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そして彼女は、フラグをたてる

 

 新しい環境では、人は皆慎重になる。


 地元の仲間達とも離れ、自身を知る者も少ない高校生活。その初日は、誰しもが期待と不安を抱えながら頭の中で考えている。


 どんなキャラでいくべきか。

 誰と友人になり、どのグループに属すか。

 イケている部活は? 流行りの髪形は?


 でも、結局は何が正解か不正解かなんてわからない。だからこそ、俺は博打はしない。


 ここで選択をすべきは、"無難にいく"だ。


「北栄中学出身の、常磐ときわツバメです。仲良くしてもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします」


 無難な自己紹介に、ほどほどの拍手が起こる。これでいい。まず大事なのは、悪目立ちをしないこと。


 この持論が間違っていないことは、前の席で頭を抱えて俯いている彼女を見ればわかる。おそらく、今彼女は羞恥心と絶望を抱え悶え苦しんでいるのだろう。


「ど、どっもー! はじめましてっ、橋良はしら満開まんかいっていいますっ! 趣味は、黒魔術! 仲良くしてくれないと皆まとめて呪っちゃうぞっ! なんちゃってー……ははっ」


 そう、彼女はやらかした。

 俺の前に彼女がした自己紹介だ。


 笑い声どころか、拍手一つ起きない静寂。引き攣る、クラスメイトの顔。

 しばらく彼女はそのいたたまれない空気の中立ち尽くしていたが、そのまま膝から崩れ落ちるように何も言わず着席した。


 漫画やアニメなら、"おもしれぇ女"で素敵な恋路が始まるかもしれない。しかし、残念ながら現実での評価は"痛い女"だ。

 これから彼女が失った何かを取り戻すには、膨大な努力と時間が必要なのだろう。



◇◇◇


 一通りクラスの自己紹介も終わり、ホームルームも終え休み時間になる。今のところは、順調だ。


 チラッと前の席の女子に目をやる。今だに顔をあげられず、ピクリとも動く様子はみられない。

 そして、この世の終わりかと思えるほどのオーラを纏っている。よほどのトラウマを抱えたのだろう。


 とりあえず彼女はスルーし、このまま慎重に平穏な高校生活を——


「あのー、このクラスに常磐ツバメっていますよね」


 ふと聞こえてきた自分の名前に反応し、その声の方へ目を向ける。教室の入り口で、見知らぬ女子がウチのクラスの生徒に声をかけていた。


 誰だ?確かに俺の名前呼んだよな。


「えっと、常磐くん……? 確か、いたような……」


 聞かれた生徒も戸惑っている。

 まあ、大して印象に残る自己紹介をした訳でもない。すぐに俺のことだとわかる人のが少ないだろう。


 それにしても、勘違いではなかったか。

 確かにあの女子は俺のことを探している。しかし、あんな美少女俺の知り合いにはいないはずだぞ。


 記憶を辿りながらその女子のことを見ていると、その気配を感じたのかガッツリと目が合った。


「い、いたあ!!!! ツバメっ!!!」


 その叫び声で、クラス中が何事かと彼女に視線を集める。そして、その視線を背負ったまま

物凄い勢いで俺の席まで駆けてきた。


「えっと……えっ?」


 全く頭の処理が間に合わずまともな言葉を発することができない。そんな風に戸惑う俺など無視し、彼女は追い討ちをかけてくる。


「ツバメぇ……うっ、うっうう……!!!!」


 大きな瞳から大量の涙を流し、俺を見ながらマジ泣きしてる。なんだこれ、怖い。


「いや、その。どなたですか?」


「なんで……なんで……私だってどうすればいいか悩んだんだよ! なのに、一方的にふさぎ込んで拒否して……うっううう……」


 ダメだ。彼女の中で何かが始まっている。

 そして、彼女の切羽詰まった泣き語りにクラスがざわざわし出した。


「ちょ、ちょっと。誰かと間違えてません?」


「挙句の果てに私を置き去りにして……ひどいよっ! ひどいよ、ツバメ!!」


"なに、なに? 痴話喧嘩?"

"ヤバくない? 泣き方尋常じゃないよ……"

"常磐くんだっけ。何したの、あの人"


 クラスメイトのひそひそ声が聞こえてくる。

 訳わかんねえ。本当に何したんだよ、俺は。

 

 とにかく勘弁してほしい。俺の平穏な高校生活が……くそっ!


「ツバメのバカあぁぁぁ!! うわあああん!!」


「わかった、わかったから! とりあえず、教室出るぞ!」


 俺は彼女の手をつかみ、逃げるように教室から飛び出した。

 

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