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新種のバカは保護が必要

  ……暇だ。


 橋良がいない教室というのは、こんなにも暇なものなのか。普段うるさいヤツがいないと、だいぶ調子が狂う。



 ——今朝、昨日のラブレターの顛末をどう聞いてやろうかと、あれこれ考えながら橋良の登校を待っていた。だが、結局橋良が現れることはなかった。


 さすがに気になり朝のホームルーム後に、担任の女教師に声をかけたのだが……


「あのー、先生」


「んあー?」


 気の抜けた返事をする常に気怠そうなこの教師は、梅屋琴音こと梅ちゃん(と、陽キャ達は呼んでいる)。


 年齢は20代後半らしいが、実際に何歳なのかは不明。教師らしからぬ、ボサボサ髪の茶髪に常に無気力な目と態度。

 色々と不安にしかならないが、生徒達からの人気はそこそこらしい。


「今日橋良は?」


「あー、休みだ。体調不良らしいぞ」


 体調不良?

 バカは風邪ひかないと言うが、あれは風邪を引くタイプのバカだったのか。新種なのかもしれない。


「なんだ、常磐。お前、彼氏なのに知らなかったのか?」


「は? いや、彼氏じゃないですけど……」


「いつも一緒にいるだろ。……ああ、身体だけの関係なのか。別に個人の自由だが、ちゃんと避妊——」


「わかりました、失礼します」


 この学校は教師まで変なのしかいないな。

 

 さて、今日は橋良休みか。

 間の休み時間は机に突っ伏して寝たフリをかますとして、昼の時間はどうしたものか。


 ——なんてウダウダ考えていたら、気づくと午前中最後の授業前になってしまった。


「……あいつ、大丈夫かな。連絡先くらい聞いときゃよかった」


 一人で机に突っ伏しながら、呟く。


 ただの体調不良ならいい。

 気になるのは、橋良の様子が昨日からおかしかったこと。そして、あの白い封筒。


 気持ちのざわめきに戸惑いながらため息をつく。それと同時に、携帯にメッセージが入った。


 ……波瑠からだ。


『ツバメ、ちょっと話したいことがあるんだけど。昼休み、一緒にご飯食べない?』


 なんて、空気が読める女子なのだろうか。


『わかった、場所は同じところでいいか?』


『了解ー。あとさ、満開ちゃんも一緒に来れないかな?』


 満開ちゃん?ああ、橋良のことか。

 コイツ友達でもないのに、平気で下の名前で呼んでくるタイプの陽キャだな。


『橋良は体調不良で、今日休みだよ』


『あらら、なら仕方ないね。じゃあ、またあとでねっ!」


 ……なぜ橋良も誘われたのだろうか。

 

 なんにせよ、これでぼっち飯問題は解決した。安堵のため息をつき、俺は再度机に突っ伏した。



◇◇◇



 例のごとく、外階段への扉を開くと波瑠は綺麗な黒髪を風に揺らしながら俺を待って——いなかった。


 なんとなく俺より先にいるイメージがあったので、謎のガッカリ感に包まれながら踊り場の隅で腰を下ろす。


 そのままぼんやりと桜を眺めていると、ゆっくりと扉が開く音がした。

 目を向けると、波瑠が扉から頭だけを出してキョロキョロと辺りを見回している。


「……なにしてんだ?」


「誰もいない? 大丈夫?」


「まあ、いつもの如くここは無人だ」


 もう一度、波瑠は念入りに辺りを見まわす。人気のないことを確認すると、ひょっこりと体を出した。


「ふう……なかなか、スリリングだね!」


「何がだよ。初っ端から意味わからん」


 波瑠はそのまま俺の隣に腰をおろす。

 可愛いピンク色の弁当袋を手に持っていた。


「とりあえず飯食うか?」


「あー、そうだね。……でも、先にお話ししちゃおっかな。ツバメに謝らないといけない話があって」


「俺に?」


「まあ、厳密に言うとツバメと満開ちゃんに」


 何言ってんだ。俺と橋良がセットで謝罪を受ける理由なんて、全く見当がつかない。


「何の話だ?」


「なんていうか……ちょっと変な噂流れてるみたいでさ」


「噂……この前言ってた橋良の男関係のやつか?」


「うーん。そこに、なんか上乗せされて強化された感じ。例えて言うなら、イチゴパフェにパプリカも乗っけました的な」


 相変わらず説明下手だな。そのくせに、例えとか使うなよ。一層、意味わからん。

 そして、イチゴパフェにパプリカは強化ではなく、弱化だ。


「パフェとかいいから。何があったかを簡潔に頼む」


「えとね、クラスの子にいきなり、大丈夫?って聞かれたの」


「何が?」


「なんか、私の彼氏が男好きの女の子に取られそうになってるって」


 波瑠の彼氏?

 未来でフラれた女の子に彼氏ができたのか。それはなんとも複雑な……んな訳ないよな。


 なんか、大体話の筋が見えてきてしまった。


「まさか、その彼氏っていうのが……俺か?」


「ご名答!!」


「そんで、男好きの女の子ってのが橋良のことか」


「大正解!!」


 なんで、テンション上がってんだよ。

 俺がジト目を向けると、波瑠はしまった、としおらしくなる。


「その子にはすぐに否定したんだけど。なんか私何かと目立つみたいで、割と噂になってるらしいの」


 まあ、初日からあんだけ教室で騒げばおのずと変な噂がたつのは仕方がない。

 加えて、すれ違えば誰もが振り返るであろう超絶的ルックスを持った波瑠だ。そりゃ、目立つだろう。


「だから、人目につかないようにコソコソしてたのか」


「私のせいで本当ごめん。満開ちゃんにも謝らないと」


「……ひっかかるな」


「えと、何が?」


「その噂の内容だよ。橋良が悪者になるように仕立てられてる」


 波瑠はあまり理解できていないのだろう。

 首を横にかしげながら、ふむふむと相槌を打つ。


「桃花って女生徒知ってるか?」


「桃花……一ノ瀬桃花! 私、ほとんど関わりないけど知ってるよ」


「たぶん、主犯はそいつだ」


「……あー、やりそう」


 波瑠は苦笑いしながら、目線を斜め上にやる。


「そういうヤツなのか?」


「私はあんまりいい印象持ってないよ。素行も悪かったし。だから、関わらなかったの」


「橋良との関係性とか知ってるか?」


「いやー、そこまではわからないなー」


 そもそも、橋良自体が波瑠の過ごしていた世界線では誰とも関わりがない。波瑠しかり、誰もそこに対しての情報は持ってはいないのだろう。


「それにしても、だいぶ満開ちゃんと仲良くしてるんだねー」


「仲良くっていうか、他に選択肢なかったんだよ」


「そんなこと言って、今もこんなに気にかけてるじゃん。でも、本当意外だなー。前の世界じゃ、ツバメって満開ちゃん避けてたし。噂自体も、ツバメから聞いたもの……あっ」


 波瑠の流れるように言った言葉は、俺の心の片隅にあったものをざわつかせるには充分だった。


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