愉快な仲間達
部室に戻ってきた。
大きくため息をつきながら、古びれたパイプ椅子に雑に座る。俺が成人であれば、このまま黄昏れつつタバコを吹かし始めるだろう。
……などと、センチメンタルになっている暇なんてアイツらは与えてくれない。
廊下から聴き慣れた声が聞こえてきた。
「だからー、サンタさんはいるんだって! 私が小さい頃、クリスマスに知らないおじさんが家の中にいたの!」
「満開ちゃんの親の知り合いとか?」
「違うよー。お父さんは鬼の形相でバット持ち出してくるし、お母さんは慌てて警察に通報してたから」
「あー、サンタでもチャイムは鳴らさないとね。それは、不法侵入したサンタが悪いよ」
サンタは基本、不法侵入なんだよ。
そもそも、それサンタじゃないから。結構ヤバめの不審者だよ。
(ガラッ)
「トッキー、ただいま! スイカ買えなかった!」
「そうか」
「よく考えたら、全然スイカの季節じゃないんだよねっ!」
「そうだな……」
「っ!? ご、ごめんね!? トッキー、そんなにスイカ割りしたかったんだね……」
違う。
俺のテンションの低さをそこに結びつけないでくれ。
橋良の後ろについて入ってきた波瑠が、部室のドアを閉めながら世間話をするように軽く話しかけてきた。
「ツバメ、もう戻ってたんだね。探し物見つかった?」
「波瑠の言った通り、桜の木の下に落ちてたよ」
「それで?」
「察してくれ」
「……あー、そっか。困った探し物さんだね」
波瑠は苦笑いしながら、両手にぶら下げていた大量の荷物を机の上に置く。
そんな俺達の様子を見て、橋良はクエスチョンマークを浮かべ、俺達の顔を交互に見比べ始めた。
「なんかあったの? そういえば、桜先輩は?」
「……先輩は調子悪くなったみたいで帰ったよ。だから、悪いがパーティーは中止だ。俺も用事あるから先帰るわ」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
流石の橋良も異変に勘づいたようだ。
席を立ち、帰り支度を始める俺に納得いかないと視線をジッと向けている。
その視線に気づかないふりをして素早く荷物をまとめ終えた。
「また明日な」
ありがたいことに波瑠は静観を決めている。
橋良には申し訳ないが、今日はもうおふざけ組に構っていられない。先輩のことも、相談部のことも、考えなければいけないことが山ほどある。
とりあえず家に帰って打開策を——
「……波瑠ちゃん、確保っ!!!」
橋良の声が、部室内に響き渡った。
「ほいっ、きた」
橋良の号令を聞いた波瑠が、俺を後ろから羽交い締めにしてきた。急な出来事に……というより、背中から伝わる柔らかい感触に俺は身動きがとれなくなる。なんかいい匂いがする。
「……!? ちょ、波瑠ちゃん! 確保中止!」
「えー、なんで?」
「なんでもっ!!」
橋良が慌てながら、俺達を必死に引き離す。
「トッキー、くっつき過ぎだよ! 節度を守って!」
「それは、流石に理不尽すぎるぞ」
そんなことは知らんとばかりに、何故か俺は睨みつけられている。
そして橋良に手をガッチリ掴まれ、さっきまで俺が座っていた椅子の前まで無理矢理引っ張られた。
「座って」
「いや、俺帰るんだが」
「座って!!」
「……はい」
なんか、橋良に逆らえない瞬間っていうのがあるんだよな。俺の本能的に何かを感知しているのかもしれない。
「ゴホンッ。えー、では、これから常磐被告の取り調べを行いますっ!」
「……いつ、俺は罪を犯したんだ?」
「なんか隠し事して、なんか一人で抱え込んで、なんか相談もせずに帰ろうとした罪です」
随分と長い罪状だな。
罪に"なんか"とか入れるなよ。フワフワしすぎだろ。
「別に、大したことじゃねえって」
「だめっ!! 白状するまでは帰さないから!」
そう言いながら、橋良は荷物の中から大量のお菓子を取り出し机に並べ始めた。
……なんだ、これ?
