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戦地にて

「ちょっと待て、橋良。何をどう、直談判するつもりだ?」


「なんか、色々と納得できませんって」


 なんかとか、なんとなくで話が通ったらこの世界に秩序はなくなるんだよ。

 

 この一言で大体理解した。

 間違いなく、橋良は何も考えていない。


「やめとけ。悪いが、あの副会長を納得させるのは無理——」


「生徒会室は二階だよ」


 波瑠は俺の静止をあえて遮るように、会話に入ってきた。

 

「二階ね! 私の華麗な話術でギャフンと言わしてくる!」


「さっすが、満開ちゃん! グッドラック!」


 二人はお互いに親指を突き立てて、いい顔して笑ってやがる。そして、止める間もなく橋良は勢いよく部室を飛び出して行った。


 俺は抗議の視線を波瑠に向ける。


「なに?」


「グッドラックじゃねえよ。どうすんだ、あれ」


「ね、どうしようか!」


「お前……」


 波瑠は、マイペースに机に広がっていた橋良の食べかけのポテチをひとつまみしながら、コップにお茶を注ぎ始める。

 コイツ、煽るだけ煽ってティータイム始めやがった。


「おい、そんなことしてる場合じゃ——」


「なんか隠し事して、なんか一人で抱え込んで、なんか相談もせずに帰ろうとした罪」


「……は?」


「ツバメって、昔から一人で何とかしようとする癖あるから。誰かに任せてみることも、覚えた方がいいよ」


 出会って二週間程度で、昔からと言われる違和感。ただ、波瑠は誰よりも俺の事を知っている。タイムリーパー様のズルいところだ。


「任せるって……さすがに、無謀だろ」


「ツバメが一人でゴチャゴチャ考えたり、ここであーだこーだ話し合うより、私はよっぽどいいと思うけど?」


 そう言いながら、波瑠はコップ一杯に入ったお茶を喉を鳴らしながら飲み干す。

 口調は変わらない。だが、どこか普段と違うピリピリとした空気を感じる。


 もしかしてこれ……怒ってるのか?


