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3話

 なぜなのか分からなかったが、圭子が突然、どこでもいいから一緒に旅行に行きたいと、柴田に言い出した。


 柴田も今、会社の新しいプロジェクトに関する仕事で少々ストレスを感じていた。


 「悪くない」彼もそう思い、二人は今度の三連休に京都に出かけることにした。


 圭子は、何度も出かけている街だったが、京都が好きだった。


 行くたびに新しい感動を発見する。


 圭子はホテル、飛行機、チケットの予約はすべて柴田に任せ、一拍二日の京都旅行に柴田と二人で出かけることにした。


 久しぶりの一緒の旅行だったので、二人とも、互いに少し贅沢をするつもりでいた。


 京都は暖かい、彼女はその暖かさを想像するだけで体が温かくなるようだった。


 今の札幌は初雪は降ったがまだ根雪にはなっていなかった。


 乾燥した茶色の路面が顔を出しているのだ。


 しかし、気温はやはり冷たい北風の吹く冬だった。


 寒かったのだ。


 出発の日の朝、まだ暗く速い時間に二人は起き出すとすぐに出かける準備を始めた。


 一泊だったので彼の荷物は何時もの会社に持っていくリュックに収まった。    


しかし圭子を見てみるとやたら大きなトラベルバックを引っ張っていた。



 部屋を出て、二人は高速バスで千歳の飛行場に向かった。


 飛行場までは高速バスでも40分はかかった。


 札幌の朝はもう薄暗らく、やはり確実に冬は訪れて来ている様だった。


バスに乗ると二人は並んで後ろの席に座った。



 そしてしばらくすると、圭子は走っているバスの窓の外からようやく東の水平線が、帯の様に徐々に細く、紅く色づいて来るのが見えてきた。


 彼女は久しぶりの美しい夜明けに思わず心が洗われる様だった。


 夜が明けて、明るくなりバスが飛行場に着くと、圭子は久しぶりに飛行機に乗ることに、心が子供の様に燥いだ。


 飛行機の中では、圭子は音楽を聴きながら目をつむっていた。


 音楽はクラッシックだった、曲名など分からなかった、ただクラシックという事しか彼女には分からなかった。


 彼女は、滅多にクラッシックなど聞かないのだ。


 彼女がちらりと横を見ると、柴田は雑誌を読んでいた。「雑誌などいつでも読めるのに」彼女は、そう思いながらクラッシックを聞いた。


 彼女にとって曲名など、どうでもよいのだ。


 曲を聞いて、感動を覚えれば、それで十分なのだ。


 そう思いながら、彼女はいつのまにか眠りについてしまっていた。


「圭子、おい圭子・・・」


 柴田に声を掛けられ、気が付くと飛行機は、すでに飛行場についている。


「よく眠っていたな」


 彼が言うと、恥ずかしくて圭子は赤くなり、止めたままだったシートベルトをそっと外した。


 そのまま彼女は黙って彼に付いていき、二人は飛行機を降りると飛行場からバスに乗り込み京都の今晩泊まる予定のホテルに向かった。


 ホテルに入ると、このホテルは京都で最高級のホテルだと柴田は言った。


 部屋は、素敵な畳の香りのする、きれいな和室だった。


 畳の部屋は、前回に金沢に旅行に行った時以来だった。




 二人は荷物をまとめ外へ出た。


 きれいな庭園を見るために、西芳寺に行くことにした。


 西芳寺は、天平年間に行基が開いた寺で、それから600年後に、足利尊氏が再興した寺である。


 衰徴していた2つの寺院をあわせて中興し、夢窓国師を迎え西芳寺と名付けたと言われている。


 120種あまりの種類を持つ、苔の庭園は、建久年間に藤原師員が作り、室町初期になって夢窓疎石が造園したとされているらしい。


 そのような歴史的な話が圭子は怖かった。彼女には歴史というものが、人間の死の証のように感じられる。


 そして未来は自分には見えない世界、自分の存在しない世界。 


 つまり死後の世界なのだ。そう思っていた・・・。


 庭園は、まさに大きく広がる緑の大海そのものだった。


 圭子はその緑の大海に久しぶりに感動を覚えた。


 そして二人はタクシーに乗り、京都の街中まで出てから街中を散策した。


 古都の時間は重く優美に流れ、この街の尊厳さを表している。



 風は静かにさざなみ、春の光は二人を優しく照らしていた。


 山々の緑は可憐にひかり、白い雲が空にたたずんでいる。


 どこまで歩いても疲れる気がしなかった。


 圭子はいつもより柴田に寄り添って歩いた。


 街中では若く、愛らしい、芸子さんがしゃなりしゃなりと歩いている。

 

