新しいお守り
「何で謝るんだよ。どう考えても被害者は橋良だろ」
「……私さ、桃花ちゃんと友達だったんだよね」
橋良は俺の手を握りながら横に立ち、空を見上げて話し出す。
「告白されたことあるって、前言ったじゃん? それ、桃花ちゃんがずっと好きだった男子からだったの」
「だからって、橋良が嫌がらせされていい理由にならないだろ」
「桃花ちゃんがその男子のこと好きだったのは、私よく知ってたんだ。何度も話聞いてたし」
なぜ橋良があんなにも標的になっていたのか、あんな噂が流されたのか。
気にはなっていたが、結局は色恋沙汰のもつれのようだ。
「でも、気を遣うとかって私出来なくてさ。結構、その男子と仲良くしちゃってたんだよね。距離感とかも近かったんだと思う。それで、気がついたら告白されてた」
「でも、橋良はちゃんと断ったんだろ?」
「うん。だけど、私が空気読めなかったのは事実だから。もうちょっと桃花ちゃんの気持ちを気にかけて行動してれば、そんなことにはならなかったかもしれない」
「……それでも、橋良は被害者だ。負い目を感じる必要はない」
橋良は俺の横顔を見つめてくる。
その視線に気づいてはいるが、今は橋良の方は向けない。普通に手繋いでるだけでバクバクなのに、目を合わせられる訳がない。
なんで橋良は割と普通にしてるんだ?
やっぱ、距離感バグってんのか?
「トッキーは優しいねえ。……私が謝りたかったのは、私のためだよ。自分が抱えてたモヤモヤをスッキリさせたかったの」
「……そのモヤモヤとは決着ついたのか?」
「うん。謝ったから、これで全部おしまい。だから、もう俯かない。私を大事にしてくれる人と、全力で笑顔でいようと思う」
橋良は手を離し、俺の正面に立つ。
そして俺の顔を覗きこむようにして、上目遣いで目を合わせてきた。
「ねえ、もう一回言って」
「……何をだよ」
「さっき言ってくれたやつ」
「いや、わからんって」
「クラス中から無視されようと、学年中から後ろ指刺されようと、って」
……そう言えば、そんな恥ずかしいこと言ったような気がする。
あん時は謎にテンションあがり過ぎてたから言えたが、シラフの状態でやらされたら拷問みたいなもんだろ。絶対無理。
「そんなこと言ったか? 記憶にないな」
「……へー、嘘だったんだ。私のこと弄んだだけだったんだ」
「いや、待て待て」
「本気で信じてたのに。ひどいよっ、辱められた!! 私の純粋な心を辱められたっ!」
面倒臭い感じで喚き出された。なんか、デジャブだな。
これは言わないと永遠に続くやつであることを察した俺は、観念する。
「……はぁ。一回だけだぞ」
騒いでいた橋良はしんっと静まる。
そして、期待に満ちた目をこちらに向けてきた。
「この先どうなろうが、俺だけは橋良の味方でいる。橋良の隣にいてやる」
「ずっと?」
「……ずっとな」
"ピロンッ"
俺が言い終えると同時に、聞き覚えのある音が聞こえてきた。
……こいつ、やりやがった。
橋良は嬉しそうに携帯を取り出し、画面を見せつけてきた。そこには、「録音されました」と表示されている。
「言質とったから」
「お前……何も変わってねえな」
「言質とったからー」
二回も言うんじゃねえよ。聞こえてんだよ。
「おい、消せ。今すぐ消せっ」
「やだよー、私のお守り消しちゃったから。新しいのが必要なんだもん」
「訳わかんねえこと言ってないで、早く消——」
「明日、駅前っ!! 13時!!」
……なんなんだ。本当に。
会話が成立していない。波瑠は二人もいらないんだよ、勘弁してくれ。
「急になんだよ」
「明日学校お休みだからさ、丁度いいかなって思って。結構楽しみにしてたんでしょ?」
「何が?」
「私とカフェ行って、一緒に本読むの」
橋良は人をおちょくるような笑みを浮かべながら、階段を駆け降りて行った。
あいつ、言い逃げしやがった。
そういえば、そんな恥ずかしいことも言ったような気がする。あんな状況で、よく覚えてるな。ボロボロ泣いてたくせに。
……まあ、何にせよこれで一件落着なのだろうか。もう桃花が変に絡んでくることはないだろう。
なんとなくすぐに教室に戻る気にはならず、暫く散りかけている桜をボーっと眺めていた。
散った花びらが戻ることはない。でも、また来年負けじと綺麗な花弁を咲かせる。そしてまた儚く散るのだろう。時の流れとはそういうものなのだ。
「ずっと……か」
とんでもない言葉を録られたものだと思いながらも、気づくと自然に笑みがこぼれていた。