「満開ちゃんのこと、心配?」


「そりゃ、そうだろ」


「まあ、私も心配だなあ。あの副会長だし」


「じゃあ、なんで——」


「でも、ツバメのことだって心配なんだよ」


 波瑠は頬杖をつき、視線を流しながらジットリと俺を捉える。

 あまり見せたことのない表情に、これが波瑠にとっての怒りの表現なのだと理解した。


「少しは、私達の気持ちわかったかな?」


「遠回しに説教してくんなって」


「あはは、バレたっ?」


「……あそこで無理矢理帰ろうとしたのは、確かに色々と配慮に欠けてた。悪かった」


 俺の謝罪に対して、一転して波瑠はニンマリと笑顔を見せる。


「私、ツバメのそういう素直なところ好きだよ」


「俺は、波瑠のそういう意地悪いところ苦手だ」


「あちゃー、両想いになれなかったかー」


 何が両想いだ。

 ついこの間、私のこと好きにならないでと言ったのはどこの誰だよ。


 波瑠はその場で立ち上がり、「さーてっ」と準備運動を始めるように大きく背を伸ばし始めた。


「ぼちぼち、満開ちゃんの後方支援へと向かいますか!」


「……既に前線が崩壊してたらどうすんだ」


「あら? ツバメはこういう言葉を知らないのかな?」


 波瑠は、またしても意地悪い笑顔を浮かべながら言う。


「負け戦こそ、面白いんだよ」



◇◇◇◇


 やや駆け足で、波瑠と一緒に生徒会室までやって来た。

 中から話し声が聞こえる。聞き覚えのあるその声の主は橋良と副会長だ。


 波瑠と目を合わせ、お互いに頷く。

 戦地に入る準備は出来ていることを確認し、「失礼します」と、申し訳程度に声をあげながら扉を開いた。


 視線の先では、どっしり構えた副会長に対し、子犬がキャンキャン叫ぶように橋良が食ってかかっていた。


「だから、その"なんか"という部分を具体的に言いたまえ。感情論でルールを変えられる訳がないだろう」


「副会長だって、なんか可哀想とか、なんか納得いかないとかありますよね?」


「ない」


「要するに、そういう事なんです!」


「ないと言っているだろう」


 華麗な話術はどこへいった。

 まさか、本当になんかで突き通しているとは思わなかった。


 頭を抱える副会長。

 門前払いせずここまで橋良に付き合ってくれてるあたり、この人めちゃくちゃいい人なのかもしれない。


「あ、トッキー! 波瑠ちゃん! 来てくれたんだっ!」


 中に入って来た俺達に気づいた橋良は、これまた子犬のように嬉しそうに駆け寄って来た。


「ちょっと、聞いてっ! あの副会長さん、全然話が通じないんだよっ!」


「話が通じない原因は、間違いなくお前だ」


 俺の指摘に、橋良は首を傾げている。

 どうしよう、俺も話が通じない。


 頭を抱えていた副会長が顔をあげ、俺と目が合う。俺達がいることに少し遅れて気づいたようだ。


「常磐学生……来てくれたのか。感謝する」


 相談部関連で、俺が橋良の保護者だとでも思ったのだろうか。それとも、単純に二人きりの空間が辛すぎたのだろうか。


 何故感謝されてるのかわからないが、とても申し訳なくなってきた。今度菓子折りでも持ってこよう。


「常磐学生の隣にいるのは?」


 話しかけられた波瑠はキョトン顔を浮かべ、顎に手を置き何かを考えている。


「あー、そっか。今だに慣れないな……」


「どうした?」


「まあ、いっか! 昨日相談部に入った早乙女波瑠だよ! よろしくぅ!」


「……君は一年だろう? 上級生には敬語を使いたまえ」


「そういう細かい事言うの悪い癖だよ? 気楽にいこうよ、日菜ちゃん」


「ひ、日菜ちゃんっ……?」


 コイツ、本当に最強だな。

 未来である程度の関係性があったのだとしても、上級生に対してその態度はアウトだろ。


 気づくと、副会長はまたしても頭を抱えている。そして、ジロリと俺に目線を向けてきた。


「常磐学生、相談部はどうなっている。めちゃくちゃだぞ」


「本当にすいません。俺が、後でよく言い聞かしとくんで」


「……ああ。いや、すまない。君も苦労してるんだな」


 逆に謝られた。

 さっきまでおっかない顔してたのに、凄い慈悲の目を向けてくる。思っていたよりも、俺は可哀想なヤツなのかもしれない。


 副会長は大きくため息をつき、橋良に再度視線を向けた。


「とりあえず結論を言おう。何が納得いかないのか知らないが、私が高梨と常磐学生に話したことが全てだ」


「だから、それじゃ桜先輩がかわいそうだって——」


「これは、高梨自身の問題だ。彼女自身で何とかするしかないんだよ」


 必死に割って入った橋良の発言を遮り、副会長は力強く否定する。

 それでも、怯まず橋良は喰ってかかる。


「自分の問題は、自分が解決しなきゃいけないんですか?」


「私は、そうしてきた」


「私は、自分じゃ解決出来ませんでした。だから、ずっとクラス中から無視され、嫌がらせを受けてきました」


「…………」


 こんな返答をされるとは思わなかったのだろう。虚をつかれた副会長は黙り込む。

 返答がないことを確認した橋良は、そのまま続けた。


「でも、そんな真っ暗な世界から私を無理矢理連れ出してくれた人がいました。その人がいなかったら、私は今でも一人だったと思います」


「……要するに、何が言いたい?」


「私は弱い人間です。たぶん、桜先輩も……だからこそ、私はただ必死に手を伸ばしたいんです。彼が、私にしてくれたように」

 

 副会長は、下手くそな橋良の主張を真っ直ぐな瞳で受け止めている。

 表情は崩さないまま少し何かを考え込み、観念したかのようにふっと息を吐いた。


「少しは、橋良学生の気持ちは理解出来たよ。だが、結局君は私に何をしてほしいんだ?」


「それは……えっと。何って言われると……」


 ……ふむ。

 最終的にしどろもどろになってしまったが、上出来だ。橋良らしい人間臭い主張が、副会長の心を少なからず動かしているのを感じる。

 

 随分自分勝手に暴れ回ってはいたが、前線としての役割は充分に果たしてくれた。

 

 そろそろ後方支援に入るとしようか。

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