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男女ビギナー①


 "コンッ、コンッ、コンッ"


「ヒバリー、入るぞー」


 ノックをしてヒバリの部屋に入ると、俺の妹は汗だくになりながら腕立て伏せをしていた。


「ハアッハアッ……あれ、お兄ちゃん。どうしたの?」


「どうしたのは、お前の方だろ。何やってんだ」


「見ればわかるでしょ。筋トレだよー」


 そりゃ見ればわかるよ。

 なんで筋トレしてんのかを聞いてんだよ。


「いざという時、結局はこの身が最大の武器になるからさっ!」


「そうか、それなら兄ちゃん安心だ。それより、俺昼飯いらないからさ」


「あれ、なんで? どっか行くの?」


「あー、ちょっと友達と出かけてくる」


「……友達?」


 ヒバリは筋トレをやめ、ゆっくりと立ち上がる。巻いていたタオルで汗をぬぐいながら、俺を上から下までジロジロと観察し始めた。


「……シンプルな白地のシャツに、少し洒落たジャケット。新品のジーンズに、嫌味のない腕時計」


「な、なんだよ……」


「お兄ちゃん、10分待ってて。私、シャワー浴びてくる」


「待て待て」


 そのまま部屋から出て行こうとするヒバリの手をつかみ静止するが、ヒバリは納得いかないとばかりに振り返った。


「何さっ! 女でしょ! 絶対、女! 間違いなく女! ゆるぎもなく、女!!!」


「落ち着けって」


「ちゃんと私がついてって、お兄ちゃんに相応しい人かどうか見極めなきゃいけないのっ! 手離してっ!!」


 やばい方向に向かっているとは思っていたが、まさかここまでとは。

 少しずつ修正するつもりだったが、これはもう手遅れかもしれない。


「彼女でもなんでもねえって。ただの女友達だ」


「……!? やっぱり、女なんだ! おかしいと思ったもん!! 普段、そんな格好で出かけないもんっ!」


「いや……行くところがカフェだから少し気を遣っただけだよ」


「カフェっ!? 女の子とカフェっ!? うわあああん、お兄ちゃんの童貞がどこぞの泥棒猫に奪われるうぅぅ!!」


 コイツはカフェをなんだと思ってるんだ。

 少なくとも、そんな卑猥な場所ではない。


「お、おい……ヒバリ?」


「うわああぁぁん!!」


 ダメだ、これ。マジ泣きだ。

 早めに行動して待ち合わせ時間に余裕持つようにしてたのに、遅刻フラグがたちやがった。



◇◇◇◇


「……既読、つかねえな」


 結局、予定の電車より二本も遅くなってしまった。


 泣き喚くヒバリの声に反応し母さんが来てくれたが、やれヒバリが「お兄ちゃんの童貞がっ!」とか叫び散らすもんで、更にややこしい事態に陥ってしまった。


 結局は事情を理解した母さんがヒバリを引き取ってくれたものの、時間はすでに13時を過ぎている。


 遅くなる旨をメッセージで送ったが、まだ見ていないようだ。


「あいつ、あんまり携帯見なさそうだもんな……」


 待ち合わせの駅に着き、飛び降りるように電車を降りる。走って改札を出るが、見渡す限り橋良の姿は見えない。

 まさか、怒って帰っちまったか。


 ……と思った矢先、後ろからツンッと背中を刺された。


「やっ、トッキー」


 聞き覚えのある声に反応し振り返ると、そこにいたのは橋良だった。

 

 いや……橋良か? 

 まあ、橋良なんだが、いつもとは全く雰囲気が違う。


 白のニットに橋良の足の細さが目立つデニム。身長は低いものの、スタイルの良さが際立っていて、薄く施された化粧が橋良の整った顔立ちをブーストさせている。


 なんだかんだ忘れていたが、そうだった。

 外見だけは、カースト上位の存在なのだ。


「……あ、悪いな。遅れちゃって」


「そんなのはどうでもいいよー。それよりも、どう?」


「どうって?」


「私、割と気合い入れてきたと思うのですが」


 橋良の言わんとしていることは、わかる。

 ただ、そのワードをすんなりと言えるほど、俺の男としての経験値は高くないのだ。


「うん、まあ……気合い入ってていいと思う」


「要するに?」


「かわいいと……思います」


「はい、よく言えました!」


 橋良は満面の笑みを俺に向け、ついてきなと言わんばかりに意気揚々と踵を返して歩き出す。

 

 だめだ、これは。

 完璧に橋良にペースを握られた……と思ったが、そうでもないかもしれない。

 歩き出した橋良の横に駆け足でつくと、橋良は不自然に顔をそむけた。


 微かに見える横顔は、いつもの如く赤く染まっているように見えた。

 

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