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桜の散り際、桜が咲く②

「……別に俺は構わないけど」


 そう言いながら、チラッと橋良に目線を送る。


 橋良のコミュニケーション能力に関しては、思ったよりも普通という印象はある。

 ただ、今までの経験の弊害なのか知らんが、人との関わりに変に気合いを入れすぎて、ファーストコンタクトがバグりがちだ。


 俺の視線に気づいた橋良は首をかしげる。


「どしたの? 私は全然大丈夫だよー」


「本当に大丈夫か?」


「何が?」


「……挨拶とか」


「あはは、やだなトッキー! 私だって、挨拶くらい出来るよー!」


 その挨拶で失敗してるのを俺は見てるんだよ。自己紹介の悪夢を忘れたのか?

 

 今回だって波瑠だから動じなかっただけだ。こんなに大量のお菓子と、よくわからん模造紙でお出迎えされたら、普通の人ならドン引くぞ。


「私、ずっと温めてた一発芸があるんだよ! なんかぎこちない空気とかになったら、それで和ませられるし!」


「そうか。悪いが、それは一生温めておけ」


 俺達の会話をニコニコ聞いていた波瑠が、勢いよく立ち上がる。


「よしっ、決まり! じゃあ連れてくるっ!」


「一応言っておくが、勢いだけで連れてくるなよ?」


「……? うん、任せといてっ!」


 絶対わかってないのに、いい顔してやがる。これ一応ついて行った方がいいやつか……?


 とか考えている猶予もなく、波瑠は嬉しそうに教室を飛び出して行った。

 嵐が去った後のように静けさが生まれる中、橋良がポツリと呟く。


「……波瑠ちゃん、近くで見ると本当に可愛いね。お人形さんみたい」


「外見だけはな」


「あんだけ可愛いと、見惚れちゃったりしない?」


「まあ、ドキッとすることは正直あるが……」


 橋良は少し間を空け、「ふーん……」と呟く。無表情だが、変な圧力を感じる。

 山積みになっていたジュースに手を伸ばし、ゴクゴクと飲んだ後に俺にジト目を向けてきた。


「……な、なんだよ?」


「前から思ってたけど、トッキーってもしかして鈍感?」


「……はい?」


「私、この先苦労するんだろうなー」


 今度はポテチの袋に手を伸ばし、少し荒々しく封を開けて食べ始めた。

 さっきからモリモリ食べてるけど、女子としての躊躇がないな。なんで、コイツこんなに細いんだ?


 そんな橋良を眺めていると、廊下から何か喚いているのが聞こえてきた。そして、その声は少しずつ俺達の教室に近づいてくる。


 嫌な予感がする。


「連れてきたよー!!」


 ガラッと教室の扉が開き、波瑠が現れた。

 そして、その手には一人の女生徒の手がガッツリ絡んでいる。


 その女生徒の手をひき波瑠は教室に入ってこようとするが、必死にその娘は抵抗していた。


「な、なんですか!? なんなんですか!?」


「だから、一緒にお昼食べようって」


「いや、あなた誰ですか!? ここどこですか!?」


「一年二組だよ。桜ちゃんも、去年まではこのクラスだったでしょ?」


「なんで私の名前知ってるんですか!? 怖いっ! 怖いっ!!!」


 これは間違いなくやらかしてる。

 ウチの波瑠が本当に申し訳ない。


 ……ただ、少し違和感がある。

 オドオドした話し方。ビビってるのに敬語。巻き込まれ系の内気な少女なのかと思ったが、その娘の見た目にはギャップがあった。


 完璧に染め上げられた真っ直ぐな金髪。

 髪の毛はショートに整えられていて、耳元のピアスが遠くからでも認識できる。

 外見だけ見れば、「とりま」とか、「ぱねぇ」とか言ってそうな校則ガン無視のギャルだ。それか、ヤンキーだ。


 しかし、スラっとした身体のラインにたわわに実った胸が乗っかっている。

 うむ、悪くない。悪くないぞ。


「あはは、桜ちゃんは相変わらず怖がりだねー!」


「だ、誰かたすっ……助けてくださいっ!!」


 あれ、もう半泣きだな。

 どんな神経してれば、あんな状態の女の子を前に笑っていられるんだよ。俺も波瑠が怖いよ。


「ど、どうする、トッキー! 私、一発芸披露して和ませてこようか!?」


「いや、あそこは危険だ。俺が行く」


「で、でもっ……」


「いいから、一歩も動くな。マジで頼む」


 橋良まで合流されたら、更にややこしいことになる。この場での最適解は間違いなく俺だ。


 本当は全くもって行きたくないし、このまま何事もなかったように教室を去りたい。ただ、さすがにあの娘は助けねば可哀想すぎる。


 重たい腰をあげ、まだ教室前でワチャワチャしている二人に声をかける。


「おい、波瑠。とりあえずその手離せって。怖がってるだろ」


「……? 手離したら逃げちゃうじゃん?」


「お前のその思考回路、普通に怖いよ」


 ため息をつき、目を潤ませている女生徒に視線をやる。


 この人、上履きの色が俺達と違う。

 さっき波瑠が、去年までこのクラスだったでしょ、と声をかけていたが……


「あー、もしかして上級生ですか?」


 声をかけられ、肩をビクッと震わせる。

 少し俺を観察した後、おどおどしながら口を開いた。


「に、二年の高梨たかなしさくらっていいます……」


「常磐ツバメです。波瑠が迷惑かけちゃったみたいで、すいません」


「……!? もしかして、話が通じる方ですか!?」


「まあ、波瑠よりは」


「よかったあ……会話ができる。会話ができるよぅ……ううっ……」


 泣いてる。会話ができるだけでこんな反応されると、俺の中の常識が歪んでいってしまう。


「おおかた、いきなり波瑠が現れて"一緒にお昼食べよう!"とか言われて、無理矢理連れてこられたんでしょう?」


「そ、そうなんです!! もう全然意味がわからなくて!!」


「だから、お昼一緒に食べ——」


「波瑠、今はちょっと黙ってような」


 波瑠が友達だったと言った時点で、そんな気はしていた。過去形を使うあたり、それは十中八九タイムリープする前の世界の話しだ。


 つまり、この世界での波瑠と高梨先輩との面識は一切ない。……なんで、波瑠の分まで俺が頭をまわさなきゃならないのか。


「えーっとですね……代わりに説明します。この娘、早乙女波瑠は以前先輩をお見かけした時にもの凄くかっこよくて綺麗な人だな、と思ったらしいんです」


「……か、かっこいい!?」


「それで、少しでもお近づきになりたくて気持ちが先走り、こんな形のお誘いになってしまったようです。そうだな、波瑠?」


「え? あー、うん! そんな感じです!!」


 良かった、さすがに空気読んでくれた。

 ここで、ツバメ何言ってんの?的な反応されたら、思わず手が出るところだった。


 そして、肝心の高梨先輩はというと、なんか一人でぶつぶつ呟いている。


「かっこいい……綺麗……えへ、えへへ……」


「あのー、先輩?」


「ふぇっ!? あ、あー、そういうことなら仕方ないですね! 私も忙しいんですが、お付き合いしましょう!」


 チョロいな、この先輩。

 橋良といい勝負かもしれない。


「桜ちゃん、忙しかったの? ボーッと外眺めながら一人でご飯食べてたから、てっきり暇なのかと思って」


「……そうですね。暇でした。ごめんなさい」


 やめろ、波瑠。

 ナチュラルに心を抉るな。

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