桜木の下で
副会長の言っていることは正しい。ただ、正論は時に人を追い詰める。
正しさを受け止める強さと余裕がなければ、その言葉達はただの凶器にしかならない。
じゃあ、ギリギリの人間に前を向いてもらうにはどうすればいいのか。きっと副会長もずっとそれを模索していたのだろう。その結論が今回の荒療治だったのだとしたら、俺が口を出す事ではないのかもしれない。
それでも、俺は先輩を探し続けていた。
"ガラッ"
「……そりゃ、部室に戻ってる訳ないよな」
一縷の望みをかけて、相談部の部室に来てみたが誰もいやしない。お得意の外階段も行ったし、校舎内は一通りまわった。なんか最近、学校で人探しばっかりやっている気がするな。
ため息をつきながら部室を出ようとすると、廊下からさぞ楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「あははっ! それ、ほんと最高!! 満開ちゃん、もう一回やって!!」
「えへへー、仕方ないなぁ! ウホッ、ウホホッ? ウホホホッ」
「やばいっ! あははははっ!!」
相談部バカ担当の二人が帰ってきたようだ。
確かにやばい。ゴリラのモノマネなんだろうが、小学生並みのクオリティだ。
それで爆笑している波瑠が一番やばいが。
「あ、ただいまっ! トッキーも私の一発芸見る?」
「見てたからいい。あと、それ俺と波瑠以外の前ではやるなよ」
「なんで?」
「みんながみんな、優しい訳じゃないんだよ」
意味がわからないと、橋良は首を傾げている。この辺に関しては、俺はもう諦めた。そして、いちいち理由を説明するのもやめた。
「あ、パーティーグッズ買ってきたよ! トッキーは、ナース服とセーラー服のコスプレどっちにする?」
「なんだ、その究極の二択は」
「……? どっちも可愛いよ?」
女子が着ればな。
本気で不思議そうな顔をするなよ。
橋良の後ろから、波瑠がひょっこりと顔を出す。
「どうしたの、ツバメ。そんなに汗かいて」
「いや、ちょっと走り回ってて」
「なんで? それに、桜ちゃんは?」
「えっと……」
言葉に詰まる。
どこまで話していいものなのか。
波瑠はある程度事情は知っているとしても、橋良は先輩の過去や状況は知らないだろう。
プライベートなシビアな内容を、本人の許可もなくペラペラ話していいものではない。
しかし、状況を説明するには……
困惑している俺を波瑠はジッと見つめながら、何かを考えこむ。
そして、わざとらしく声をあげた。
「あっ、満開ちゃんっ! 大事なもの買い忘れた!」
「うそっ!? 完璧に買い揃えたと思ったのに」
「ほらっ、パーティーっていったらスイカ割りじゃん」
「そ、そうなのっ!? じゃ、じゃあスイカ買いに行かないと!!」
騙されるな、橋良。
パーティーの一興にスイカ割りをする団体なんか聞いたことない。
「ということで、また買い出ししてくるねー」
「ごめんね、トッキー! 立派なスイカとバット買ってくるから!」
波瑠は踵を返して、橋良の手をひきながら廊下を歩いていく。が、思い出したように振り返って口を開いた。
「ツバメ、校舎裏の一本桜」
「……は?」
「探し物見つかるかもよー」
得意気な顔をして、そのまま波瑠は去っていった。
相変わらず、変なところだけは勘がいい。
汗だくの俺の顔と、先輩の不在。そしてあの一瞬の躊躇に、波瑠はどこまで察したというのだろう。
タイムリーパーとしての情報量の多さというより、これは……
未来の俺達が過ごしてきた時間に感謝しつつ、俺は校舎裏へと駆けて行った。
◇◇◇
校舎裏といえば、告白の定番イベントが起きる場所だ。その理由として、人気が少ないということがあげられるだろう。
この学校の校舎裏も例外ではなく、人通りはほとんどない。そして、うちの優秀な情報屋からの情報も合わされば、そこにいる可能性は極めて高い。
だが、俺が校舎裏に来てみると見渡す限り誰もいなかった。予想に反した結果に、肩を落とす。
「マジか……ここにいなきゃ、もうアテがねえぞ」
もう一度、まだ探していないところがないか思案してみる。と、ここで波瑠の言葉が頭によぎった。
"校舎裏の一本桜"
波瑠は、校舎裏ではなく一本桜と言っていた。
「なるほどな……」
この学校のシンボルかのようにドンっと構え立つ巨大な一本桜。そこまで俺はゆっくり歩いて行き、表側からでは視界に入らない桜の裏側を覗き込んだ。
案の定先輩は、うずくまるようにして桜の木に隠れるように座りこんでいた。
「先輩は隠れるのが上手ですね」
「……常磐くんは、見つけるのがお上手で」
先輩は顔をあげると、口角だけをあげて作り物の笑顔を俺に向ける。
そんな先輩の隣に、俺は無言で腰を降ろした。
少し沈黙が続いた後、口を開いたのは先輩の方だった。
「常磐くんだけ置いて、逃げてきちゃったのは申し訳ないと思ってます。でも、一人にさせてもらえますか?」
「嫌です」
「……本当に強情な人ですね」
観念したように先輩はため息をつくと、今度は意地悪く笑いながら口を開いた。
「橋良さんと波瑠さん。常磐くんの本命はどちらなんですか?」
「……は? な、何を急に言い出すんですかっ」
「あははっ! 冗談ですよ。ただ、常磐くんみたいな人と付き合う人は幸せ者だろうなと思って」
「あんま、からかわないでくださいよ……」
なんだ、この人。天然で言ってるのか?
それとも、実は結構魔性なのか?
なんにせよ、俺が童貞で陰キャだったら勘違いしてチューするところだったな。危ないところだった……まあ、童貞で陰キャだが。
「日菜ちゃんのこと、悪く思わないでくださいね。とても優しい人なんです。言ってることだって、正しい」
「……副会長の優しさはわかってます。でも、正しさが正解だとは限らないじゃないですか」
「じゃあ、何が正解なんでしょう」
先輩の声から、感情が消える。
出会ってから聞いたことがない声色に、一瞬尻込んでしまった。
そんな俺と目線を合わせることなく、淡々と先輩は続ける。
「ここでの正解は、私が全てを克服して身なりを整えて、学校が認めてくれる姿になることです」
「……でも、それは難しいじゃないですか」
「そうですね。だから、私は部長として失格なんです」
「そんなことな——」
「あります」
先輩は、俺の言葉を力強く遮る。
「昔から、私は正解に辿りつけません。下を向いて、うずくまって、間違いだとわかっていても逃げてきました。そんな弱い人間なんです」
そんな吐露を続ける先輩の目から、静かに水滴が流れる。何かを言わなければいけない。でも、かける言葉が見つからなかった。
「一人にさせて下さい、どうかお願いします」
……ここが退き時だ。
こんな自分が不甲斐ない。追いかけて、望んでもいないのに隣に居座って。結局、何もできなかった。
唇を噛み締めながら立ち上がる。
そして、一言だけ先輩に声をかけた。
「……明日の放課後。部室で待ってますよ、部長」
先輩は俺がいなくなった後、声をあげて泣くのだろうか。そして、また自分を責め続けるのだろうか。
そんな時に隣にさえいれない自分の情け無さに憤りを覚えながら、俺はその場を去ることしか出来なかった。