もしかして、カツ丼の代わりのつもりか?
相変わらずやる事が脈絡なさすぎて、理解に苦しむ。
橋良は一通りお菓子を並べ終えると、その中からポテチを一袋手に取り、封を開けてポリポリ食べ始めた。
「お前が食うのかよ」
「持久戦なら、エネルギーが必要だからね」
「あのなあ……」
「私は、トッキーに嫌われようと退かないよ」
そう言いながら、橋良は口一杯にほうばったポテチを牛乳で一気に流し込んだ。パーティーの買い出しで牛乳買ってくるやつ初めて見たな。
「別に嫌いになりはしないが……わかるだろ?」
「わかんない」
「ちょっと一人で考えたいんだよ」
「トッキーだって、あの時私がいくら拒絶しようと放っておいてくれなかったじゃん。挙句の果てに、クラスと私を巻き込んで演説始めるし」
「うっ……」
痛いところついてきやがる。
怯む俺に、橋良は別に責めている訳ではないと首を横にふった。
「あの時意地でも私を一人にしないでくれたから、私は今笑って過ごせてるんだよ。だから、私だって絶対トッキーを一人にさせない。そう決めてるの」
「…………」
橋良は、そのまま二袋目のポテチに手を伸ばす。本気で持久戦に持ち込むつもりなのか、ただ食いたいだけなのかわからんが、橋良の覚悟だけは伝わってきた。
こんな事言われて、無下にできる訳がない。
だからこそ、俺は頭を悩ませる。
「ツバメ、もう観念しなよ。ウチの取調官は強情で頑固だよー?」
今まで黙って話を聞いていた波瑠が、不意に口を開いた。
「んな事言ったって、内容がさ……」
「桜ちゃんが抱えてるものでしょ? 満開ちゃんなら、別にいいじゃん」
「だいぶプライベートな部分だぞ?」
「そりゃ、こういうのはペラペラ喋るもんじゃないけどさ。もう、そんな状況でもないんでしょ?」
「まあ……」
顔を俯かせ悩む俺に、いつの間にか近づいてきた波瑠が俺の顔を覗き込んだ。
「私が共犯になってあげる」
そう言って笑いかけた波瑠はなんとも悪い顔をしていた。
……まったく、俺の愉快な仲間達は本当に厄介だ。厄介で世話がかかって、ここぞという時に俺の背中を押してきやがる。
今回はもう、俺の負けだ。
「……まず、生徒会から呼び出しがかかったところから話す」
俺は、ことの顛末を二人に話し始めた。
◇◇◇◇
「なるほどねえー、これは困りましたなあ」
(うっ……うっうううっ……ズビッ……)
「先輩自身の問題って言ったら、そこまでだが」
(ズビッ……ズズッ……チーン!!)
「とりあえず、桜ちゃんが心配だね」
(うっ……ううっ……スズッ、チーン!!!)
「先輩には明日また……橋良、ちょっとうるさい。いい加減、泣き止め」
二人が買い出し中に何があったのか。
先輩があの格好をしている理由。母親のこと。抱えている苦悩。
俺が話せることは、全て話した。
波瑠はほとんど知っている内容だったのだろう。それほどリアクションはなかった。
だが、もう一人の方は話の途中からボロボロと涙をこぼし始め、話し合いパートに入った今もなお泣き続けている。
「だっ、だっでぇえ!! さ、さくらぜんぱぃ、かわいぞうでっ!!」
「落ち着け。鼻水をふけ」
俺がティッシュを手渡すと、橋良は勢いよく鼻をかむ。そして、自分の袖口で涙をガシガシと拭き、何かを覚悟した目を俺に向けた。
「わ、私っ! 生徒会に直談判してくる!!」
……俺の危険察知アンテナが、ピコーンと反応するのを感じた。




