男女ビギナー②
「私ね、キャラメルの……いや、抹茶? ストロベリーのやつも美味しそうだし……あえての、紅茶?」
「いや、俺に聞かれても」
「……決められないから、トッキーと同じやつにする。私、先に席確保しとくねっ!」
橋良は混雑している店内をキョロキョロしながら、席探しの旅に出て行った。
あいつ、めちゃくちゃ優柔不断なタイプだ。
この手の人間は悩んだ挙句何がいいかわからなくなって、最終的に人に決断を託す。
そして迎える結末は、大抵決まっている。
「ほらっ、買ってきたぞ。俺と同じやつ」
席を確保して待っていた橋良に、飲み物と軽食を渡す。
「トッキー? これ、中身真っ黒だよ。墨汁でも入ってるの?」
「入ってたら警察沙汰だな」
橋良は恐る恐る、渡した飲み物をストローで吸う。
その瞬間、尻尾をふまれた猫のように全身を震えあがらせた。
「に、にがっ!? 苦い!! なにこれ、苦い!!!」
「そりゃ、コーヒーだからな」
「これが、大人が嗜むという伝説の……」
「わかったから、砂糖とミルク入れろ」
コーヒーが伝説級の存在だったら、カフェなんて幻の秘境だわ。
そもそも、高校の自販機に売ってるだろ。
「あ、お金。いくらだった?」
「いいって。そもそも、本のお礼に奢る約束だったろ」
「……ねえ、トッキーって女の子に奢ったことってある?」
相変わらず、唐突によくわからん質問してくる。
「いや、ないんじゃないか? 多分、初めてだ」
「初めて……そっか!! じゃあ、ありがたく今回は頂くね!!」
橋良は笑顔でコーヒーのカップを開け、砂糖とミルクをドバドバ入れる。
何がそんなに嬉しかったのか、それを鼻歌混じりにストローでかき混ぜ始めた。超、ご機嫌モードに入っている。
「トッキーは、その黒い液体そのまま飲むの?」
「コーヒーな。まあ、基本ブラックで飲む。甘いの少し苦手なんだよ」
「へー、大人だね。トッキーって、年上って言われても違和感ないかも」
「……俺、そんなに老けてるか?」
「それくらい、落ち着いてるってことだよ」
橋良はサンドイッチを大きな口でかぶりつく。そして、一口がでかい。
思ったより、大食いなんだよな。
弁当の量も運動部の男子並みに多いし。もっと買ってくればよかったか。
「まあ、落ち着いてるとはよく言われてきたよ。高校に入って、取り乱すことばっかりだけどな」
「……波瑠ちゃんとか?」
「ああ、初日に教室飛び込んできた時は焦ったな。急いで波瑠の手を引いて、外階段まで連れ出して——」
気づくと、サンドイッチを食べ終えた橋良はなぜか怪訝な顔を浮かべていた。
なんだ?さっきまでのご機嫌モードはどこいった。
「そっか。桃花ちゃん、こんな気持ちだったんだ」
「……? どうした?」
「んーん、なんでもない。それより、これ!」
橋良は無理に笑顔を作りながら、自分の鞄の中から三冊の本を取り出した。
「私の厳選したやつ持ってきた! 好きなの選んで!」
「ほう、ジャンルは?」
「ミステリー、純文学、SF!!」
さらっと自分のサンドイッチを食べ終え、三冊を吟味する。
普段読まない純文学とかに手を出してみるか。橋良のおすすめとなれば、まずハズレはないだろう。
「おお、お目が高いねっ! それはね、まず主人公がっ——」
「待て待て、これから読むのにネタバレするな」
「あっ、そうだよね! テンション上がっちゃって……」
本当に本が好きなんだな。
橋良の背景を考えると、それを語れることもなかったのだろう。好きなものを共有できる楽しさというのは、よくわかる。
橋良は自分用に持ってきたのであろう一冊を取り出し、一口だけコーヒーを飲んだ。
「じゃあ、読書会といきますか!」
◇◇◇
二人で本を開き始めて、どのくらい時間が経ったのだろうか。案の定面白く、熱中してしまっていた。
チラッと橋良に視線をやると、目があった。
「どうしたの?」と言うように微笑む橋良に焦ってしまい、また本へ視線を戻す。
すると、橋良が不意に口を開いた。
「ねえ、トッキー。本読んだままでいいから、ちょっと相談にのってくれない?」
「相談……?」
「難しく考えなくていいよ。気軽に聞いて」
俺は本に視線をやったまま、耳だけ橋良の声に傾ける。
「私さ、あの時封筒の中身読んで、もうダメだって思った。それで、誰か助けてって心の中で何度も叫んだんだよ」
「…………」
「そしたら、私の前にヒーローが現れて、馬鹿みたいに戦ってくれて。あっという間に、私の世界も心も救ってくれた。私はその人に沢山の恩返しをしたいんだけど、何をあげればいいのかわからないんだ」
「…………」
「トッキーはその人が欲しいものって、なんだと思う?」
なんとも意地悪な相談だ。
まあ、こういう聞き方をしてくるのは橋良らしいが。
別に感謝をされたくて動いた訳ではない。だから何もいらない……と答えるのは少し違う気もする。かといって、ふざけて返答出来る空気でもない。
ならば、俺が少しだけ引っかかっていたものを解消させてもらおう。
「俺はさ、人と人の関係って対等であるべきだと思うんだよ」
「……うん?」
「そいつはさ、橋良だけが持っているのはフェアじゃないと思ってるよ」
ポケットから携帯を取り出し、机の上に置く。橋良に見えるように操作をし、あるアプリを開いた。
「……ボイスレコーダー?」
不思議そうに首をかしげる橋良は、少し照れ臭そうにしている俺の顔を見て繋がったようだ。
橋良は意地悪く口角をあげて、録音ボタンを押した。
「常磐ツバメが世界中から嫌われようと、私だけは絶対にあなたの味方でいます。私は、私の全てをかけてあなたの幸せを望むことを、ここに誓います」
"ピロンッ"と音が鳴り、「録音されました」のメッセージが表示される。
「えへへ、言質とられちゃった」
「想像してたより、重たい言質だったけどな」
文句あんの?と言わんばかりに、ジトっと視線を向けてくる。文句はないが、恥ずかしいんだよ。察してくれ。
「まあ、もう急に学校来なくなるのとかはやめろよな。あんま、心配かけんな」
「休まないよ? 熱が出ようと、事故にあおうと、私は行く」
「いや、それは休め」
「嫌だ、意地でも行く。……会いたいもん」
随分ストレートな言葉に不意をつかれ、俺はまともに反応できなかった。
橋良は自分がポロッとこぼした言葉にようやく気づいたのか、顔を真っ赤にして必死に本を開き視線を落とした。
俺達はまだ、言葉なんてものの不確かさに気づく必要なんてない。今感じているものに、振り回されていればいいのだ。
まだまだ男女としてビギナーなのだから。




