温もり
波瑠はそのままスタスタと歩き、教壇にあがっていく。
「お疲れ、満開ちゃん! ツバメがバカしてごめんねー」
「えっ、えっと……」
「ほらほら、選手交代。あとはお任せあれ」
橋良と入れ替わるように、教壇の中心に波瑠は立つ。改めて見ると、ルックスのレベル……というより放たれているオーラが違う。
簡単に波瑠は生徒達を惹きつけていた。
ゴホンッと咳払いし、波瑠は笑顔で話し出す。
「えー、とりあえず常盤くんの言っていることは本当です。私とは恋愛関係でもないし、彼が女性関係で何か最低なことした訳でもないです。私が騒いだせいで変な誤解与えちゃって、みんなごめんねっ!」
ごめんじゃねえよ。謝り方が軽いわ。
「でも、満開ちゃんが言ってることが本当かどうかは知りません。だから、ここでちょっと当事者に聞いてみましょう! はいっ、桃花ちゃん!」
いきなり名前を呼ばれた桃花は、ビクッと肩を震わせる。状況に追いついていない桃花は、焦るように口を開いた。
「な、なんだよっ! っていうか、急に現れてお前誰だよ!」
「あ、隣のクラスの早乙女波瑠です。えっと、好きな食べ物はカリカリの梅。推しはパプリカで
——」
「聞いてねえから! 本当なんなんだよ!」
完璧に波瑠のペースにのまれてるな。
敵ながら、そのイライラは同感せざるを得ない。
「じゃあ、とりあえず質問します。この噂を流していたのは、桃花ちゃんですか?」
「……は?」
「満開ちゃんの下駄箱に、脅迫文書いたのは桃花ちゃんですか?」
「……意味わかんねえ。そうか、わかったぞ。お前らグルになって私をハメようとしてんだな」
「何怒ってんの? 質問してるだけだよ?」
それじゃ、煽ってるだけだ。
素で言ってるんだろうが、桃花の顔見てみろ。鬼の形相してるぞ。
「大体、せっかくの昼休みにお前らの都合でこんな騒ぎ起こして皆迷惑してんだよ! おまえらの事情とかどうでもいいからっ!」
クラスの空気としては、なんとも言えない。皆、まだ状況を整理できず静観を決めている。
ただ、劣勢という訳ではない。桃花の取り巻きも加勢してくることもなく、様子を見ている状況だ。
しかし、桃花も相当頭に血が登っているのだろう。俺達への批判が止まる気配はない。
「本当にキメぇんだよ! 大体、その男のヤツも! ハブられてる陰キャのくせに調子こいて出てきてんじゃ——」
「うるさい」
波瑠の凛とした透き通った声が、桃花の声を遮った。
ニコニコと張り付けた笑顔を浮かべながら、波瑠は教壇を降り桃花の前まで歩いていく。
「な、なんだよ?」
「ツバメのこと悪く言われんの、気分悪いんだよ。だから、謝ってもらいたいな」
「はあ? 意味わかんねえから!」
桃花の反応に、波瑠はため息をつく。
「仕方ないなぁ……」と呟きながら、波瑠は更に桃花に接近する。
ビクつく桃花に対して、波瑠は何かを耳打ちした。その瞬間、桃花はフリーズする。
何を言ったのかはわからない。
ただ、桃花の顔はどんどん青ざめていく。
「おまえ……なんでっ。どこで……」
「どうする、桃花ちゃん?」
桃花を見下ろしながら笑顔で問う謎のプレッシャーに、桃花の膝上に置かれた手はブルブルと震えていた。
そして、唇を噛み締めながら、か細い声で呟いた。
「わ、わる……わるかった……」
「聞こえないよ」
「……悪かったよ!!」
そう叫びながら、桃花は逃げるように教室を出て行った。
何が起きたのかわからず、教室は静まり返っている。そんな中で、いち早く動いたのは橋良だった。
「桃花ちゃん……」
そのまま橋良は、桃花を追うように教室を飛び出していく。
なんだ、この状況。取り残された俺はどうすりゃいいんだ。そもそも、なんで橋良は桃花のこと追いかけて行ったのか。
「ほら、行って。ツバメ」
「……はい?」
「教室飛び出してったヒロインを追うのは、マナーでしょ?」
そんなマナーあったのか。初めて知った。
波瑠にけしかけられ、とりあえず追いかけた方がいい気がしてきた……が、このお通夜と化した教室に波瑠を置いていくのも気が引ける。
「波瑠はどうすんだよ?」
「私は、このまま笑える小話で教室どっかんどっかん笑わせて、なんかいい空気にしとくよ!」
「そうか。不安しか残らないが、頼んだぞ」
さらに皆の混乱が進むだろうが、とりあえず任せておこう。波瑠ワールドに取り込まれる苦労を、皆一度経験しておくがいい。
◇◇◇
「はぁ……はぁっ……っていっても、どこ行ったか全然わからねえ……」
あてもなく走り回ったが、見つかる気配がない。学校外に行かれてたら詰んでるだろ、これ。
……とにかく人のいない場所だ。人目がつかない場所に行ったのは間違いない。だが、ベタな校舎裏はもう探したし、空き教室も一通りまわった。
あと人気のない場所……人気のない……
「あっ……」
なぜ最初に浮かばなかったのか。自分自身が人気を避けて一番に向かったのはあそこだったじゃないか。
残り少なくなった体力を振り絞り、俺は外階段へと向かう。ここがダメならもう思いつく場所がない。
「非常時以外は使用禁止」の文字をいつも通り無視し、俺は扉に手をかけ様子を伺うようにゆっくりと開いた。
「……いないか」
扉を開いた先にあった踊り場は、見事に無人だった。
「仕方ねえ。とりあえず教室に戻って、橋良が戻って来るのを待——」
「うるせえっ!! 二度と私に話しかけんなっ!!」
戻ろうとした矢先、聞き覚えのある怒号が響く。……桃花だ。
次の瞬間には、上の階から駆け降りるようにして階段を下ってきた桃花と目が合う。
「邪魔だっ、どけよっ!!!」
「お、おう……」
出入り口にいた俺を軽く突き飛ばすようにして、桃花は去っていく。
こええ。ガチギレした女の子こええよ。
俺あんなんとやり合ってたのか。今度からは、敵にする相手はちゃんと選ばねば。
バクバクしている心臓をおさめながら、俺は
階段をゆっくりと上がっていく。上の階にいたのは、案の定橋良だった。
「……あ、トッキー」
俯いて立ち尽くしていた橋良は、俺に気がつくと無理矢理笑顔を作る。
「なにさ、私のこと追っかけてきたの? どんだけ私のこと好きなのさ?」
「バカなこと言ってんな。大丈夫か?」
「うーん、大丈夫じゃない。……だから、手貸して?」
橋良は俺にゆっくりと近づくと、俺の右手を非力な手で握りしめた。
「なっ!? 急になんだよっ!?」
「えへへっ、大丈夫になった」
恥ずかしそうに笑みを浮かべる橋良を見て、拒否をするなんてできる訳がなく。そのまま、ぎこちなく握り返す。
なにこれ、柔らかい。そして、温かい。
さっきから心臓に負担がかかり過ぎている。
「二度と話しかけんなって言われちゃった」
「桃花の話か? いいじゃねえか、別に。こっちだって関わりたくないだろ」
「……私さ。桃花ちゃんに謝るために、追いかけてきたんだ」
「はい?」




