君が思い出になる前に②
クラス中の視線が痛い。
それでも、ここで退いてはいけない。
「……ねえ、トッキー。何してんの」
「どうせ俺のこと巻き込みたくないとか、バカなこと考えてたんだろ。悪いけど、俺は容赦なくお前を巻き込むからな」
胸の鼓動が頭にまで響いている。その音を掻き消すように、大きく息を吸い込んだ。
そして、クラス中に聞こえる声で話し出す。
「まず一つ。入学初日に女生徒が泣きながらクラスに入ってきたが、別にトラブルがあった訳じゃない。俺自身何もやましいことはしていないし、あの子と恋愛関係で痴情がもつれた訳でもない。変な誤解はしないでほしい」
クラス全体を見回す。
真剣に聞いてくれている者。周りとヒソヒソ話し出す者。面白がってニヤケ顔を浮かべている者。様々だ。
まあ、ここまできたら皆の反応なんて関係ない。
「そして、もう一つ! 俺があの子と付き合っていて、そんな中橋良が俺を奪おうとしているなんてよくわからない噂が流れてる。全てデタラメだ。くだらない噂をこれ以上広めないでくれ」
その噂を流しているのはお前だろう?と桃花に視線を向ける。
桃花は頬杖をつきながら、無表情でこちらを見つめていた。
「俺からは以上だ……俺からはな」
そう言いながら、明らかに状況に追いつけていない橋良を見つめる。
俺が出来ることはもうやった。この後の選択は橋良に委ねる。
「お前はどうする?」
「……」
「俺は言いたいこと言った。あとは好きにしろ」
「なんでこんなバカなことしてんの……」
「そうだな。でも、こんなバカしてんのは、俺は橋良のことを友達だと思ってるからだ」
「……意味わかんない」
「橋良だけは俺の味方してくれるって信じてんだよ」
そのまま俺は教壇を降りる。
明らかに空気は悪い。こんなやり方、頭のネジが一本外れてるヤツのムーブだ。
それでも俺は、橋良が理不尽と戦える機会を作りたかった。
「逆に言えば、この先どうなろうが俺だけは橋良の味方でいる。クラス中から無視されようと、学年中から後ろ指刺されようと、俺だけはお前の隣にいてやる。……もう一度聞くぞ。お前はどうする?」
橋良は俺の顔を見つめながら、瞳からさらにボロボロと涙を流す。
少し沈黙が流れた後、橋良は自分の弱さを掻き消すように右袖でその涙達を思いっきり拭った。
「……ちょっと、バカしてくる」
意を決した顔つきで、そのまま彼女が向かったのは教壇だ。クラス中を見渡し、大きく息を吸い込んだ。
「ちゅ、ちゅうもふっ!!!」
噛んだ。
相変わらずしまらないヤツだ。
顔を真っ赤にしながら少し声のトーンを落としつつ、申し訳なさそうに話を続ける。
「あ……あの。お時間頂いてすいませんが……少しだけ私の話をさせてください」
肩がすくんでいる。足が震えている。
それでも、橋良は絞り出すように声を出す。
「私……中学の途中からほとんど保健室に登校していました。クラス中から無視されて、覚えがないのに人の彼氏を奪う男好きって噂が学年中に流れて。知らないうちに自分の居場所がなくなって、人の視線が怖くなって。……ずっと、一人でいました」
「……でも、やっぱり一人は寂しくて。高校に入ったら沢山友達が欲しくて。だから、バカみたいな自己紹介してしまいました。変なヤツだって皆から距離を置かれるのは仕方ないと思ってます」
橋良の誠実さが伝わったのか。それとも、どこか罪悪感が生まれたのか。
茶化していた生徒達の空気が変わっていくのを感じた。
「……そんな中でも私と仲良くしてくれる人が出来ました。でも、今回その人も巻き込んで変な噂が流れてます。そして、目障りだからその人と仲良くするな。さもないとわかるな?と、脅迫めいた文章が一昨日私の下駄箱に入っていました」
少しだけ、教室がざわめく。
「中学の時も含めて、私は何も悪いことをした覚えはありません。とても理不尽だと思っています。でも、もうそれはいいんです。だけど、彼を巻き込むのだけはやめて下さい。私の……私の大事な友達を傷つけるようなことだけは……しないで下さい。どうかお願いします……」
涙を流しながら、橋良は深く頭を下げる。
気づけばこの騒ぎに廊下に野次馬が集まっていたが、その生徒達も声を発することなく教室は静まり返っていた。
だが、その静寂を切り裂いたのは、クラスにいたもう一人の当事者だった。
「キモっ」
一ノ瀬桃花だ。
「さっきから、何二人で盛り上がっちゃってるの? 普通にキモいんだけど」
桃花は俺たちを心底侮蔑しながら、煽るように暴言を吐き散らかす。
「そもそも、今の話のどこに信憑性があるの?ハブられた二人が、自分達を守るために都合の良いことばっか言ってんじゃね?」
ニヤニヤと笑いながら人を馬鹿にするような態度と発言に、全身の血が頭にのぼった。
「おまえっ、ふざけんなっ——」
「いいよ、トッキー」
食ってかかる俺に対して橋良は腕を伸ばして、制止する。
「これ以上ここで揉めても仕方ないよ。皆が困惑するだけだよ」
「いや、でも……」
「ありがとね。私はもう充分だから。もういいから」
そう言いながら、俺に笑いかける。
本当に橋良はこれ以上は望んでいないのだろう。だが、それじゃあまりにも——
「いやー、よくはないと思いますなあ!」
廊下に集まっていた野次馬の中から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「はいはい、ちょっとお邪魔しますよー」と、野次馬をかき分けながら、クラスに入ってきた超絶美少女にクラスの視線が集まる。
波瑠は呆気にとられている俺と目が合うと、「後は、任せなっ!」とばかりに、ウインクした。




