知るということ 向き合うこと
言葉に詰まった橋良の肩に手を置く。
驚きながら振り向いた橋良の目は吊り上がっていたが、俺の顔を見て少し安堵の表情を見せた。
「随分と華麗な話術だったな」
「……なんか、バカにしてない?」
「割と本音だよ」
そう割と本音だ。
ほんの少し皮肉も混ざっているが、そこら辺は流しておこう。
俺は選手交代だと言わんばかりに、無理矢理橋良と副会長の間に割って入った。
「高梨先輩って、下級生の俺達に対しても敬語なんですよ」
「どうした、急に」
「あの感じだと、先輩って誰に対してもそうなんだと思ってました。でも、副会長だけには違った。あんなに素で話をする先輩を初めて見ました」
「単純に、幼馴染だからだ」
そう言いながら、副会長は目を伏せる。
「なんであろうと、先輩が心を開いているのは副会長だけです」
「…………」
「だから、一緒に先輩に手を伸ばして欲しい。荒療治で待つのではなく、迎えに行ってもらえませんか?」
口をポカンと開けながら、橋良が俺の顔をジッと見ているのが横目で見えた。こんなに見つめられると、話しづらいな。
「なんだよ?」
「いや……私が言いたいこと、全部言ってくれたから。そういうところが、本当カッコよくて好き」
「は?」
「……!? いやっ! なんかあれだよ!? 私、チョコレートとか好きだけど、そういう意味合いの好きだから!!」
意味がわからん。とりあえず、俺はチョコレート並に好かれているらしい。
一人でわたふたしている橋良は置いておいて、副会長に目線を向ける。すると、思ったよりも神妙な面持ちを浮かべていた。
「だいぶ抽象的だが、私にどう動いて貰いたいかはわかった。だが、残念ながらそれは出来ない」
「納得がいかないと?」
「そういう訳ではない。私は、高梨から敬遠されているんだ」
そんなはずはない、……と言い切れないほど、副会長の顔は真剣だった。
しかし、僅かな会話を聞いただけだが、二人の関係性は限りなく出来上がっているものだと感じた。先輩の口調、声のトーン、表情の作り方。あれは心を開いている人間にしか向けないものだ。
「私だって何度も手を伸ばそうとしたさ。でも、できなかった」
「……何かあったんですか?」
「学校で声をかけても、すぐに避けられてしまう。姿を見せると、どこかに逃げてしまう。校内じゃまともに話せたことがない」
表情を崩すことなく、常に緊張感を醸し出していたあの副会長の口角が下がっていく。
「私は小うるさいからな。あれこれ言われるのが鬱陶しいのだろう。申し訳ないが、常磐学生の見当違いだ」
「…………」
思いがけない返答に、俺も言葉が詰まってしまった。
そのまま、重苦しい空気が生徒会室を包む。橋良は橋良で、今の話なんか何も聞いてなかったのだろう。一人で頭から湯気を出して、オーバーヒートしている。ちょっと空気よめ。
そんな中、一人沈黙を貫いていた人物がようやく動く。
"パンッ"
波瑠は、ここまでっ!とばかりに大きく手を叩いた。
「はいっ! よい意見交換でしたっ!」
「何目線だよ……」
「まあ、とりあえずやることは変わらないでしょ。次のフェーズに移ろうよ」
急に仕切り始めた波瑠は、またまた選手交代とばかりに俺と副会長の間に入ってきた。
そして、副会長に手を伸ばす。
「日菜ちゃん。あれ出して、あれ」
「……あれとは、何だ?」
「説明会の参加部員を書く用紙があるんでしょ? それが、この問題の大元の犯人だよ」
ジロリと波瑠を睨みつつも、副会長はデスクからファイルを取り出す。ファイリングしていた用紙をペラペラめくり、その中の一枚を波瑠に差し出した。
波瑠は、どこからともなくボールペンを取り出し、その用紙に勢いよく何かを書き出した。
俺と副会長は同時にそれを覗き込む。
「説明会参加部員」
常磐ツバメ 橋良満開 "高梨桜"
「よしっ、これで解決っ!!」
枠からはみ出しそうになる程に大きな文字で書かれた新たな名前に、副会長と俺は眉をしかめる。
「いや、それ出来たら解決だろうけど。そういうことじゃないだろ」
「でも、目指すところはここでしょ?」
「いや、まあ……」
「ツバメは甘っちょろいなぁ。出来るか、出来ないかじゃない。やるか、やらないかだよ?」
ムカつく。
ここぞとばかりに、ドヤ顔で決めてきてるのが、更にムカつく。
……かといって、反論は出来ない。確かにこれが目指すべきところであるのは変わりはないのだ。
その用紙をジッと見つめていた副会長は、波瑠を通り越して俺へと視線を向けてきた。
「出来るのか?」
「日菜ちゃんもわからずやだなあ。いい? 出来るか出来ないかじゃ——」
「君には聞いていない。私は、常磐学生に問いている」
なんで俺?
