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乙女の悩み

 

 午後の授業が終わり、俺と橋良は職員室までの道のりを歩いていた。

 二人で肩を並べて歩くなど何度もしてきたことだ。それなのに、謎の緊張感に包まれているのは、間違いなく橋良から出ているオーラのせいだろう。


「……なんだよ?」


「何が?」


「いや。いつもなら、中身のない話しをテロリストのごとく投下するのに、やけに静かだから」


「へえ。そんな風に思ってたんだ」


 ふむ、まずいな。初手を間違えた。

 ドス黒く歪んだオーラが、橋良の貼り付けた笑顔の裏から溢れてきている。


 橋良はプイッと俺から視線を外し、また無言でツカツカと歩き出す。


 まあ、俺にだってこれはわかる。

 橋良は現在進行形でオコなのだろう。


「……トッキーってさ、胸の大きい娘が好きなの?」


「急に何を言い出した?」


「桜先輩のこと見過ぎ。もっと言うと、桜先輩の胸に視線やりすぎ」


「……ほう」


「ほうじゃないよ!!」


 怒られた。

 ちょっと相づちを打っただけなのに。


「女の子って、結構そういう視線に敏感なんだからね!」


「待て待て。俺が例え高梨先輩の胸に視線がいっていたとしても、いやらしい気持ちではない。あんな華奢な身体に対して、あんなに立派な胸がついているということに感心をしていただけ——」


(パチンッ!!!)


「痛っ!!!」


 本日二発目の橋良のはたく攻撃が、俺の尻に直撃する。


「嫌いっ!!!」


 橋良は俺を置き去りにして、早足で先に歩いていく。

 はたかれた尻をおさえながら、どうしたものかと離れていく後ろ姿を眺めていると、橋良は急に立ち止まった。


 そしてクルッと身体を反転させ、俺の方に向き直る。目元を少し潤わせながら、俺を睨みつけている。


 ……嫌な予感がする。


「Cカップ!!!!」


 廊下中に響き渡る声で、橋良は叫んだ。


「いや、何を言って——」


「わ、私だってCカップはあるもんっ! 女の子の平均くらいはあるもんっ!!」


 ……これは間違いない。

 橋良の暴走が始まった。


「トッキーが巨乳好きだとしても、私だってCカップはあるもん!! か、形だって結構悪くないし!」


 廊下中の生徒が、ざわざわし出した。

 橋良に視線が集まると同時に、その関係者である俺も注目され始める。


 デジャヴだ。

 愉快な仲間達によって鍛えられている危険察知能力が反応し、俺は動き出した。


 瞬時に喚いてる橋良に駆け寄り、手をひいてその場から離れようとする。だが、橋良はダダをこねる子供のように、動く気がない。


「ほ、ほらっ! 早く職員室行くぞっ!」


「わ、私だってちょっと変な目で見られて、どこ見てんの、バカっみたいなやり取りしたいのに! このエッチ!とか言いたいのに! 全然私の胸元とか見ないじゃんっ! トッキーのばかあぁぁぁ!!」


「俺が悪かった!! 全部俺が悪いから、もうやめてくれっ!」 


 強引に橋良の手をひいて、走り出す。

 そうだった。最近割と大人しかったから油断していたが、橋良の痛々しさと暴走癖をナメてはいけない。


 自分の甘さを痛感しながら、俺は廊下を駆けて行った。



◇◇◇


「うっ……うううっ……トッキーのばかぁ……」


「ええとっ……あの……えっ?」


 既に職員室前で俺達を待っていた高梨先輩は、不貞腐れてすすり泣く橋良の姿に明らかに戸惑っている。


「何があったんですか?」


「俺の甘さが引き起こした結果です。先輩も充分に注意して下さい」


「えっと……はい。……えっ?」


 そりゃまあ、混乱するよな。

 でも説明は出来ない。先輩の胸を凝視した結果がこれですなんて、口が裂けても言えやしない。


 仕方ない、強行突破しよう。


「さて、じゃあ仮入部届けを出しに行きましょう」


「いや、橋良さん泣いてるし……流石にこのまま職員室に入る訳には……」


「早くしないと、どことなく現れた波瑠が合流して一緒に仮入部届け出す流れになりますよ?」


「行きましょう」


 即決したな。そんなに嫌なのか。


 ただ、波瑠に関しては放っておいても勝手に入部届け出して、ナチュラルに部室に現れる人間だ。俺は既に未来が見えているが、今は黙っておこう。


「失礼します」


 三人で職員室に入り、中を見渡す。

 梅屋先生は一瞬で見つけられた。窓際にあるデスクは他の先生と比べて明らかに荒れていて、整理整頓のせの字も見えない。


 そこで無気力オーラを出しながら仰反るように座っている先生の元へ、橋良の手を引いて向かう。


「梅屋先生、ちょっと良いですか?」


 声をかけてやっと気づいた先生は、まだすすり泣いている橋良とオロオロしている高梨先輩をジロジロと観察をし、俺に向かって口を開いた。


「どうした、常磐。私は痴情のもつれの相談はやってないぞ」


「仮入部届けを出しに来ました」


「強いてアドバイスするなら、一人の女を泣かすくらいなら二人共抱け。3Pは男として中々大変だとは思うが、まだお前は若いんだから——」


「相談部の仮入部届けを出しに来ました!」


 この人、本当に先生やってて大丈夫なのか?

 教師として根本的に何かが欠けている。


 見かねた高梨先輩が、間に入るようにして説明を始めた。


「あ、あの。このお二人が相談部に仮入部してくださるみたいなんで、先生に届出をしに来たんです」


「……? なんで、私に?」


「そ、相談部の顧問じゃないですか」


「誰が?」


「……常磐さん、助けて下さい」


 結局、俺のところにくるのか。高梨先輩も大分苦労してるんだろうな。不憫な人だ。


 まあ、今の流れでよくわかったことがある。

 この先生、ダメだ。

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