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君が思い出になる前に

 

 月曜に始まった高校生活。

 一週間なんて早いもので、今日はもう金曜日だ。


 その日俺はよくわからない焦燥感に駆られて、いつもよりも早く登校していた。

 ソワソワしながら一人の女生徒の登校を待っている自分に若干キモさを感じたが、それでも教室のドアから目を離すことは出来なかった。


 "ガラッ"


 自分の焦りなんて馬鹿らしくなるほど、橋良はごく普通に教室に入ってきた。

 ただ、様子は明らかにいつもと違う。橋良は挨拶もせず、目も合わせず、静かに自分の席に座った。


「橋良、おはよう」


「……おはよう」


 相変わらずこちらに目線はやらず、背中を向けたまま挨拶が返ってくる。


「体調不良だって? 大丈夫かよ。風邪でもひいた——」


「ごめん、まだ体調悪いから。話しかけないで」


 俺の言葉を遮るように、感情のない声で返される。

 まともなヤツなら、嫌でもこの空気の意味は察することができる。橋良が発しているものは、明らかな拒絶だった。


 ただ、俺から言わせれば、こんなあからさまな態度は下手くそすぎる。何かがあったと、自分から主張しているようなものだ。


 ただ、そこを問い詰められる空気じゃない。

 俺はため息をつき、一言だけ声をかけた。


「そうか、無理すんなよ」


 橋良はいつものように、コクンッと小さく頷く。ただ、その小さな肩は僅かに震えていた。



◇◇◇


 午前中の全ての授業が終わり、昼休みになった。


 結局、橋良がこちらを振り返ることはなく、目も合わすことが出来ないままだった。

 頭の中でごちゃごちゃ考えながら目の前の小さな肩を見ていると、急に橋良は振り返りこちらを見つめてきた。


「お、おおっ。どうした? 昼メシ食うか?」


「……」


 そのまま無言で橋良は携帯を取り出し、俺に見せつけるようにボイスレコーダーのアプリを開く。そして、再生ボタンを押した。


 "わ、わかった! 一緒に昼飯食おうっ!"


「……いや。わかったよ。そんなことしなくても、別に一緒に昼くらい——」


「もう、大丈夫」


 そう呟いた橋良は、再生したファイルのゴミ箱マークをタップした。


 「削除されました」のメッセージが表示される。


「……どういうことだよ?」


 橋良は無理やり口角をあげ、下手くそに笑う。


「いやー、あのさ。私、他のクラスに友達できてさっ!」


「……は?」


「だから、もう大丈夫! これから、その人とお昼食べるから!」


 橋良は、自分の弁当箱を鞄から取り出す。それを手に持ちスッと立ち上がった。


「ごめんね、こんな脅すようなことしてて。今まで付き合ってくれてありがと」


「いや、意味わかんねえって。ちょっと待て」


 俺が制止すると共に、クラスのドアからある女生徒が入ってきた。それと同時に、橋良の肩がビクッと震える。


 一ノ瀬桃花だ。


 桃花は俺達をジロリと見ると、そのままクラスの女子グループの中に入っていく。


「お、どうした桃花? また教科書忘れたー?」


「いやー、今日はこっちでご飯食べようかなって思ってさー。あと、監視もしなきゃだし」


「監視?」


「お昼混ぜてよー。ここ座っていいー?」


 クラスの女子とやり取りをしながらも、桃花がチラチラとこちらに視線を向けているのを感じた。


 橋良の呼吸がどんどんと荒くなる。

 そのまま、無言で立ち去ろうとする橋良に対して必死に声をかける。


「おい、どうした。何があっ——」


「私に、話しかけないで!!!!」


 大声が響き渡り、一瞬静まり返った。クラス中が何事かと驚きながらこちらに視線を向ける中、桃花だけはニヤニヤと笑っているのが見えた。


 橋良は俯いている。顔は髪に隠れてよく見えない。ただ、その頬に水滴が伝っているのだけは見えた。

 そして、そのまま歩き出しクラスから出ていこうとする。


 俺は心底腹がたった。

 

 ここまで橋良を追い詰めている桃花に?

 違う。


 特に理由も説明せず、ただ俺を突き放すしか出来ない橋良のバカさ加減に?

 違う。


 ここまで何もせず、ただ様子を見ていただけの自分自身にだ。なんで、午前中に無理やりにでも橋良を連れ出して話を聞いてやらなかった。喧嘩してでも、何を言われても、助けてやろうとしなかった。


 結局は、どこかで自分を守ってたんだ。


 だが、橋良の涙を見て目が覚めた。

 俺は決別の覚悟をして立ち上がる。


 出ていこうとする橋良を追いかけ、ドアの手前で後ろから思いっきり腕を掴んだ。


「……!? やっ、やめてよ!! 離してっ!」


「離すか、バカ」


 そのまま橋良の手を引っ張りながら、俺は教壇に上がった。クラス中が俺を見ている。


「な、なにっ!? やめて——」


「俺はな。お前とカフェで本読むの、わりと楽しみにしてたんだよ」


"バンッ!!!!!"


 俺は更に視線を集めるように、教壇を叩いた。そして、力の限り大声で一言叫ぶ。


「注目っ!!!!」


 さらばだ、俺の平穏な高校生活よ。

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