俺が言ったんじゃないのに、その発言の責任を俺に向けられている。これが保護者の末路なのだろうか。
出来ます!!……とは言えやしない。
となると、結局この言葉を使うしかないのが何とも悔しい。
「……やります」
逃げ道を作った俺に対して、ギッチギチに詰められると思っていた。
しかし、予想外に副会長の口角は上がっている。そして、一言「わかった」と呟いた。
「相談部の参加枠を作っておこう」
「本当ですかっ!?」
「しかし、ルールを変えるつもりはない。当日、高梨が参加出来なければ君達も壇上にあがることは出来ない。それでいいな?」
「わかりました! ありがとうございます!」
……なんかすんなり進んだな。
波瑠がまたもやドヤ顔をかましているのが横目に見えるが、ムカつくから無視しよう。
俺は今だに一人で何かをブツブツ呟いている、問題児の方へ視線を向ける。
「違う……今のはノーカンだよ。大丈夫……告白じゃない……」
「橋良。話もまとまったし、ぼちぼち戻るぞ」
「……!? ち、違うからね!? カッコいいって、私カブトムシとかもカッコいいと思うから!! そういう意味合いだから!!」
「わかったから、行くぞ」
まだこの話続いてたのか。
よくわからないが、とりあえず俺はカブトムシ並のカッコよさらしい。どういう感情を持てばいいのか、わからん。
「色々とお騒がせしました。失礼します」
軽く頭を下げ、ピーピー喚いている橋良の手をとり出入り口へ向かう。
波瑠もその後ろをついてくるが、何かを思い出したように立ち止まった。
「どうした?」
「いやー。やっぱり、言っとこうかなと思って」
波瑠は踵を返し、副会長へと向き直る。
「日菜ちゃん、ちょっとお耳に入れとこう」
「……もう一度言うが、敬語を使え」
「もー、わかりましたっ! 早川副会長、一つクイズを出しますよ」
「クイズ?」
デンデンッ、と波瑠は口で効果音を鳴らして、マイクを持っているフリをする。
「問題っ! 友達もいなくて、いつも一人でご飯を食べてる桜ちゃん。同学年に幼馴染の日菜ちゃんもいるのに、なぜ頼らないのでしょーか?」
「……バカにしているのか? さっきも言っただろう。私のことを煩わしく思ってるんだよ」
副会長は今日一番の顔つきで、波瑠を睨みつけている。
そんな視線をひらりとかわすように、波瑠はおちゃらけながら、「残念っ、不正解!」と言い放った。
「正解は、"自分みたいな問題児が絡んでしまったら、生徒会の人間として印象が悪くなるから"でしたっ! 大好きな日菜ちゃんには、迷惑かけたくないらしいですよ」
「……!? 本人が言っていたのか!?」
「いえーす」
「あの、バカっ……」
余程の衝撃だったのだろうか。
副会長からは一切の怒りの感情は消え、ただただ呆然としている。
しばらく間を開けた後、ポツリと副会長は口を開いた。
「……早乙女学生といったか。高梨がそんな話をするなんて、よほど信頼されているんだな」
「そりゃ、もうっ! 親友ですから!」
「そうか……桜をよろしく頼む」
騙されるな、副会長。
そいつは、先輩から悪霊認定されるほど恐怖の象徴となっている人物だ。託す相手を間違っている。
そんな俺の心のツッコミなど知る由もない波瑠は、本日三度目となるドヤ顔を決めながら言い放った。
「任せてくださいよ。相談部の次期部長であるこの私に!!」
まぁ、今のところ正部員はお前だけだからな。
必然的にそうなるんだろうが、そんなカッコつけて言うことじゃない。
それでも自信満々に笑みを浮かべる波瑠を見て、俺はつくづく思う。
本当にタイムリーパー様は、最強だ。