 それを見て、圭子はその美しさに胸を打たれていた。




 お昼は、そば屋に入った。歴史を感じさせるたたずまいだ。

 

 久しぶりにそばを食べた。彼は山菜ちゃづけだ。


 京都の打ちたての茶そばは味も香りも十分楽しめた。

 

 コーヒーの味がわからない圭子でも、味も香りも素敵に感じた。


 そして甘味どころで甘いものを食べ、店員さんに久しぶりにご夫婦とよばれ、圭子はすごくうれしそうな表情を見せた。




 圭子は、久々に柴田と一緒に歩き、一緒に時間を過ごすのが、なぜかうれしく思えた。


 そして突然、圭子は彼女の心の中に登りあがるような思いを感じた。


 柴田はどう思っているのか。この今の二人だけの時間を、どう感じているのか。


 言葉にして、表現してもらいたい。一言でよかった。


 彼女の胸の内に、強い衝動が雲の様に渦巻いて来た。


 そして、横を向き柴田の顔を見てみたが、いつもと変わらなかった。



 彼女のその強い思いは、満たされない思いとして心の中に沈んでいった。


 この満たされない思いは、何なのか、自分の中にあるこの思いは何なのか。自分は 


 何かを騙している。解らなかった。だが彼女は自分に言い聞かせた。


 これは旅行だからだ。今こうして、彼と京都で特別な時間を過ごしているからなの

 だ。


 日常を離れた、二人で美しく優美な時間を過ごしているからだと、自分に言い聞かせた。




 夕暮れが近づいてきた。京都の街の散策もそろそろ終了だ。こうして歩き回るのも


 何年ぶりだったろう。圭子がそんなことを考えながら歩いていた。


 その時、柴田の視線が、すれ違う女性を目ざとく追っていることに気が付いた。


 彼女は彼の右ひじをつかんで言った。


「どう、好みの女の子はいた?」


 彼女は柴田を見ながらきつく問い詰めた。


「なんのことだい?」


 彼は一瞬ぎょっとしたが、しらばっくれた。


「女の子を見ていたでしょ?」


 彼女は容赦なく問い詰めた。


「向こうが僕を見るのだよ」


 柴田はさりげなく逃げた。


「何言っているの。あなたが見るから、向こうが見るんじゃない。今日の夜は許さないわよ」


 圭子は、柴田の逆を向いたまま、彼の腕をつねり言った。


 夕食は懐石料理だった。圭子は久しぶりに、お酒を飲みながらの食事だった。


 柴田は、京都の歴史を、一生懸命に彼女に話して聞かせたが、彼女の頭は酔いが回って歴史を理解するどころではなくなっていた。




 その夜、彼女は夢を見ていた。


 不思議な夢だった。大きな赤い獣が、二人のマンションの中で暴れだしたのだった。中にある、すべての生活用品を破壊して叫んでいる。


 なのに柴田は圭子を置いて一人で逃げてしまった。


 彼女は必死に逃げようとしたが獣は彼女を許そうとはしない。


 獣はだんだんと大きくなっていく。やがてマンションを破壊して暴れだした。大きな声でその叫びは、空に届くような大きさだった。


 獣はほかの家々を踏み倒し暴れている。激しく暴れ回り彼女に襲い掛かってくる。


 圭子にできることは何なのか。


 この獣すら、何なのか理解し得ない自分に、いったい何が理解し得るのか。


 彼の思いも理解できているのか。助けてほしかった。


 誰かに助けてほしかった。誰も居ない、柴田だけのはずだった。


 なのに彼は、どうして圭子を置いて逃げてしまったのか、分からなかった。


 柴田の今の想いが彼女には解からなかった。



 そこで突然、彼女は目が覚めた。


 柴田は横でいびきをかいて眠っていた。


 彼女は横で寝ている柴田の顔を見つめ考えた。


 しばらく考え、そして思った。


「そう言えばこの男、私を愛してると言ったことがない。この男、自分のためにすべてを、命を、捨ててくれるだろうか・・・・」


 圭子は疑問に思った。



                              つづく


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