも登場し、明日の打ち合わせを終え、部活紹介も見事に成功し、みんな笑顔でハッピーエンド!……なんて展開も想像していた。
それは、深刻さを理解出来ていない、頭お花畑の俺の妄想だったのだろう。そんな簡単に長年抱えていたものを払拭できる訳がない。
"ガラッ"
「すまない、待たせた。生徒会の方の仕事が立て込んでしまってな」
副会長が、珍しく表情を崩しながら入ってきた。本当に忙しい中、なんとか抜けてきたのだろう。
よく考えれば、本番は明日だ。その主体となる生徒会が暇な訳がない。
「すいません、忙しい中来てもらって……俺達が出向けばよかったですね」
「いや、生徒会室には他のメンバーがいる。というより、会長がいるからダメだ」
「……会長がいると、何かマズイんですか?」
「あの人はダメだ。とにかくダメだ。常磐学生、よく覚えておけ。会長はダメだ」
なるほど。まだ会ったこともないのに、俺の変人感知センサーがビンビン反応してやがる。
というより、なんでそんな人が会長やってるんだ。大丈夫か、生徒会。
「いらっしゃい、日菜ちゃん! あ、お菓子でも食べ——」
「早乙女学生、敬語を使え。さて、良い報告と悪い報告、どちらから聞くかね?」
いいな、このバッサバサぶった斬っていくスタイル。俺も使おうかな。
「私、美味しいものは先に食べちゃう派なので、良い報告からお願いします!」
橋良がここぞとばかりに話に入ってくる。
俺は美味しいものはとっておく派だから、先に悪い報告を聞きたかった。
「そうか。では、相談部の出演の順番が決まった。一番最後だ」
「……大トリってことですか?」
「こういったものは、最初と最後が一番印象に残る。アピールするには、もってこいだろう。良かったな」
……これは良い報告と言えるのか?
確かに印象に残りやすいが、逆に言えば絶対に失敗できない。爆弾をいくつも抱えている現状では、リスクが高すぎるぞ。
だが、俺以外の二人が喜びのあまりハイタッチしている姿が横目に見える。
俺が爆弾と表現しているのはお前らのことも含んでるのを理解してほしい。
「で、悪い報告は……?」
「高梨と連絡がとれない。昨日まではやり取りできていたが、今朝からピッタリと止まってしまった」
「……実は、俺達も連絡取れてないです」
「そうか。だいぶ、まずいな」
重苦しい空気が流れる中、その空気を無理矢理変えるように波瑠が口を開く。
「大丈夫! 桜ちゃんは、このままぶっちぎるような娘じゃないよ!」
「いや、まあその通りだが。自分を追い詰めやすい気質があるからな……」
それを聞いていた橋良が、オロオロとしながら眉をへの字に曲げて呟く。
「桜先輩……まさか、変なこととか考えたり——」
"プルルルルル"
誰もが頭によぎっていた最悪の展開を橋良が言い終える前に、俺の携帯が鳴った。
急いでポケットから携帯を取り出し、表示を確認する。
『高梨桜からの着信です』
「先輩だ」
「は、早く出て! トッキー!」
橋良に急かされ、慌てながら通話ボタンを押す。
「も、もしもし! 常磐です!」
「…………」
「大丈夫ですか!? 今、どこにいます!?」
「……めな……さい……」
「先輩……?」
声が掠れていて、よく聞こえない。
だが、微かに聞こえてくる音。空気を必死に飲み込むような、必死に声を押し殺しているような、その僅かな息遣いで一つだけわかった。
先輩は電話越しに泣いている。
「……ごめ……ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい……」
「謝らなくていいです! 大丈夫ですか!?」
「……髪を黒く染めました。ピアスも外しました。制服も着ました。でも……家から、出れないんです……」
「先輩……」
言葉に詰まる。
気の利いた言葉一つ、出てきやしない。
「わ、私は……恥ずかしい人間です。一人じゃ……母という着ぐるみがなきゃ外の世界に出れません。本当の高梨桜は、情けなくて、臆病で、虚しくて、どうしようもなく恥ずかしい存在なんです……」
「…………」
ここまで追い込まれていたのか。
頭の中お花畑だった、自分の浅はかさに嫌気がさす。なんて苦しい時間を一人で戦わせていたのだろう。
確かに、これは先輩の問題だ。
相談部のことだって、先輩が動かなきゃいけないことだ。
俺がそこまで責任を感じることはない。罪悪感を抱く必要なんてない。余計な心配事なんか無駄に抱えなくてもいい。
いいじゃないか。
このまま、これ以上先輩を追い詰めても仕方ない。一度全てを諦めて——
"昔から、私は正解に辿りつけません"
——違う。
そんな言い訳は、今は必要ない。
その選択は正解ではない。
俺が今すべきこと……
いや、今したいことは先輩と一緒に正解をもぎ取ることだ。あんな泣き顔が見たいんじゃない。先輩が心から笑う姿を見たい。
そんなワガママを、俺はただ突き通したい。
「……橋良、パーティー用に買ったコスプレグッズあるよな? ナース服だっけか」
「あ、あるけど……どうするの?」
「それ着て、校内を走り回る」
追記しておこう。
抱えている爆弾とは、紛れもなく俺自身も含まれているということを。




